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救難信号

 そうしているとミサが何か音が聞こえると言い出した。

「なにも聞こえないよ」

 ミサ並みに耳のいいハルには聞こえないようだ。


「この音は聞き覚えがあります、エルフ同士の通信に使われる音です」

 ミサが耳にかかった髪を後ろに流して耳の後ろに手を当てている、いつになく真剣な表情だ、

「わたくしの部族とは違うようですが、救難信号のように聞こえます」

 目を閉じたミサが音の出どころを探しながらつぶやく。


「方向わかる? 助けに行こう!」

 おれの厚意にミサは柔らかく微笑んで。

「ありがとうございます。こちらです。

 部族も違うので、まずわたくしだけで近づいてみますね、エルフは排他的な者もいますから」

 ミサは片手を耳に当てたまま杖を手に取り音源を探りながら歩き出す。

 おれたちはそんなゆっくりしたミサの足取りをもどかしく感じながら追いかけた。


 前を歩いていたミサが杖を持った手でおれたちを制して草むらの先に声をかける、この先は一人で行くという合図だ。


「エルフの救難信号を受け取りました。部族は違うようですが何かお困りですか?」

 ミサが注目している草むらが動揺したようにがさっと揺れる。

 少ししてその草むらからエルフが這い出して来る、そのエルフはミサをいぶかしげに見つめると問いかけた。


「他部族のエルフよ。わたしはエルベの里のものだ其方の後ろの者たちは他の種族のようだが、危険はあるまいな?」

 目つきの鋭いエルフはおれたちをちらっと見てミサに確認した。


「ええ、わたくしの信頼する仲間です」

 そのエルフは一目見ただけでは性別はわからなかったが、声と口調からは男性のようだった。

「救難信号は私が出した。里のものが近くにいればと思ったがどうやら其方たちだけのようだな」

 救難信号とやらは近づいても聞き取れなかった。可聴域外の音だったのだろうか。


「そうですか、ところであなたには怪我などないようですが、助けが必要なのは他の方ですか?」

「そうだ。この先のダンジョンに仲間が捕らわれている」

 ダンジョン?! ダンジョンがあるという話は聞いていなかった、以前の調査では見つからなかったのだろう。


「ダンジョンというのは初耳です。詳しく聞きたいですがまずは救助に向かいましょう」

 エルフの案内に従っていくとダンジョンの匂いが漂ってくる。


「ダンジョンの匂いがするね」

「ダンジョンの匂いって何? 全然わからないんだけど」

 おれが言ったことにハルが反応する。えっ、しない? ダンジョンの匂い。

「なにって煙るようなくすんだようなそんな匂いしない?」

「全然」


 ハル以外も首を横に振る。おれだけ? 結構強い匂いなのに。

 前にもこんな事があったか?

 意識しないようにしていたけど仲間との魔力循環で匂いを感じる時はある。


 ミサは草の匂い、ルカはオレンジでジノは唐辛子、ハルは胡椒のようなにおいを感じるときがある。

 魔力循環しているときだけだから魔力の匂いなんだろうけど魔力に匂いが付いているなんて他では聞いたことがない。

 以前に匂いで鑑定能力を発揮できないかと考えたことがあったが、人物や物の鑑定はうまくいかなかった。


 人物は魔力を循環させるという親密度のハードルが高い。そのハードルを越えても仲間たちの匂いを嗅いだ時と同じようにある程度の強さと属性の傾向がわかるくらいだろう。

 物はさらに難しい。魔法の道具や装備は直接手に取れるような場所にはないし手に取って魔力を流したことでおかしな効果が発揮してしまうのも困る。

 手持ちに効果付きの魔法の装備もあるが魔力を流してもほんのかすかにしか匂わない。


 しかしダンジョンはわかりやすい。今までも匂っていたが魔力の匂いではなく実際にそういう匂いがしているものと思い込んでいた。

 以前に隠し扉を見つけた時も無意識に隠されたものの匂いを感じ取っていたのだろう。


 人の匂いの話題というのはデリケートだ、いい匂いだったとしても気にするかもしれないので話題に出せていなかったが、ダンジョンを嗅ぎ当てることができるならこの能力は積極的に使っていくべきか。

「隠されたダンジョンを見つける男か」


「どうしたの? アル」

 つぶやいていたらルカに聞かれてしまった。

「あっ、いやダンジョンを見つけることって仕事になるかなって」


「仕事? あはは、何個も見つけるつもりなの? 一つ見つければ一生困らないっていうよ」

「そんなに? 油田みたいだな」


「油田? 金鉱脈みたいなものかな? 金鉱脈だと発見した人が一人で掘りつくしたいって思うから報告されることはないんだけどダンジョンの資源は取りつくせるものじゃないじゃない?」


「うん」

「それでも独り占めしたい人はいるから、それに危険もあるから誰にも報告しないままで発見した人が死んでしまうこともあるのね」


「へー」

「だから新しいダンジョンを報告するとそのダンジョンから発生した利益を何パーセントかもらえるの」

「うん?」


「迷宮都市ってあるでしょあそこの領主はそのダンジョンを発見した人の子孫だって言う話よ」

「おおっ」

 本当に油田だった。石油王におれはなるっ!?


「喜んでるけど今回のはエルフが発見して管理しているみたいだから発見者にはならないよ」

「くっ」


「エルフの側の仕組みはわからないけど共有を持ちかけて他の人も入れるようにできれば、うまくいけばそのことで報酬はもらえるかもしれないよ」

 人間側の権利者代行としてエルフと橋渡しをすれば少しはお金を稼げるかな?


 ダンジョンが近くなり匂いも強くなってきた。今までに感じた匂いよりも強い。

 ダンジョンの入り口は切り立った崖の岩壁にあった。

 正面から見ても入り口は見えなくて岩に隠された横から滑り込むような構造だ、これでは近くを通っても発見するのは難しいだろう。

 

「ここの地下3階だ、通路で蜘蛛が大量に発生して分断された。分断された地点の先には安全地帯があるのでそこで救援を待つように伝えた。其方たちの強さはある程度分かる、難しい相手ではないだろう」


 そういってエルフはダンジョンの中に入っていった。

 地下一階はゴブリンが生息している。地上と違いダンジョン内では死体の処理の手間はかからない。

 ダンジョンが飲み込んでいるだとか回収している管理者がいるだとか言われているが死体が消滅することの詳しい理由はわかっていない。


 エルフが案内して、その横に並んだハルがゴブリンを見かけしだい処理する。

 手際の良さに数回はエルフも驚いていたがそのあとはゴブリンの死体を端に寄せることもなく急いでいる。

 他の人も入るダンジョンならせめて端に寄せるぐらいはするべきだが今は急いでいるので勘弁してもらおう。

 持ち上げて端に運ぶだけでもハル達から遅れてしまうのだ。


 地下2階はゾンビがいた。身長が低いのでゴブリンのゾンビだろう。

 ゾンビ化は動きが遅くなり耐久力が増える。


「いやだなぁ、短剣が汚れるよ」

 耐久力が多少上がってもハルの進む速度は変わらない、1体のゴブリンゾンビに対して短剣を2本同時に投げているようだ。オーバーキルだな。

 

 地下3階はエルフの言っていた蜘蛛が出てきた。

 親蜘蛛、子蜘蛛がいて子蜘蛛は親蜘蛛が倒されると逃げていく。

 地面が動いたように見えてよく見ると米粒サイズの粒蜘蛛が群れで動いているのも見える。


 ここではさすがにハルの足も止まる。

 追いつくなりミサが魔法で援護すると親蜘蛛を倒した後は文字通り蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていく。


 今はいいが親蜘蛛が多すぎるときや子蜘蛛が逃げ出さないときはピンチになるかもしれない。

 その嫌な予感を裏付けるように一つの集団の中の親蜘蛛の数が増えていっている。

「範囲攻撃が苦手かもしれないな、うちのパーティーは」


「なくはないんですけどね、やっぱり範囲攻撃と言えば火曜属性の純魔法使いですから」

 ジノは火曜属性だが前衛職だ。

 うちのパーティーは魔法寄りの編成の割には対集団の範囲魔法はあまり得意ではなかったか。


「この先だ」

 案内のエルフが足を止めていった。

 覗き込むと部屋の中はびっしり敷き詰められた子蜘蛛、20以上の親蜘蛛が蠢いていた。

 床がざわざわしているのは粒蜘蛛だろう。


「でかいのがいるな」

「私が撤退した時より増えているようだ。厳しいな」

 親蜘蛛の中でもひときわでかい個体がいる、この集団のリーダーだろうボス蜘蛛と呼んでおこう。


 こちらが姿を見せても蜘蛛たちは部屋から出てこようとしない。

 狭い通路では数の有利を生かせないことを知っているようだ。


「ミサ、ルカ。部屋の外から範囲攻撃をかけられないか?」

「わたくしの魔法はワンテンポ遅れます、同時に攻撃するなら合わせていただけますか」

「わかったわ、でも範囲は得意じゃないから弱いわよ」

 ミサは雷精霊を召喚し部屋へとふわふわと送り込む。


「いきます。2つ目にあわせて、ルカ」

『魔法浸水』

 ミサの魔法は部屋の中の床をびしゃびしゃにしている。

『魔法落雷』

『魔法突風』

 ミサがすかさず2つ目の魔法を発動する。一人の魔法使いが連続して魔法を発動することはできないがミサの場合は召喚した雷精霊に命じているので魔法同士を連携することができる。

 今回は単体攻撃用の落雷を床を湿らせることで範囲攻撃として使ったのだ。

 威力は分散するので弱くなるが、続けて放たれたルカの突風と合わせることで地面に押し付けられた粒蜘蛛は倒し切って、子蜘蛛も3割ぐらいマヒしたようだ。

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