ゴブリンは味方
そして翌朝にはまた体の違和感を覚える。
「やっぱり違う。剣も盾も軽く感じる。目も耳も良くなっている感じだし・・・。
このこと、ギルドの人は何か知っているかな、前に思わせぶりなことも言ってものな」
・・・時間が前倒しになるけど先にギルドに行ってみようか。
ギルドに着くと、お姉さんに話しかける。
「あの、昨日の約束したこちらに寄る予定ですけど前倒しできませんか? こっちも聞きたいことがあって」
「いいわよ、じゃあちょっと奥に来てね」
お姉さんは受付業務をほかの人に代わると『職員の許可なく立ち入り禁止』の区域へと案内する。
小部屋の扉をノックして入ると。
「空いてるね、少しここで待っていて」
と言い出ていった。
椅子に座って少し待つとノックの音がする。
「はい」
「おまたせ。こちらギルド長のサイラス、そちらが冒険者のアルエスくん」
髭面短髪の40代とみられるおじさんを紹介し向かいの席に座るお姉さん。
アルエスというのはおれの名前だ、実感はないが持ち物に名前が書いてあったのでおれの名前で間違いないだろう。
ちなみに文字は日本語のカタカナだった。
「で、わたしはメルエ。アルくんの疑問は予想できるから先にこちらの話を進めていいかしら?」
お姉さんは25歳前後のショートカット、人懐っこい笑みの似合う人だ。
「はい、どうぞ」
「わたしたち冒険者ギルドが冒険者を募集していることは知ってるわね。冒険者というのはある程度の資質とやる気が必要で、あなたはその条件を満たしているの」
頷いたおれを見て続ける。
「具体的にはゴブリン程度のモンスターを一人で倒せること、1度で辞めず続けること、そしてレベルアップができること」
メルエは指を1本ずつ立てて説明する。
「レベルアップ?」
言葉は知っている、意味も、でもそれじゃまるでゲームのようじゃないか。
今のおれはこの世界のことを何も知らない、2日前に路地裏で目覚めた時以前の記憶が、情報がない。わかるのはこの体の名前くらいだ。
記憶がないというよりはつながらないというか。それ以前の記憶は日本人の中学生の一般人。ただその時の名前は思い出せない。
死んだとか、この世界のようなゲームに吸い込まれたとか、神様にチート能力をもらったとかの覚えもない。
剣を持ち、布の服の上に柔らかい皮の鎧を着て、剣と身の回り品を担いでいたおれは小一時間悩み、人の出入りがある建物を、おそらく冒険者ギルドだろうなと目星をつけてそこで受付をしていたお姉さんに事情を話した。
「剣を持っていたなら戦ってみれば?」
とお姉さんにそそのかされてゴブリン討伐を始めたわけだけど・・・
振り返ってみると、都合よく転がったなとは思うが、どこかで夢の中でゲームをしている感覚だったんだろうか。
「そう、レベルアップ」
話が続いていたので、意識を引き戻す。
「ゴブリンとかを倒すと急激に成長する人がいるの、冒険者をやっている人はみんなそう。あなたもおとといと昨日、昨日と今日で体の動きが違うんじゃないの? わたしはそれがあなたの疑問だと思うけど、どうかしら?」
その通りだったのでコクコク頷く。
「自分で倒せなければレベルアップしない。続けられなければそれ以上成長しない。そしてレベルアップする人は限られている」
メルエは再び指を1本ずつ立てながら説明する。
「今のあなたは、ゴブリン討伐だけできる仮登録。そして今から冒険者としての本登録をしたいってわけ」
そういってメルエは書類を取り出す。
「この書類に名前を書いてもらえる? こことここに血を一滴垂らして親指を押し付けて。住所や所属、実家の欄は空白でいいわ、下の備考欄に今の宿だけ書いておいてね、紹介したところならクラス亭よね」
いわれるままにA4サイズの紙に名前と宿を書き、血を垂らして親指を押し付ける。下の方に張り付いているのはプラスティック感のあるカードだ、書類とカードには同じ番号が記載されていてその両方に名前を書き、拇印を押した。
「はい、これで手続き終了。立ち合いのギルド長は退室しますけど、何か一言ありますか?」
ギルド長が口を開く。
「これはいつも言っていることだが、ギリギリ勝てる相手よりは余裕のある相手と戦った方が結果的に成長は速い、強敵との戦闘経験は貴重だが命と引き換えにするほどではない。
そして余力を十分に持つように、武器の耐久、薬品の補充。ギルドからの貸し出しもあるので不安な時は申し出るといい。以上だ」
冒険者の心得を話し終えたギルド長が退室するとメルエは内緒話のように口に手を添えてウインクする。
「顔に似合わずやさしいでしょう。わたしからもだけど本当に命は大事にしてね。無茶したら怒るからね」
書類からカードを剥がすとおれに渡してくれる。
「そのカードは依頼を受けるときと、達成したときに提示して。報酬はカードの情報に追加されるから現金を受け取る必要はないわ。ギルド提携の宿や店で使えるからお金は最低限、屋台とかで使う分だけ持ち歩けばいいのよ」
まさかのキャッシュレス。技術レベルがここだけ違くない?
「そして、これからはパーティが組めます。これまでは1人での戦闘力や判断、対応力を見るためパーティ組めないんだけど、その制限がなくなるの。しばらくは依頼の難度と報酬を考えると2人組のペアで行動するのがいいかもね、だれか近くに気になっている人はいる?」
からかうような視線で聞かれるが、今までそんなことを考えたこともなかった。
「いませんよ、知り合い自体いませんし・・・」
「そうかー、2人きりになることが多いから付き合っていない異性を組み合わせるのも難しいのよね、今相手待ちの子と、本登録間近の子が両方女の子だから彼女たち同士で組んでもらう予定だし。少し探して声かけてみるからしばらくソロで頑張って」
「そうですか」
「ただ、今までのゴブリン討伐は初心者用だから、少しランクを上げて選んでね、ランクはEからスタートでD、C、Bと上がっていくから、Dくらいから4人パーティが多くなってそのまま4人で組み続けることが多いわね。B以上になると10人以上のチーム向けの依頼も出てくるから」
「チーム?」
「チームというのは生産者とかのサポートメンバーも含めた集団で、2パーティ以上の戦闘や長期間の依頼に対応できるようになっているの」
合同パーティーということか。
「Eランクでもゴブリンの間引き依頼はあるけど、今はないかな。4匹以上の集団を作らないように時々間引きされているのよあそこは」
「ああ、それで3匹までだったんですか」
「優しいでしょ」
メルエお姉さんはふふっと笑う。
「これで簡単な説明はおしまい、わからないことがあったら何でも聞いて、依頼を受けるときも気になることがあったら何でも聞いた方がいいわ」
「わかりました、ありがとうございました」
席を立ってドアを開けると声がかけられる。
「命大事に。よアルくん」
振り返って、頷いた。
「はい!」
ギルドの一般スペースに戻ると依頼掲示板をチェックする。
Eランクではゴブリン討伐単体のものはなく狼の討伐とセットになっている。
場所も違ってトラムの森というところになるらしい、同じ場所で薬草採取の依頼もあってそれらが常時受注可能になっている。
「常時受注のものは受注報告不要、他の受注したものは期限があり未達成はペナルティか、受注と言っても、薬草加工納品、狼の毛皮納品は受注数も大量にあるから現物を手に入れてから受注してもよさそうだな。隣町までの護衛を含めて残りはペア以上の条件か、なら行ってみるかなトラムの森に」
ギルドを出た後にお金を預けることを思い出し、会計カウンターに寄って1000を残して預ける。カードに残高表示されないのが不便だがメモしておくといいそうだ、現在3万2000+手持ち1000。
トラムの森に着くとうっそうとした木々が生い茂っていた。
「ここが森なら今まで行ってた所はせいぜい林だな、ゴブリン林、ゴブ林か」
比較的踏み慣らされたところから入り込み索敵する、しばらく奥に入っていくと第一狼発見。後ろから近づくが気付かれる。
「こいつ!やりづらい」
体勢が低く剣も届きづらい、回り込みも早くこちらが踏み込んだ時のバックステップもうまい。
「難易度上がりすぎだろ、これが2匹以上とか勘弁してくれよ」
1匹でよかった。飛びかかってきた所を足を切り飛ばして勝負は決まった。
討伐確認部位は右前足。毛皮の納品もあったので丸ごと納品袋へ。
「内臓は抜かないとな、肉の納品もなかったから毛皮だけ解体して持ち帰るか」
狼が2匹以上の集団は回避することにして索敵を再開。少し探すとゴブリン一匹、狼一匹を発見。
「あいつら仲いいのか? 狼に乗ってるよ」
大型犬サイズの狼に子供サイズのゴブリンが乗っている。後ろから近づいたがまた狼に気付かれる。
「ちっ、狼の勘がいいな」
向かい合ってみると拍子抜けするほど手ごたえがない。ゴブリンは相変わらず単調な攻撃しかしないし、ゴブリンを乗せている狼は得意の機動力を活かせないし、攻撃自体することができない。
「いいぞ、ゴブリンそのまま足止めだ」
ゴブリンの右手を傷つけると攻撃手段もなくなり楽に狼を倒せた。
「よくやった、ゴブリン、死ね」
そこからは解体作業、さっきのを含めて狼2匹の内臓とゴブリンの体を軽く掘った穴に放り込み掘った時の土をかける。
ゴブリン林では放置してたが、あの場所では間引き部隊が処理してくれていたらしい。
「ゴブリンがいい仕事するな、組んでいるほうが楽になるんだから実質味方だよ」
ゴブ狼ペアを探し、ゴブ+ゴブ狼までは楽に処理できるようになった。
「ゴブリンを倒さないのがコツだな、落とさないように左手も切らないようにしないとな」
コツをつかんだころには討伐品が袋に入りきらなくなったので、毛皮を剥いで狼の体も埋める。それでも入りきらなくなったころに自分の空腹に気が付いた。
「昼も忘れて熱中してたか、一旦帰ろう」
森は奥に入るほど暗くなるので大体の外側方向はわかる、外に出てしまえば周辺部を回って行きたい方向に行けばいい。
「と、思っていたけど広場に出ちゃったな」
木々の開けた広場は日差しが差し込み明るくなっている、反対側の森との境目に冒険者らしきペアが薬草と思われるものを採取していいたので遠くから声をかける。
「こんにちは」
冒険者たちはびくっとして振り向くと会釈を返して採取に戻る。邪魔しないように木に寄りかかって座り昼食を摂り始める。
「こっちも薬草あるみたいだな、森の中だと暗くて見えなかった」
昼食を終えると薬草の採取を始めてみる、採取用の袋を取り出し目についたところの薬草を取り終わると来た方向に戻ってできるだけ外に向かってまっすぐ歩くようにして森を抜けた。
先に採取していた冒険者たちは時々こっちを見ていたが話しかけられることはなかった。
「戻りました」
ドサッ、トサッと袋を置きメルエに報告する。カウンターはいくつかあるが自分の進行状況を知っている人のほうが面倒が少ないと思い意識してメルエの所に並ぶようにしている。
「狼の毛皮は今受注してそのまま納品ってできますか?」
「もちろん。だいたいみんなそうよ」
メルエは内容を確認し報酬を入金する。
「質のいい毛皮が1枚あったけど強かったんじゃない?」
「あ、そうです、1匹でいたから戦ったけど強かったですね」
「1匹でいるのは、1匹でいられる強さがあるからね、お疲れ様」
「なるほど」
カウンターを離れ内訳のメモを見る。ゴブリンX13、狼X9、毛皮X8、良い毛皮X1、薬草X24。
それぞれ単価1000、1600、2500、5000、400。全部で6万2400だ。
狼の強さは討伐報酬に影響しないらしい、毛皮の分高いが強いのを狙うほどでもないだろう。
「装備買って帰ろうか。で、明らかにおかしいのがお前だ」
ギルドを出て手元の剣の刀身を見る。汚れをぬぐっただけで新品同然に戻り、目を凝らしてみても刃こぼれ一つない。
「武器のメンテで結構コストがかかるって聞くから、ここまで丈夫なのはおかしいんだよな」
比べるものがないとおかしさがわからないからもう一本武器を買うことにしよう、もちろん検証のためだけじゃないけども。
武器屋で探したのは少し長めの剣、刀身120センチくらいのミドルサイズ。考えることもあってナックルガード付きのものにする。
奮発したので、有り金をほぼ使い切る。9万5000+バックラー下取りで5千。そのうえ1万値引きしてもらって11万のところを10万で購入。
「宿代払っておいてよかった。残高がほとんどないところを見せて粘ったから値引きしてくれたんだろうな」
明日もトラムの森へ行くとして、なかなか鎧が代えられないな。ポーション類も欲しい、身の回り品として元から1本だけポーションも持っていたけど、そろそろ奇襲とかされてもおかしくない。狼の勘とか良すぎるんだよ。
いつも通り宿に帰り、食後になけなしの金でお湯を頼む。体、服、皮鎧を順番に洗い部屋に干して裸で寝る。少しチクチクした。
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