撃破後は温泉
「潰したぞ!」
ジノの声が響き、距離を取ろうとする。
ジノを狙うヒポポダイルから注意を引こうとするハル。
しかしヒポポダイルは足を潰した相手を許さなかった。
ハルの攻撃を無視し、ジノに尻尾を振り下ろす。
ドン。車にはねられた様にジノが吹き飛ぶ。
やられた!
ヒポポダイルの足は潰したがジノの負傷で逃げ切ることはできなくなってしまった。
「2人はジノを回復して一緒に逃げてくれ。おれはハルと一緒にあいつの気を引き付ける」
そう言い残し、ヒポポダイルまで走る。
先ほど感じた違和感、走るとはっきりわかる、おれの魔力がライノプスの革鎧に吸われているようだ。
普段なら気にするような量でもないが戦闘中は気になる。
今はヒポポダイルだ、正面から突入しハルのいる左側に行くようにフェイントをかけて右側に回り込むつもりだ。
潰れた左後ろ脚を攻撃しながらジノの撤退をサポートすることにした。
それにしても吸われるのが気になるな。
ちまちま吸われるよりはと、到着前にライノプスの革鎧に魔力をまとめて流し込む。
グン、と走りが加速した。
ライノプスの鎧にこんな効果があったのかと思う間もなくヒポポダイルが近づく、しかしフェイントのための左へも、回避のための右へも進路変更ができない!
こんな効果があったのか。じゃねぇー!
自殺コースじゃないか。
ヒポポダイルは口を開いて待っている。
噛まれれば即死、曲がれない、止まれない。剣をつっかえ棒にするには短すぎる。
「こんな効果聞いてねえよ!」
曲がれなければ前しかない。おれは噛み砕かれる寸前に流せるだけの魔力をライノプスの鎧に注ぎ込んだ。
ガチン。さらに加速したおれの後ろで口が閉じる、一瞬真っ暗になりまた明るくなる。再び口を開いたヒポポダイルは首を振り、舌でもおれを押し出そうとしている。
おれは鎧に魔力を注ぎ続けながら魔法剣を発動する。魔法剣の『鋭刃』だけでは足りない。投てきした武器の回収のために作る予定だった魔法をアレンジする。
木から抜くための振動。それを細かく、早く。高周波ブレードをイメージしながら発動する。
『魔法剣振動』
刀身は白く輝きヒポポダイルの舌の先に切りつける。
傷ついた舌は引っ込んだが力をためてまた飛び出してきそうだ。
おれはさらに鎧に魔力を注ぎもう一度魔法剣を発動する。
『魔法剣振動』
『魔法剣纏雷』
『魔法剣覚風』
聞こえるはずのない声が聞こえて、おれの剣の白色光に薄い青と黄色が混ざる。
この魔法剣はルカとミサ?
突入前に二人におれの剣に『紐付』をかけてもらって二人とは魔力的に接続状態が持続されている。
剣を立てて突進したおれは、たわんだ舌を縦に切り裂きヒポポダイルの体内に侵入した。
肉の壁を切り裂いて前へ前へ。
足元は酸の水たまりに踏み込んで痛い、胃液だろうか?
光も空気もない場所でおれはひたすら前を目指した。『魔法剣振動』は常に連続発動、鎧への魔力供給も欠かさない、時折魔力の流れからルカたちのの魔法剣が発動しているのがわかる。
カン。と音がして金属に当たった感触がする。何も手掛かりがない中その金属の方向にひたすら進む。周囲より硬い壁にぶつかり外皮だろうとあたりを付ける。
タイミングを計りルカたちの魔法剣におれの魔法剣を重ねる。
『魔法剣振動』
『魔法剣纏雷』
『魔法剣覚風』
『魔法剣残影』
手ごたえが外皮を切り裂いていることを伝える。急に体に押し付けられる圧力がなくなり、ゴロゴロゴロと地面を転がった。あわてて口に付いた臭いものを拭って息をする。
目はまだ開けられない。ねちょねちょしたものが体中にへばりつき気持ち悪い。
もうヤダ! もう何もしたくない!
生まれたての動物のように丸まっているとしばらくして頭にじょぼじょぼと水をかけられた。
「終わったわよ。アル」
鼻息を吹いて鼻の中の異物を吹き出す、耳にも何か入っていて音も良く聞こえない、おれはあおむけになって顔に水を浴び続けることでようやく目が開けられた。
「ミサ。全身洗い流して」
力のない声で言う、うげっ、口にも入って来た。
再び目を閉じ自分でも『落水』を発動、口の中を洗い流す。
耳は水ごと汚れが入りそうなので耳の穴を下に向けて汚物の表面を削り落とすように自分の『落水』を当てる。
ミサは全身に水を流しているが服の中にまで入り込んだ汚れは落とせそうもない。もう嫌だ!
お風呂に入りたい。全裸になって洗濯機に入りたい。水だ水。水持ってこーい!
もう、小水でいい小水を全身から噴き出してきれいになりたい。
『魔法体水』
小に対して大をイメージしたら余計に汚れそうだったので大量の汗をイメージし全身から水が噴き出していく。体と服の内側はだいぶ良くなった。何より耳の中、鼻の中、髪の毛の隙間の細かいところがすっきりした。服の外は人に任せよう、何より今は枯渇寸前の魔力を『体水』に使ったせいで急速に意識がなくなっていく。
もう・・・むり・・・
気が付くと馬車の中でミサに膝枕をされていた。
「アル。気が付いた?」
「ん、ああ、悪い。寝てた」
体は意外とさっぱりしている。最後の記憶ではびしょびしょのドロドロだったけど。
そう思い掛けられていた毛布をめくると服が着替えさせられていた。
非常に助かるけど、反面寝ている間に着替えさせられたことが恥ずかしい。
「ミサ、みんな。いろいろとありがとう」
後処理の諸々を含めてまとめてお礼をしておく。
「礼を言うのはこっちだよ」
みんなも集まっていて、ジノはホッとした顔をしていた。
「倒れたっていうから、アタシより重傷かと思ったけど、魔力の枯渇だったみたいだな」
「ジノは大丈夫か?」
「ああ、骨はバッキバキに折れたけど大体治った。1日くらいは休みたいとこだな」
「すげえな治癒魔法、おれも覚えたいな」
「教えるわよ。土魔法『造骨』。骨折の治療なら特に効果が高いから」
「頼むよ、ルカ。魔力が戻ったらね」
魔力の回復は治癒ではできないよな。
もし出来たらお互いに掛け合えば魔力が無限に増え続けるから、無理だろう。
・・出来ても交換くらいか。
交換だったらできるか。
おれはミサの居心地のいい膝枕から起き上がる。
「誰か、魔力交換やらないか?」
両手のひらを上にしていってみるとルカとハルに顔を背けられる。
あれ? いやだったか?
「いいわよ」
「アタシもいいぜ」
ミサとジノは受け入れてくれる。心の友よ。
「わたしも大丈夫・・」
「ボクもいいよ」
ルカとハルもやってはくれるようだ。無理しなくていいぞ。
「ちょっと、実験的なんだけど3人で手をつないでやってみたいんだ」
手のひらを上にしたまま言うとミサとルカが手をつないでくる。
嫌がっていないミサとジノのつもりだったが、いいのか? ルカ。
「前にやったように右手で出して、左手で吸う感じを3人で輪になって1回転させてみて」
ミサからおれ。おれからルカはスムーズに流れるがルカからミサで苦戦しているようだ。属性の違いはなじませるのが大変かもな。
ミサの魔力を吸いすぎたので今度は逆回転をしてみる。
「難しいのね、出そうででないわ」
「うん、わたしも入りそうで入らない」
再び、もとの回転に戻す。あいまいなイメージだがミサの魔力は青く、ルカの魔力は黄色い。
「おれからルカに流している魔力にミサの魔力が混ざっているじゃない? それにルカの魔力を少し混ぜてミサに返すようにしたらどうかな。ミサは自分の魔力を呼び水みたいにして一緒にルカの魔力を受け入れる感じで」
うん、ん。と顔を赤らめて頑張っているルカが少し手ごたえを感じたようだ。
「うん。少し出てる。もらった魔力を渡すと流れやすい」
「わたくしにも入ってきます。細い流れだけどたしかにルカとつながっています」
そこから何度か回転方向を変えたり、つなぐ手を変えたりして魔力をぐるぐる回した。
「2人ともありがとう、流している間に結構魔力もらったけどそのうち返すよ」
枯渇状態のおれが魔力を交換することで密度が平均化され結果的にもらうことになる。
ねらってはいたが回復する以上に疲れたぞ?
しかしまだおれにはまだやることがある。
「ジノ、ハル。お待たせ」
両手のひらを上にして呼び掛ける。
2人とも側で話を聞いていたからやることはわかっているだろう。
ハルは来ないかな?
「こうだな」
「うん・・やさしくして」
ジノもハルも手をつないできた。さっきのハルは照れただけか?
単に勉強をやさしく教えてってことだな? だよね? おれ変なことしてないよね?
魔力を流してみるが2人はさらに苦戦している。
「魔法職じゃないから急がなくていいよ。ルカとミサは魔力の扱いになれてるからさ」
そういってルカたちを見ると、ルカとミサでで手に手を取り合って目をつむっている。妙に百合百合しい、おれは開けてはいけない扉を開けてしまったのだろうか?
アクセムの街に帰り着くとそのまま銭湯に連れていかれた、どうやら寝言で風呂に入りたいとうなされていたようだ。
予定では次の街に行くことになっていたがトラブルがあったのでとんぼ返りしている。
おれが気を失った後、おれの着替えとジノの治療のためルカとミサが残り、ハルがギルドまで報告に行ってくれたそうだ。
ヒポポダイルの解体と引き取りにギルドの人員を呼んでくれてその人たちと入れ替わりでおれたちは馬車で街に帰還したわけだ。
風呂で別れるとき1人で大丈夫か聞かれたが魔力も回復しているので問題ないと答えておいた。
服を脱いで体を確認する。残った汚れもないしひどいケガもない。
「ミサたちに洗われちゃったな、意識がなくてよかった。
鎧は洗ってメンテするとして、服は捨てるしかないかな、洗ったぐらいじゃ匂いも汚れも落ちないだろうし」
風呂に入り時間があるときの習慣として魔力の循環をしていたが、お湯に流れ出す魔力が気になる。
「手足の先から漏れてるから、こう、いやこうか?」
体内にとどめておけるように工夫しているうちに軽くのぼせてしまう。
風呂を出ると銭湯に併設されている宿にそのまま泊まることになっていて、部屋に入って寝転んでいたらいつの間にか寝てしまっていた。
「アル、アール。ごはんよ」
食事に現れないおれをルカが起こしに来た。食事は4人部屋のほうに運んでもらって食べるらしい。
食事中に風呂でのぼせた話をしたらやっぱり心配された。
「アルが女湯に入ればよかったのよ。みんなでアルを隠すから問題ないわ」
ミサが無理なことを言う。みんながおれから隠れてないよ?
「アルも同じことしていたのね、お湯に魔力が流れ出すのはこちらでもあったわ。
さっきみたいにミサと魔力循環の共有をしようと思ったらお互いに流れるよりもお湯に流れ出すほうが多くて」
「そうね、それでつないだ手だけお湯の上に出したのだけど注目されて恥ずかしかったわ」
「注目されてたの? 循環に夢中で気付かなかった」
驚くルカに、ジノが告げる。
「注目されてたぞ。美人が裸で手に手を取り合って見つめ合っているんだからな。
すごすぎて逆に遠巻きにされてたぜ」
ルカは真っ赤になって手で顔をあおいでいる。
「ボクらは共有はまだできないから1人で循環してた。流れ出るのもわかったから逆にお湯から魔力を吸いだせないかを試してたよ」
「それでこっちの4人ものぼせたんだけどな」
ジノが言う。そんなところにおれをかくまうつもりだったのか。計画がずさんすぎる。
ヒポポダイル戦のことは、最後に汚い話になるので食事の後にしてもらった。
「隣のノースタンの街に移動するのはまた延期だな」
「そうだね、ヒポポダイルの解体と買取で時間かかるね。今頃すごい苦労してるよ」
ヒポポダイルの解体と輸送はギルドの人に引き継いだのでこちらで待っていればいいということだけど、解体の刃物の消耗がすごいだろうな。
「新しい魔法は魔法師ギルドには持っていかないけど、リルの所はしばらくしたらまた行けるだろうからみんなもなにか欲しい魔法があったら考えてみてよ」
欲しかった魔法を思い浮かべる。
「おれはねー、収納とか欲しいんだ。
あとは鑑定かな、攻撃や戦闘に関係なくてもこんな魔法があったら便利だなって何かある?」
どういうイメージになるかわからないがアイテムをしまうために異次元とかを使うのだろうか?
「わたくしさっき見た、アルの『体水』。あれで体を洗って、そのあとに風魔法で温風を吹き出して乾燥出来たらうれしいな」
ミサは、洗濯魔法がお望みか。
「水も温水だといいな。最初に石鹸水を出して、洗い、すすぎ、脱水、乾燥。の4工程あれば最高だな」
「そこまで必要ないわよ。普段はすっきりするだけでいいわ」
ミサは初めはクスクス笑ったが、普段どころじゃないおれのさっきの状態を思い出しお互い押し黙った。
「わたしは『紐付』に新しい可能性を感じたな。ハルが使いこなしてたけど途中から投てき以外でもヒポポダイルの気を引いてたでしょ、どうやったの?」
ルカの疑問にハルが答える。
「あれは、切れ味の落ちた短剣を『紐付』してヒポポダイルのお尻に入れてきた」
追加の気まずい話題。
「この話は、食事の後にしようか?」