休憩は大事
起きてみると太陽の位置も変わらずで何時間寝たのかさっぱりわからないけど、たいして腹も減っていないので5時間以上は寝ていないだろう。
「よし、行くか」
ここからは7,8時間休まないつもりだ、ここまで来た時はそれ以上飛んでいたのでたぶん行けるだろう。
斜めに浮き上がって広場の周りをぐるっと一周する。
来た方向と行く方向を確認する。
道案内である折れた梢も見えたので、そちらに向かって移動を始めた。
「はあっ、はあ。さすがに無理があったか?」
全行程を飛行で踏破しようとしたが、最後の方は魔力も気力も厳しくなってきた。
判断も鈍るし、魔力の制御もおぼつかなくなるから、とっさの時に『跳ね玉』による緊急回避ができなくなるかもしれない。
無理はせずに地面に降りることにして、目印になっている梢の折れた木を周るように降りたかったのだが。
「む、むずい」
ただでさえ小回りの制御が難しいのに木の周りは葉っぱだらけ枝だらけでどこにすき間があるのか全く分からない。
『跳ね玉』の魔法を小さめに発動させて、枝をバキバキ折りながら、降りると言うより落ちると言う速度で地面に激突した。
「『浮遊』の魔法は早めに買おう」
魔法習得のスクロールは貴族にも人気の商品なので最前線にあまり回ってこない。
でかい街というと領主が住んでいる位になるので、アクセムの近くだとハルフェの街になる。
高級な店になるだろうから身なりを整えて行くべきか?
気にすることはないか、冒険者の装備は金額だけで言うならそこらの高級な服など比べ物にならない金額がかかっている。
恥ずかしいことなど何もない。
今なら!
地面に足をついたことで随分と気分が楽になった、やっぱり飛行中は緊張していたところもあるのだろう。
木に寄りかかって座る。
目を閉じてみるが眠気はあまりない。
「少し歩くか」
速度は落ちるが歩きでも距離は稼げる、それに歩きなら休憩ほどではないが魔力も気力も回復する。
エリの作ったサンドウィッチをぱくつきながら森の中を歩く。
敵がいるかもしれない森の中ではそんなのんきなことはできないが今は時間圧縮中なので敵がいたとしても彫像のように固まっている。
オークもだいぶ数を減らしたので見かけることもない。
危険があるとすれば飛行中の落下ぐらいだ。
あとは万が一。いや億分の一もないのだけど時間圧縮の能力者がおれの命を狙った時。
まず能力者自体がごくごく少ないことに加えて、おれが時間圧縮した瞬間にたまたま同時に時間圧縮をするようなことでもない限り同じ時間帯に動き回れることはない。
億分の一もないな。一京とか一垓分の一とかの使ったこともない単位の話だ。
魔力と気力は使ったが体力は有り余っていたので、黙々と歩き続けた。
気が付くとベファレンの街から大里へ続く街道にたどり着いていた。
「意外と近くまで来てたんだな」
降りるのも苦労したが離陸するにも狭い道では難しい。
離陸に魔力をつぎ込むから『跳ね玉』で障害物から防御することもできず、枝がビシバシ当たることだろう。
細い枝にぶつかるくらいはいいが、太い枝にぶつかろうものならもう一度墜落だ。
木が密集している場所での離着陸は難しいので大里に着くまでの森も歩くことにした。 広めの街道にいる間は体力の温存も兼ねて低高度を低速で飛ぶ。
飛ぶというよりは浮かんでいる位の遅さだ。
低速の制御もなかなか難しいので魔力に集中するあまり手足が完全に弛緩していた。
まるで首根っこをつかまれてぶら下げられたような体制になってしまった。
昼間の街道なので人通りは多少ある。
人目をはばからず飛行できるのは時間圧縮をしているためだが、もとの時間から見ると30倍速で動いているわけではなくてほぼ見えていないようだ。
ほぼというのは、同じような時間圧縮能力者ならぼんやりと見えているようで、姫巫女のそばを通り過ぎた時に視線が追いかけてきたことがあった。
その辺を歩いている一般人が、そんな激レアなスキルを持っているわけはないんだけど、もしいたら冒険者の幽霊みたいなものがツーっと過ぎ去っていくのが見えたことだろう。
大里への入り口に着き、地に足をつける。
門番のトレントは時間圧縮のおかげですり抜けられるから道に迷わなければいいだけだ。
そう考えると姫巫女のおれに対する信頼が半端ないなと思う。
スキルを与えたのは世界樹だけど、その場にいた姫巫女も特に反対はしなかったし。
何とか迷わずに森を抜け、勝手知ったる姫巫女の屋敷に入って、勝手に暗室を使わせてもらう。
おれたちの事を呼んだわけだし、暗室を使うことは想定内というか暗黙の了解だろう。
暗室内で時間圧縮を解除する。
すると部屋の前にパタパタと人の気配がする。
暗室が使われたことを通知する仕組みでもあるのだろうか?
おれたちが来たことを姫巫女か誰かが気配で察知したのかもな。
内側からノックしてドアを細く開ける。
「あのー、呼ばれたアルですけど・・・」
外の緊張感が弛緩する。予想していたとはいえ里の奥深くまで入られるのは警備しているものにとっても頭が痛いだろう。
屋敷の中に入ってしまうのはさすがにまずかったか?
何度か来てはいるけどあたりまえのように思ってはいけない。
里の入り口に訪問者が泊まる小屋があったな? 今度からあれを使うか。
廊下に顔を出すと、こちらにどうぞと案内をされる。
いや、みんなを『取り出し』したいんだけどな、と思いつつ付いて行く。
「早かったね」
「呼ばれたからね」
執務室では満足そうな姫巫女に迎えられる。
「移動が早いのは予想していたけど、出発も急かせちゃったかな? 移動が早い分ゆっくりしてくれてもよかったのに」
「そりゃ、移動が早いことを知らない相手には調整するけど、姫巫女は知ってるじゃん」
暗室まで使うのだから移動にかかる時間は姫巫女にもわかっているはずだ。
飛行することは知らなくても、時間圧縮の外から見れば誤差に過ぎない。
14時間が1時間になったとして・・・
通信後にすぐ飛んで来たらびっくりするかな?
「それより場所を貸してもらえるかな? さっきの暗室でもいいけど人目に付かなくて床が広く使えるところで」
「いいよ、好きに使って」
姫巫女の許可をもらい暗室に引き返してミサの『収納』されたシートを広げる。
眠りからは揺り起こすこともできるけど、『睡眠』の魔法をかけたミサが魔法を解除するのが一番安全だろう。
おれが『睡眠』の魔法を覚えるのが一番いいが、他の課題というか宿題が多すぎて手が付けられていない。
『睡眠』は『浮遊』と同様に魔法習得のスクロールが売られているはずだから何とかして探したいところだ。
ミサを『取り出し』して揺り起こす。
「う、うーん」
横向きに丸まっていたミサが揺らされて仰向けに体を広げる。
肩を揺らしにくい体制になって少し困る。やっぱり『睡眠』の魔法を覚えたい。
手を取って波のように揺らしてみるが起きてくれないようだ。
「仕方ないな」
掴んでいる手から魔力を流す。朝だぞと強弱をつけて。
「ああーん」
あわててやめた。
「ミサ、起きてるだろ?」
半分カマ掛けだがミサは素直に目を開けた。
「ふぁーあ。意外と寝心地いいですよ『収納』の中」
魔法で寝てるんだから寝心地とかなさそうだが、満足したんならよかった。
続けてルカたちも『取り出し』ていってミサに『睡眠』を解除してもらう。
「着きました?」
「おはよー」
「終わったか、大したことなかったな」
ルカとハルは平常運転、ジノは少し強がっているようだ。
やっぱり怖いよな?
ジノなんかは直接的な攻撃に強い分精神的な攻撃などには弱いのかもしれない。
揃ったな。荷物に紛れてシャリが入り込んでいることもないな?
廊下にいた道案内の付き人が人数が増えたことにびっくりしていたが、元々時間圧縮用の暗室は人が増えたり減ったりするものだから、特に尋ねられることもなく姫巫女の所に戻った。
「全員で来たんだ!? わたし一人を連れていくのがやっとなのに」
付き人だけでなく姫巫女まで驚かせてしまった。
姫巫女も仕組みは知っているけど人数の限界までは把握していなかったようだ。
まだまだいけるよ。とは言わない方がいいんだろうな。
「もう一人か二人はいけるかな?」
エリとか連れてくるかもしれないし余裕は持たせておこう。
「いいね。移動がすごく便利になったね!」
「うん、そうだね」
姫巫女のように随伴者が動ける状態で4人を連れて行ったとしたら空を飛んで移動することもできないし、今の形が一番便利な形だろう。
「それより、おれたちに用があるって話だけど」
「ああ、そうだね。こんなに急がせるつもりはなかったから少し先の話になるんだけど」
なんだ急がなくてよかったのか!
気を回しすぎた。姫巫女は時間圧縮の事は知っているけど、使えとも急げとも言っていなかった。
パーティー単位で動くなら今まで通りに半月以上かけてもよかったのか。
「予想しているだろうけど魔王の事だよ。しばらくしたら勇者候補の招集が王都で行われるからね」
魔王討伐のための緊急任務。Aランク以上の冒険者は国を越えて広く募集がかかるだろう。
戦争相手だった国も協力することになる。
内心苦々しい気分だろうが。
「おれたちは呼ばれないんじゃないかな?」
「呼ばれるよ? エルフから推薦する枠があったからアル達を入れておいたよ」
なにしてくれてるんですか!?