飛行訓練
「わたし思ったんだけど」
側に降りてきたルカが言う。
「『浮遊』という魔法を作ることにこだわらなくてもいいんじゃないかしら?」
たしかに魔法の性質を見ると移動も上昇もできないんだからわざわざ自力で開発する必要はなさそうだ。
「落下を防ぐだけなら魔力の紐にぶら下がる形でもいいし、アルなら空中に魔力の紐を固定することもできるんじゃない?」
別のアプローチの話か。
買えるものは買えばいいじゃんと思っていたから、自分に都合のいいようにスクロールを買って覚えることを言っていると思ってた。
それにしても空中に固定?
ルカには簡単そうに見えるのかな。おれは結構難しそうに思えるぞ。
固定と言えば柱を生やす魔法を開発したこともあったな。
あの時と同じように空中から水蒸気を集めて氷の柱とか?
いやいや、だからその氷の柱を何に固定するんだよ。
異次元に固定? 異次元つったって地面があるわけじゃないだろうし。
「いや、『浮遊』は買うよ。『浮遊』という魔法の優秀さもわかった」
例えば空中で飛行状態の制御を失った時に、別の飛行魔法で打ち消そうとするのはあまり良くない。
速度が付いているので打ち消すためには大量の魔力が必要になる。
その上、方向感覚を失っているので、別の飛行魔法を加速する方向や激突を回避できない方向に向けてしまうようなこともある。
なにより楽、お金で解決できるって素晴らしい。
「そっかー、アル独自の『浮遊』も見たかったな」
「自由に移動できるなら便利だったろうけど、そういう魔法じゃなかったからな」
ゴールが見えている魔法は開発を進めればいつか到達できる気はする。
反面、お金で買えるなら開発する理由もほぼなくなる。
『浮遊』に時間をかけるよりは飛行訓練や他の魔法の開発などやりたいことは山積みだ。
「じゃあ、『浮遊』はどこかの街で買って、それに『跳ね玉』? も安全確保には使えるみたいだから飛行する準備はできたね。
これからわたし達を運ぶ時はライノプスの装備を使ってね。
それとも、これからずっと使う?」
おれの装備が貧弱なのを気にしているようだが、ライノプスの装備は一番使いこなしているルカが使うべきだ。
「ライノプスの装備はルカのだよ。たまに貸してもらうけどね」
スキルも結局は魔力の流れの制御だから、使っているうちに自力で似たようなスキルが使えるようになるかもしれない。
そうなればまたしてもスクロールで量産だ!
売れないんだけどね。
スクロールを作れるリルは今おれの荷物の中で布にくるまった状態で眠っている。
エルフの大里に行ったときに妖精の郷との行き来ができるフィールドを作ってもらうつもりだったが、今回は大里に行く予定はないしエルベの里でそのフィールドを作ってもらった方がいいかな。
アクセムの街からはエルベの里の方が近いしおれたちにとっても便利だ。
エルベの里に戻ったおれたちはミサとも合流してエルベの里に妖精郷との接続場所を作るべきかを相談した。
「いいと思いますよ。話の持って行き方はどうします? 妖精郷とのつながりを作れるならエルフ側にとってもうれしいことですし、わたくしたちが仲立ちをしたとなるとまた大きめの貸しを作ることになりますけど?」
「それなんだよな」
すでに貸しは十分あるし、リルの側でもエルフとのつながりは欲しがっていた。
おれたちもエルベの里に行けばリルに会えるのは便利だし助かる。
「正直に事情を話して、それでも貸しみたいになっちゃうけど、変に話を捻じ曲げない方がいいでしょ」
「そう、ですね。エルベの里に対して貸しが大きくなりすぎるのは気掛かりでしたけど、リルともかかわりを持つわけですからへたな工作は逆効果ですね」
「ミサも貸しが大きくなるの気にしてたんだな」
「気にしますよ、わたくしがエルベの者ならそのうち返せなくなるんじゃないかって恐ろしくなります」
「別にいいんだけどね、おれも姫巫女にはバカでかい借りがあるし、その借りの一部はエルベの里にもあるんだから、エルベの里に対しては貸し借りなしくらいの感覚かな」
「そのことも伝えましょうか? そのうちフラウをアルに差し出すなんてことにもなりかねませんし」
そんなわけないだろう。
「族長を出すとか、そもそも人を差し出すとか発想が野蛮だよ。
フラウにはネルザがいるだろう」
「ネルザが死んでいたらそんな話が出たかもしれませんよ?」
怖いよミサ。
「それにフラウもまんざらでもないでしょうし」
最後の方は小声だったのでよく聞こえなかった。
「そうならなくてよかったですね。
形式的には差し出すことになっても最終的にはアルを取り込むことまで考えていたかもしれませんし」
ミサの考えが黒い。
それもおれを心配しての事だろうけど。
「ミサ怖いよ、その考え」
おれの隣にいたルカがおれの肩をキュッと握った。
「冗談ですよ」
ミサはやれやれと首を振る。
ミルガとの話はフラウたちもいないため、交渉というよりは根まわしみたいな感じだった。
「なるほど、こちらの借りが大きくなりすぎることを心配してくれたわけですね」
失礼かとは思うが妖精がもたらす利益は仲立ちをしただけのおれたちにも無関係とはいえない。
おれたちが気にしなくていいと言っても、はいそうですかとは言えないようだ。
「今までお世話になっているんで、これでチャラにしても」
「そう言うわけにはいきませんね」
ネルザの件もあるのでチャラというのは無理があるか。
おれたちは姫巫女に対して借りがあるからそっちに返してもらうことも考えたが、立場的にも余計に負担になるだろうから口には出しにくい。
「長い付き合いになりそうですね」
ミルガはニヤッと笑う。
無理のない範囲で分割にしてくれればいいが、長寿のエルフが言うとちょっと意味が違ってくる。
おれが死ぬまで待てばいいと言う意味も出てくる。
もちろん冗談だ。
おれが死んでもミサがいるし。
ミサがミルガを睨んでいる。
本当にそんなことになったら取り立ては厳しくなることだろう。
「冗談はさておき、大里の姫巫女と親密に交流しているあなたたちには、興味を持たせるだけの物がこの里にはないんですよ」
ミルガはお手上げとばかりに天を仰ぐ。
呼び方も大ババから姫巫女に変わっているな、連絡を取る回数が増えて直接話すことも何度かあったのだろう。
一応敬意として大ババと呼んでいたんだよな、長寿の象徴として。
本人が嫌がったら敬意であってもやめるしかないが。
「そんなことないですよ、それにおれにとっては大里の姫巫女に紹介してくれた命の恩人ですから」
言ってからしまったと思った。命の恩人はお互い様だった。
「ほら、家族みたいなものだと思ってもらえば・・・」
自分から取り込まれに行ってどうする。
「この話は置いておきましょう。アルの側が混乱するのもおかしな話ですし」
わたわたしているおれを見かねて、ミサが話を切り上げてくれた。
「そうだな、だが助けが必要な時は気兼ねなくいって欲しい。これ以上困らせるのはやめておくとしよう」
もうおれは知ったことじゃない。エルフ同士で貸し借りを埋め合わせてくれ。
その後はジノたちを待ちながら、エルベの里を拠点として飛行訓練や、アクセムとは反対方向の海があると言う方に足を伸ばしたりした。
訓練中に海自体は確認したが、海沿いの街や漁村程度のものも見つからなかったので、こっちの方に足を伸ばして魚を手に入れるのは難しそうだ。
飛行訓練のさなか、そろそろジノたちが到着する時期だと言うのでエルフの獣道方面を飛行していると、木の葉越しにジノたちらしい冒険者が見えた。
狭い道に上から着陸する技術はないので引き返してミルガたちに報告する。
今日の夜か翌日には到着するだろう。
単独で飛行訓練を始めてしまっているが、まだ『浮遊』の魔法は手に入れていない。
比較的制御が簡単なライノプスの鎧だけを借りて飛行しているが、落ちた時の対策は一応ある。
『浮遊』の失敗作としてスーパーボール状態になって、着地こそできないが落下死を防ぐことはできる。
多少跳ね回っても落ち着くまでじっとしていれば、地面に転がるまで待つこともできるし飛行の制御を取り戻すこともできる。
『浮遊』の魔法は買うつもりなので一時的な処置だ。
「合流したらやっと帰れるね」
「フラウの許可も出るだろうしそろそろリルのことも起こすか」
全員揃うのは久しぶりな気がする。
大里で合流はしてるのだが、何となくミサを留守番に置いて来てから全体のつながりが弱いと言うか、ふわっとした感じだった。
飛行訓練もまだまだ未熟ではあるが移動だけならなんとかできるようになってきた。
飛行しながらの戦闘となるとまだまだだが当初予定していた時間圧縮中の移動手段としてはかなり高速化できただろう。
訓練と言えばルカの上達もすごかった。
おれがライノプスの鎧を使って飛行をしている間ルカはライノプスの槍だけで飛行を可能にしてしまったのだ。
ライノプスの槍の【突撃】はライノプスの鎧の【突進】と比べても制御が難しく、攻撃時の威力の上乗せや重量物を抱えた時の上昇時にしか使えない直線番長だった。
ルカは直線推進を限りなく短く制御して、進んでは止めて、止まっている間に方向を制御して落っこちる前にまた進ませるという、変態的な多角形コーナリングを身に着けたのだ。
もちろん戦闘時に使えるようなものではないが、未熟なおれの飛行に並走できるようになっている。
移動だけなら2人並んですることも可能になった。
2人とも集中しきっているので遊覧デートのような和やかな雰囲気はない。
落ちないように、暴走しないようにで必死だ。