再設計と試運転
「起きたの? アル」
目を覚ますと、ルカに膝枕をされていた。
「寝すぎー。起こそうとしてもその女が邪魔するから、2時間は待ったよ」
リルがあきれたように言う。起きようとしたが柔らかいものに頭をを押さえられていて起きられなかった。
「大丈夫だから、起きるから」
ルカの顔が半分しか見えなかったので邪魔なものを押しのけようとしたが、ギリギリでそれがルカの胸だと気付いた。ふう、危なく押しつぶすところだった。
ごろごろ転がり、セクハラゾーンから脱出を果たし、リルに向き直る。
「待たせて悪かった、ルカも意見聞かせて」
ルカも加えて、寝る前に気付いた、『魔法引寄』の問題点を話し合う。
「まず、投げる前から、引き寄せた後まで1つの魔法だからその間に魔法を挟めないことだよね。
あと、気になったのが・・・ハル、ちょっと来て」
ハルを呼び、感想を聞く。
「ハルはさっきの魔法は使ってみた?」
ハルは、ううん。とかぶりを振る。
「ルカには別の魔法って言ってたけど、一応待ってた」
「うん。大丈夫だから覚えて使ってみて」
ハルはルカを見て、ルカは頷く。
『魔方陣引寄』
ほぼ正方形の紙が崩れて消滅する。ハルは目を閉じて感触を確かめているようだ
『魔法引寄』
目を開けたハルは発動した魔法を短剣にかけて草むらに投げる、そして引き寄せる動作で短剣がハルの手元に戻る。
「いい感じ」
ハルは嬉しそうだ。
「ハル。もう一回。今度は短剣が刺さるように本気で投げてみて」
当てるものを探して、花畑方向に1本生えている細い木を指さす。
『魔法引寄』
ハルが短剣を木に向かって投げる。ドスッ、と音がして短剣の先端が木に埋まる。
その後魔法の後半部分が短剣を引き寄せようとするが短剣は動かない。
あきらめたハルが泣きそうな顔でおれを見る。
「いいんだ、おれが失敗したんだ。魔法作るときに、引っ張る力が弱いかなってあとで気付いたんだよ」
「これから作る魔法で修正するけど、その魔法はととどめで使えばいいんじゃないか? スライムなんかは狩り放題だろう」
ハルは気を取り直しうんうん頷いて短剣を回収に行った。
「それじゃあ、さっきのを分けよう。紐を付ける部分と、引っ張る部分で・・あれ。引っ張る部分はいらないかな? 手で引っ張ればいいんだし。紐はついてるから」
紐を引っ張るしぐさをしながら考える。
「紐もな、ゴムとかどうなんだろう? ルカ、どう思う?」
ルカもいるので聞いてみる。話しているとみんなも近くに集まって来ていた。
「ゴムは、手に取るときの勢いがすごいんじゃない?」
そうだな。さっきも戻ってくる短剣怖かったものな。
「引っ張っても抜けなそうよね」
ミサも参加してきた。そうか、引き抜こうとしても紐が伸びてしまうのか。
「投げるときに勢いが弱まるんじゃねえか?」
ジノにもダメだしされた。そうかなゴムを伸ばしながら飛んでいくってことになるのなら勢いを失ってそうなるか。
ハルも途中で話したそうだったので聞いてみたら。
「全部言われた」ということだった。
「ためしにやってみる、リル見てて」
いつもの初心者用の剣を取り出し、投げ・・・投げにくいなショートソードのサイズは。練習がいるな。
「ルカ。土槍貸して。いや、砕けるか? やっぱハル。短剣貸して」
ハルから短剣を借り、魔力紐を付けてから木に投げつける。
トスッ。真ん中から少し外れたところに刺さる。よかった、外れるところだった。
「対象までの長さで、紐を固定して、ここまでで魔法終了」
「うん」
リルが頷く。
「そして、手で引き抜く」
抜けた短剣がまた結構な勢いで手元に来る。思わずよけたら紐の長さを固定していたせいで結構後ろまで行ってしまった。
「うーん。抜いた勢いと手元の勢いか。それと、軽く投げた割には抜くのに力がいるな。もう一回ね」
短剣を拾って。とその前にハルが拾ってきてくれた。ありがとうと礼を言い。改めて強めに短剣を投げる。
スカッ。サクッ。短剣は木を外れて遠めの花畑に刺さる。おれは慌ててダッシュして短剣を拾いに行った。
「今のなし、なし」
木までの距離を半分くらいにして、再び強めに短剣を投げる。
ドスッ。深く刺さった短剣の紐を引っ張ってみるが、力を込めても抜けない。
あきらめて抜きに行こうとしたが近づいた時にゆるんだ紐を見て思い付き、再び元の位置に戻る。
紐を上下に波打たせ、刺さった短剣を揺さぶる。2回くらい鞭のように揺さぶると短剣が緩んだ感触があり、再度紐を引っ張る。すると短剣は程よい勢いで手元に戻ってきたので手に取っ・・避けた。これは練習がいるな、うん!
「もう一回、もう一回だけ」
最後に短剣を投げ、木からは外れるが、木の横を通り過ぎる所でピタッと止まり地面に落ちる。
引き寄せて、手に取る。刺さってなければ力加減簡単なのにな。
「リル。対象までの長さは当たる前に決めておいて、外れたらそこで止まるようにするよ」
リルが頷く。
「魔法は紐の長さが決まるまで。魔法名は『紐付』で」
ミサを見て、同名魔法がないか確認する・・大丈夫なようだ。
『魔法紐付』
短剣に対象までの長さの魔力紐が付く。ここで魔法は終わるが一応短剣を投げておく。 ドスッ。リルを見ると問題ないようだ。指でOKサインを作っているようだが小さすぎて見えない。
「それじゃ、作るよ」
リルは先ほどのように紙に魔方陣を書き出していく。書き終わるとおれに差し出し言った。
「これはサービスにしておくよ。さっき取りすぎたからね」
リルはこちらを見たまま照れていた。さっき吸いすぎたことか、一回のサービスでは足りないほど吸っていたんだな。
「ありがとう。ところでこれ何枚か欲しいんだけど」
「そこまではサービスできないかな」
無理か、おれの魔力回復してるかな。いやおれのじゃなくていいか。
「この魔方陣はルカにあげるけど、欲しい人がいたらリルに自分の魔力と引き換えに貰って」
とみんなに言った。
ハルはもちろんとして、ミサも欲しいようだ。矢の回収でもするのかな。
ジノも列の後ろに並んでいる。ジノ?
「ジノはウォーハンマー投げるのか?」
「投げねえよ。他の飛び道具使うかもしれねえだろ」
そりゃそうだ。
「アタシは不器用だから手斧かな。石を投げてもいいけどそれなら『紐付』いらないな」
手斧か、紐が巻き付いて絡まったりしないかな。
「ところで、引き寄せるときも魔法が必要になりそうだから、今日ここに泊まらない?」
魔力を回復させたいのでみんなに聞いてみた。リルにもここに泊まっていいか確認する。
「いいよ」
リルも賛成し、他のみんなも問題ないようだ。
今日は泊まるとしても夜まで結構時間が空いちゃったな。
「それまで下に行こうぜ。ハイスライム残ってたろ」
ジノが提案した。
それだ! 元々の目的を忘れてた。
地下3階に降りたおれたちはそのままエリアDに向かった。
「エリアDのハルが踏んだスイッチは結局何だったんだろうな?」
ジノが言う。
「隠し部屋だって中身がなかったりするんだし、何の意味もない仕掛けも結構あるんだろ」
「けち臭いな。せっかくだから何か置いておけばいいのによ」
けちだよな。隠し部屋に何もないならむしろ隠し部屋が無駄になってもったいないのにな。
まるで、徒労を味あわせてこのダンジョンに来る気をなくさせるような・・・
スライムもそうだな、地下2階からは強いわりに実入りが少なく、下の階に行くほど損をするようになる。今まで地下2階から下で他の人にあったことがないぞ。
そうこうしているうちに、隠し部屋に着く。
「準備はいいか・・・よし行こう」
部屋に入るとハイスライムはゆっくりとこちらに向かってくる。
まず、ジノが動く。小手調べに魔法剣なしの一撃。大きい核には跳ね返されたもののボコボコと張り付いている小さい核は潰したようだ。
ライノプスのウォーハンマーは通常攻撃で魔法剣並みの威力ってことだな。
続いて、ハルが短剣を投てき。これは効かないだろうと見ていたらスライムには当たらずに止まって落ちた。すぐに飛び上がってハルの手元に納まる。 『紐付』の練習をしただけか、短剣が消耗するからわざと外したのかな。
おれは静観。今日はジノの武器が主役だからな。
そのジノは再び振りかぶり、今度は魔法剣を使うようだ。
『魔法剣火槌』
振り下ろしたウォーハンマーがハイスライムをとらえた瞬間、ハイスライムが赤く染まり魔法剣の炎を吸収したかのように潰れてたわんだ。
ウォーハンマーがゴムボールを叩いた時のように跳ね返され、それでもジノは足を踏みかえ戻った反動を回転に変え、体ごと1回転し再び斜めから振り下ろす。今度は角の尖った先端の方だ。
『魔法剣氷柱』
氷の魔法剣はハイスライムをとらえ、1瞬たわみ。そして破裂した。
ジノは魔石を拾って戻ってくる。
「いやー。属性があるのはまいったな。ちょうど火に強いやつだったよ」
火属性に耐性があって属性負けしたのか。ハイスライム侮れないな。
「ハル。以前踏んだスイッチはどうなってる?」
「踏んだ状態のまま-。あとは」
探索モードのメガネハルがきょろきょろして他の仕掛けを探す。
「あった。天井にスイッチ」
ハルは器用に短剣をスイッチに当ててからひょいッと手元に戻した。
おれより使いこなしてるな。音は・・・聞こえないか。
「周囲を一回りして戻ろう」
何もないな、隠し部屋3つで宝箱0か、ハイスライムも強い割にはうまくないし。これは人気ないわ。
一回りしてリルの部屋に帰り、野営の準備をする。リルが言うにはモンスターは出ないそうだが交代で夜直はすることにした。
「リルはこのダンジョンに住んでいるのか?」
夜直の1番目はおれがすることになった。リルが起きていたので話相手になってもらう。
「住んでいるのは妖精境よ。ダンジョンって言ったけどここが妖精境だから。
・・そこに境界線があるでしょう」
リルが指さしたのはダンジョンの床と草地の境界だ。
「あなたがそこから出ていったら、私からは見えなくなって元々いたダンジョンに戻るわ。同じような領域が何か所かあって、すべてがこの場所と共有されているの。このホワイトストーンの魔法によってね」
リルは振り返って滝の流れる白い石を見る。
「昔はもう少し人が来ていてね、設計の依頼を受ける妖精もこの場所に5,6人はいたんだけど最近は決まった魔法の増産くらいだから誰か1人がここにいて注文を受けるだけね」
リルはさみしそうに言う。
「だから今日は楽しかったわ、昔は変な魔法とか、馬鹿みたいに長い魔法名とか作ってたみたいだからうらやましくて」
変な魔法はさっき見せちゃったな。
「長い魔法名って付けられるのか? 漢字2文字じゃなくて?」
「付けられるわよ。さっきの魔法もアポートとかそんな名前の似た呪文があったらしいし」
「漢字2文字がルールだと思ってたよ」
「最近はそんなのばっかりね。誰かがこだわってるのかしらね」
「『魔法』の所も魔力を法で律するというだけの意味だから。
古い本では『魔法』の代わりに『起動』とか『コネクト』とか使われていたこともあるみたいね」
自由だな、それだと日常会話で発動しそうだ。だから統一したんだろうな。
「そろそろ、交代だな。また明日な、おやすみ」
おれはジノを起こし、ジノにハルを起こしてもらってから眠りについた。