実験台
姫巫女の家で食事をいただいて、ミサがもらったおれたちの家に泊まる。
フラウはネルザの横に寝床を確保していた。
ネルザのリハビリが長引くようなら2人を置いて帰ってもいいとは言われたが、アクセムに急ぎの用があるわけでもないのでできるだけこちらに居ようと思う。
「ネルザが治ってよかったね!」
「ああ、まったくだ。フラウが思い詰めていたからな。ここに来るまでずっと急かされてたぜ」
フラウと一緒に来たハルとジノはネルザの事が心配で気が気じゃないフラウの相手に苦労したようだ。
「それならオークを片付けておいてよかったみたいだな」
腐らせるのがもったいなくて回収に行ったが、フラウが急いでいたのなら、ジノたちの足止めになるオークの死体を片付けておいたのはちょうどよかった。
「助かったぜ。毎回穴を掘って埋めてたらフラウがしびれを切らして一人で先に行ってたかもな」
「そんな感じだったよ。そうなったらさすがにボクはついて行ったけどね」
フラウを一人にするよりは、一人でもなんとかなるジノが遅れて進む方がまだましということだ。
「アタシはゆっくり進みながらミサたちを待てばいいと思ってたからな。
フラウたちと普通に進んでもミサとルカが追い付いてきたときはびっくりしたな」
「そうそう、なんで!? って思ったよ。アルの時もだけど瞬間移動って流行ってんの?」
そんな流行はないけど、文字通り空を飛んできたルカたちの早さは革命的だろう。
「ネルザは運べたのね、よかったわ」
『収納』の理解者であるミサは生きた人を『収納』してもおかしくなるわけじゃないことに安堵していた。
「眠らせるか意識を失っている時にした方が安心かな。
おれが『収納』されてみて実験するから、うまくいったら移動が楽になるぞ」
おれ以外にとっては瞬間移動。おれも道中の敵を意識しなくていいから前よりは楽になる。
「アルを『収納』? 誰がするんですか?」
「ミサに決まってるじゃない。アルもそのつもりでしょ」
ミサがすっとぼけているがもちろんやるのはミサだ。
『収納』をアレンジできるミサはおれの次に理解度が深い。
それにミサ以外だと、収納できる種類が一つだけなので、何かの間違いでしまい込んだまま荷物にしまい込んだまま『取り出し』をされる可能性もあるだろう。
「いえいえいえ、わたくしなんかが。そんなそんな」
「ミサが一番なんだよ。おれは自分で自分を『収納』できないから」
『収納』されるときは寝てるし、できたとしてもやらないな。
何かの回路がループして不具合が起こりそうだ。
「それならわたくしが実験台になります。・・・ルカと一緒に」
「はあ、まあいいけどね」
しょうがないなとルカが言う。
「ネルザで成功したんでしょ。ボクもいいよ」
「アタシはネルザの様子を見てからだな。精神は問題なくても体の具合はどうだったんだ?
怪我と治療の直後だからはっきりとはわかんねえだろうけどよ」
体調か、そっちに影響はあるのかな? 脳が一番デリケートそうだからそちらに問題がなければ他も大丈夫だと思い込んでいたけど、そこは見るべきだったかもしれない。
「ジノはいいところに気が付くな」
「よせよ」
前もなにかの指摘をしてもらったな。
「ネルザが治るまではこっちにいるから、そこで様子を見よう。今は急ぎじゃないんだから」
明らかにホッとした様子のミサ。
朝になり、朝食をいただくついでにネルザの様子を見に行こうと姫巫女の家に向かう。
すると朝食にはネルザもあらわれた。
杖を突きフラウに肩を借りているが、体力の衰えと筋肉の減少以外にマヒしている様子もぎこちない所もない。
「もう起きられるのか」
「まあな、いつまでも弱い所を見せてられないからな」
フラウに対してかっこつけたいと言う所だろうか、いや心配をかけたくないの方が強いかな。
「姫巫女様」
「なんだい?」
ネルザを座らせるとあらたまった口調でフラウが切り出した。
「ネルザも起き上がったのでエルベの里に連れ帰ってもよろしいでしょうか」
「おい、フラウ」
フラウの願い出はネルザにも意外だったらしく咎めるように口をはさんだ。
「だめだよ。起き上がるのが条件とは言ったけどまだ支えがいるじゃないか」
「わたしが支えれば」
「それでアル達に迷惑をかけるのかい?」
フラウは口をつぐむ、そう言われると何も返せないようだ。
「フラウ、どうしたんだ? 焦る気持ちはわかるが里の仕事が心配なら先に帰ってもいいんだ。
それにミルガが残っているなら里の事は心配ないだろ」
「うええ、ネルザぁ。病室がきれいなんだよぉ」
「へっ?」
フラウの意味が解らない嘆きにネルザが首をかしげる。
フラウは声を落として続けた。
「一日でいくらかかるかわからないよ。ネルザの治療費もいくらするかわかんないし」
「それはごめん」
ネルザががっくりと首を落とす。
おれには聞こえてしまった。姫巫女も聞こえているかもしれないけどスルーしているようだ。
「ネルザ。今日からおれたちの家に泊まるか? 回復するまでずっといていいよ」
「すまない、頼めるか?」
ミサにも聞こえていたようで頷いてくれる。他も異論はないようだ。
「ありがとう! アルぅ」
喜ぶフラウ。
まあ提案はしたけど、病室の方はそれほどお金かからなかったと思うぞ。
「それでいいかな? 勝手に決めちゃったけど」
「いいんじゃない。その方が気が楽なら」
やっぱり聞こえてたんだろうな。姫巫女は笑って答えた。
体力が衰えたと言っても、見た目の筋肉量は落ちていないから回復も長い時間はかからないだろう。
朝食が終わるとネルザたちを家に招待して使ってもらう部屋を決めた。
「フラウたちが着いたことはミルガに伝えた?」
「ううん。しばらく滞在することは伝えてあるから、何かあれば向こうから連絡があるよ」
「そうか、ここはおれたちがいないときでも自由に使ってもらっていいからね。
あと、どうしても帰りたいならおれたちに迷惑かけるとかは気にしなくていいから」
「うん、ありがとう。その時はお願いするね」
フラウはおれたちに借りを作り、おれたちは姫巫女に借りを作る。
うん! いいバランスだな。
フラウとネルザは部屋で休むと言い席を立った。
「おれたちはこれからどうしよっか? 基本は休みだけど」
休みと言ってもなにかをしてしまうおれたちだ。
「オークの残党狩りと行きてえところだけど、アタシたちが通った時には道はもちろん道から少し離れた場所でもオークの姿がすっかりいなくなってたんだよな」
「そうだよ。ボク見て来たけどオークが押し寄せてくる前の時よりもいなくなってたよ」
ん? 道は使えるようにしたかったからいいけど、道をそれてもいなくなっているのか。
狩場として使いたかったんだけどな。
「それはそうよ。オークキングを含めた何十体ものオークが瞬きするほどの間に死んだり消えていくのですから、何か恐ろしいものの怒りを買ったのではと恐れるのが普通でしょう」
ミサがジノに説明しながらおれを見る。
恐ろしい者はおれか?
オークから恐れられる存在になるとはな。
二つ名があってもいいな『豚肉を燻すもの』『豚の天敵』『お肉屋さん』。
・・・やっぱり、いらないかな。
「オークが引き揚げたら、ゴブリンが戻ってきて森の道も元通りだね」
オークを狩れなくなったのは残念だが、ゴブリンの生息地に戻ったなら野営するときも安心なので良かったんだろう。
「アルは飛行訓練をしませんか?」
何をするか迷っているとルカに提案される。
「飛行? なんで?」
ライノプスの鎧と槍は借りて使うこともあるかもしれないけど、基本的にはルカのものだ。
一番使いこなせて、コントロールを失っても自前の風の魔法で落下死を防げる。
「うまくいくようなら、わたしたちを『収納』して運ぶんですよね?
移動するなら空を飛べた方がはかどるんじゃない?」
ルカ自身が収納されている間におれに貸してくれるってことか。
「ありがたい、でも歩くよ? 時間モゴモゴ中はほぼ危険はないけど、墜落死は防げないだろうし、向こうでおれが死んだら『収納』されているみんなも道連れになるからできないよ」
ルカぐらいうまくなった上で風魔法の保険でもない限り向こうで飛ぼうとは思わない。
あと、時間圧縮が秘密なのをすっかり忘れていた。
フラウたちも含めてもうばれてるけどな。
一応フラウたちにはばれてるし、パーティーメンバーには話すということを姫巫女には伝えておこう。
「そっか。慣れるまではその方がいいかもね」
「練習はしておくよ。その時は手伝って」
「わかった。いつでも言って」
胸を叩いて頷くルカ。
「ボクの装備は使わない?」
ハルからも装備を使うか聞かれる。
「戦うわけじゃないから」
ハルの装備はおれたちのランクでは場違いなほど攻撃力が高い。
素の攻撃力に加えて特殊能力まであるので、おれたちの上のランクであるAランクでも上位の装備品だろう。
それでもなおその上がある。
ジノに使ってもらっているアダマンタイトの斧が、ランクで分けたらSランクに手が届く品だ。
さすがにSランクと言っても下位の方だろうが、世界樹に傷をつけることを目的として作られたので、樹木に対する特効能力がある。
トレントなどに対しては無類の強さを見せるだろう。
ネルザはその後順調に回復をして見せた。
体を組織に例えるなら部下が入れ替えになったけど能力自体は前の部下と変わらないので馴染んでしまえば回復に時間はかからない。
部下を失ってしまったり、入れ替わった部下の能力が劣っているわけではないのだ。
「ネルザが治ってよかったね」
「うん!」
「心配をかけたな」
おれに礼を言いフラウに笑いかけるネルザ。
フラウと二人でいる時の雰囲気が変わった。
元々仲は良かったのだろうが決して失えない相手だということがわかって仲が進展したのだろう。
二人の新婚のような空気に当てられて部屋を出ようかとも思った。
「治ったならもう帰れるのかな? 姫巫女に聞いてみようか」
戦闘の勘はまだまだだろうけど、それを取り戻すのも難しくはないだろう。
姫巫女の館の執務室までネルザとフラウを連れていく。
一応話を聞いておきたいということでミサも来た。
「いいよ。健康そうだし、元々そちらがどうしてもと言えば止める気はなかったからね」
フラウとネルザはリハビリの一環で大里の外にも出ていたから、そのまま帰ろうと思えば帰れたわけだ。
「待たせるのも護衛させるのもアル達の負担になるからどうしようかと思いましたよ。
いっそ王都方面を馬車に乗って帰ろうかってネルザと話してました」
「おっと、そっちの負担は考えてなかった。わたしはこっちでゆっくりしてもらいたかっただけなんだ。
ホントに大丈夫? もう少しゆっくりしなよ」
フラウと姫巫女は初対面の時に比べると少しくだけた様子で話している。
姫巫女の引き留める様子が孫を引き留める田舎のおばあちゃんみたいだなと思いつつそれを見てた。
「一度帰ります。ミルガにちゃんと報告しないといけないし、でもお礼しないといけないからすぐにまた来ますよ」
お礼という名の治療費の支払いだが、寿命の長いエルフなので無理のない範囲での分割にしたようだ。
それも金銭ではなく労働力としてフラウとネルザが働くらしい。
フラウは族長だが実務はミルガがやっているので割と自由が利く。
当事者としてネルザが働くのは当然として、フラウはそのネルザから目が離せないかららしい。
「おれたちもまた来るよ」
長く生きているエルフにとって2か月程度はあっという間だろう。
フラウたちはおれに対しても借りがあると思っているが、おれは姫巫女に借りがあるのでまとめて姫巫女に返してくれればいいよとは伝えてある。
その時に感謝の言葉は受け取っておいた。