隠し部屋
翌日の起床。またまたレベルアップしている。
持越しはもうないだろうけど、融合スライムも強敵だったからそれの経験値だろう。
宿屋の階下に降りて皆と合流。
レベルアップの話をしたら、ダメージを与えていたジノもレベルアップしたらしい。
これは完全にスライムだなとみんなの意見が一致して、レベルが上がるならもう一匹もやっちゃおうかとなった。
そのまま、昼まで食堂で談笑して、おれはみんなの話を聞きながら魔力の循環を行っていた。
「あら、アルは魔力を循環させてる?」
ミサに聞かれ、頷く。
「アルは休まないのね」
ミサはふふっと笑う。
「貧乏性だから、空いた時間になにかしたいんだよ。
その貧乏性のせいで皆の休みを削ったわけだけど」
休みなしで計画していたことを詫びる。
「責めたわけじゃないのよ。わたくしも魔法を覚えたての頃はいつもやっていたわ」
「ミサはそうなんだ、わたしは魔法の授業と課題で決められた時間しかやってなかったな」
ミサもルカも最近はやっていないみたいだ。
「属性が近いと、魔力を共有して循環もできるのよ。ねぇ、手を貸して」
ミサに両手を取られ、右手から魔力を出して、左手から吸い取るように言われる。
「初めてだとちょっと抵抗があって右手の先に魔力がたまる感じになるけど、でもいい感じね、気持ちよく流れるわ。家族と共有しているみたい」
ミサは目を閉じて循環に集中している。これはいつまで続けるんだろう。おれも嫌じゃない。
いやじゃないけど・・・ミサは自分の色気に鈍感すぎると思う。
「ミサ。そろそろいいんじゃない?」
ルカから救いの手が伸びる。ふう危ないところだった。
「次はわたしね」
ルカに手を取られる。えっ、そうなるの?
ルカとは見つめ合って循環することになった。
一度目を合わせてしまうと自分から逸らしにくい。しまった、早めに目を閉じておくんだった。
ルカは魔力の流れを整えているのか、ん、ん。と言いながら身をよじっていた。
「はい、交代ね」
いつの間にかハルを連れて戻ってきたミサが、ミサと席を後退したハルの手を押し付けてきた。
おれは上半身だけ向き直り手をつなぐと早めに目を閉じて循環を始めた。
しばらくすると、ハルが手を放し、反対側ではルカと席を交換したジノが待っていた。
「なんか照れるな、こういうの」
おれもだよ! 人数分4倍照れくさいよ。
ジノとも循環し、終わった所でミサに褒められた。
「すごいわアル。魔力の循環の共有ってよほど属性の波長が合っていないとできないものだけど、4属性と循環できるのだから属性の適性は万能と言ってもいいんじゃないかしら」
べた褒めだった。これは器用貧乏改め、貧乏性の万能と言ってもいいのではなかろうか。
なんだか、魔力を回しすぎてドキドキする。そろそろギルドに行く時間だが、少し休むからと言って、みんなには先に行ってもらった。
ギルドでは、すでにメルエも席についておれを待っていた。
「お待たせしました。えーと、そちらからどうぞ」
とりあえず、メルエに話を促す。
「まず、魔石ですが。このあたりでは珍しいハイスライムの魔石でした。報告にあった通りで10体以上のスライムが核ごと融合したものですね。スライムは討伐部位が魔石なので、討伐報酬2万と魔石の買い取り6万の、合わせて8万になります」
結構な金額だが装備の消耗を考えるとおいしい相手でもないな。ジノのウォーハンマーも5、6万はするものな。それでも倒せてないのだから10体どころじゃない数の融合だったんじゃないか?
「それから、マップ情報の提供をいただいたので、内容に対して3万の報奨金があります」
「装備品も先ほど完成したと連絡がありましたので受け取りに行ってください」
メルエはメモを見て報告忘れがないか確認した。
「はい。これでこちらからは終了です。明日の護衛依頼を受けるならここで受注するわよ」
「それが、護衛はやめて、途中で湿原に寄ることにしたんです」
おれが言う。
「そうか。じゃあこれでしばらくお別れなんだ。さみしくなるね」
「メルエさんには本当にお世話になりました。ギルド長にもお世話になりましたとお伝えください」
メルエは子供を見送る母親のような眼をしていた。本当にお世話になっちゃったな。
「よかったら、この後一緒にお昼食べませんか?」
「いくわ。ちょっと待ってて」
食い気味に答えて、席を立つメルエが振り向いて言った。
「また、最後に円陣組みましょうね」
メルエさん? 円陣は組みませんよ。
メルエを加えた全員で昼食を済ませる。
メルエが両手をテーブルの上に伸ばしてニコニコしていたが、その手をポンポンと叩いて立ち上がる。
「メルエさん。またね」
「うん、またね」
メルエは両手を胸に抱いて答える。
「よかったら、夕食も付き合うけど?」
おれはあいまいに笑っておいた。
鍛冶師の工房に向かうと奥に通され出来上がったウォーハンマーを見せてもらう。
以前のウォーハンマーの先端は20センチの長さで直径が8センチの大きさだったが、ライノプスの角はそれを一回り大きくしたサイズだ、そして重さはそれほど変わっていないということだった。威力に関しては比べようもない。
角は反り返っていて、尖った方が先端側を向いている。ひっかけるよりは突き刺すことを優先した作りだ。ハンマー側は中央がえぐれた形になっている。
「おう、そこは柔らかい部分だったんで削り取った。金属で補強しても良かったが、内側から角にダメージが入りそうだったんでそのままだ」
後ろから、声をかけられる。親方とおぼしきドワーフがそこに立っていた。
「はじめまして、発注したアルです」
ウォーハンマーと革鎧を引き換える預かり証を差し出す。
「ウォーハンマーは通常強化と火属性の魔法剣に対する耐性。革鎧は通常強化にサイズ自動調整付きだ。まあ、値段分の性能にはなっただろう。ひとまず使ってみて、気になるところがあったらまたもってこい」
親方はギロリと睨むと預かり証を受け取らずに立ち去って行った。怒ってる? 装備が分不相応と思われたのかな?
工房の店員の方が預かり証を受け取る。
「気にしないでください、親方は普段からあの調子ですから」
「いえ、大丈夫です。革鎧は着て帰りますけど、古い皮鎧の下取りはしてもらえますか?」
「ええ、もちろん。こちらは元が15万くらいですね、下取りは6万になりますがよろしいでしょうか?」
「はい、よろしくお願いします」
買った時の値段バレバレだった。
ギルドカードに売却金額を入れてもらい、ライノプスの革鎧を身に着ける。
サイズ調整が効いていて、体にぴったりフィットした。動きも阻害しないし、重さもあまり感じない、これはいいな。
ジノもウォーハンマーを素振りして、気に入ったようだ。
宿への帰り道、ジノがチラチラこっちを見てくる。
多分、何が言いたいかわかる、素振りだけじゃ満足できないんだな。
「アル、ちょっといいか」
「おう」
「こいつを試し振りしたいんだが、アタシだけ湿原に先行してもいいか?」
ジノの提案に首を振る。
「あの、硬いスライムに試したいんだろう? だめだぞ、全員揃わないと」
「わたしはいいわよ。3人いれば野営もできるし、ミサとハルは明日ゆっくり来てもらえれば」
ルカも行きたいようだが、おれの行動が行くことに決まっているのはなんでだろう?
「わたくしも行きたいわ。でも、ハルを1人残せないしどうしましょう?」
おれを見て、ミサが言う。あれ? ハルを一人にできないってことは今度はおれが残る側になりそうなの? いやいや。おれとハルの2人きりはよくないでしょう。
「ボクも行く。レベルアップしたい」
ハルが参加してくれたので、いろいろ解決した。
「でもすごいわ。アルはこうなることを見越して計画を立てていたのね」
ミサがとんでもない勘違いの評価をしてくれたが、そんなわけがない。
「ま、まあね。ジノが新しい武器を使いたがらないわけがないからね」
せっかくなので乗ってみた。ミサは冗談とわかったみたいだが、ハルは本気で感心してた。少し罪悪感を感じる。
急遽、計画が前倒しになったので、宿の荷物を引き払う。
宿に置いていた荷物に初期装備の皮鎧があり一応持っていくことにした。
ギルドに寄ってメルエに一声かける。
「えー、ディナーとその後のアバンチュールは?」
と言われたが、また今度ね。と言ってお別れをする。
あれ、今のアバンチュールの約束になってないよね?
乗合馬車の出発にギリギリ間に合いみんなで飛び乗る。
「はーっはーっ。みんな忘れ物はない? ハルはいる?」
人影になっていて見えなかったハルに。
「ボク忘れものじゃないよ」
と言われてしまった。せっかくの好感度がまた下がってしまった。
湿原に着き、地下2階まで来たところで寄り道を提案する。
マップに西の方向に1本長く伸びた道があり、その終点に何もないため隠し部屋を疑ったのだがその時は何も見つからなかった場所だ。
「ハル。突き当りじゃなくて天井を調べてくれるか」
おれの言葉に、ハルは上を向いて探索をする。
「あれは、なんか盛り上がりがあるね」
ハルが見つけたのは、粘土を押し付けて固まったようなわずかに色の違う盛り上がりだった。
石を拾って投げつけてみるが外れた。
ハルが短剣を投げて、土をわずかに削る。あぶねっ、短剣がこっちに落ちてきたよ。
「まかせて」
ミサが土槍を取り出し投げつけては風魔法で加速する。
加速したうえで、軌道修正もしているんだな、すげえな。
土槍は土の塊を弾き飛ばし爆発した。やりすぎだ。
天井は盛り上がりのあった部分が半円型にえぐれている。そしてえぐれていない側が大きな短冊形に切り取られ地面に降りてくる。隠し階段か!
降りてきた天井は垂直にぶら下がり裏側には梯子が取り付けられていた。
登ってみようかと手をかけると、ハルに裾をつかまれ止められる。
「偵察はボクの仕事」
『魔法穏身』
ハルの気配が希薄になり影をまとったように視認もぼんやりする。
これが闇を操る月曜魔法か。完全に暗殺者だよ。
素早く梯子を駆け上がり、少しして戻ってくる。
「問題ない、小部屋に扉が一つだけ」
そういって、また昇って行った。
おれたちも梯子を上り扉のある小部屋にたどり着く。
「罠も鍵もないよ」
ハルが扉の前で言う。
周りを見回し、装備を確認する。
「皆、準備はいい?」
皆に声をかけ、扉を開けて中を確認する。