スライム討伐
翌朝、またレベルアップしていた。
「まだ、経験値を持ち越していたのか。昨日のスライムだけじゃ上がらないよな?」
ライノプスは相当な格上だったらしい。
まとめてレベルアップしてほしいが、それだと体が急激な変化についていけないからよくないのだろうか。
食堂に降り、みんなと顔を合わせる。
ハルはまだいないが準備に手間取っているということだった。
「朝はギルドに寄らなくていいか、昨日の隠し部屋の報告は今日の探索で見つかった分とまとめて報告すればいいし」
「そうしましょう、わたしたちは買い物もないから、ハルが来たらすぐに馬車ね」
ルカがそう答えたすぐ後にハルも合流し、おれたちは宿を出た。
馬車に乗り、湿原を越えて、地下1階、2階を踏破し、地下3階にたどり着いた。
隠し部屋の候補の場所は残り3か所あり、周辺だけでなく少し離れた場所までを探索したが、1か所目は不発だった。見つからないときはやめ時がわからず結構な時間がたってしまう。
全体の探索を考えて、時間を区切った方がいいだろうかと思っていたが、2か所目は候補の場所に着く前にあっさりスイッチを見つけてしまった。
「これだけ、あっさり見つかるなら、1か所目は本当になかったんだな。ハルもあまり根を詰めなくていいぞ」
1か所目で見つからなくてハルがいじけていたが、元々ないものはどうしても見つからないので、あまり気にしないでほしい。
ハルは仕掛けに集中しているから、敵の接近に集中しないとな。それでも目で見つけるのはハルが一番早い。
おれたちは気配とか耳で、特にハルの意識が向かない後ろ側は気を付けておこう。
「ミサは耳とかいいのかな?」
気になったので聞いてみた。
「この耳ですか?」
ミサが特徴的な自分の耳に触れる。
「普通の人よりはいいですね。でも動物並みとかの特別さはないですよ」
「ふーん、そうか。じゃあ引き続き後方の警戒頼むよ」
今の隊列は、ハルが先頭の右前、ジノが少し引いた位置の左前、おれが真ん中でミサが右後ろ、ルカが左後ろだ。
真ん中と言ってもほぼ後列と横並びで、前にも後ろにも飛び出せるようにしている。ルカは片手用の槍を買ったようだ、ミサはローブのみだが、ルカは普段から革鎧を付けていて、後衛よりの中衛ポジションだ。
普段から魔法の『土槍』で出した槍を使っているので槍の扱いは慣れている。
2か所目、3階層で言えば3か所目の候補地の入り口に着く。
紛らわしいな、今日で言えば2か所目、入り口が見つかったのは今日では1か所目、3階層で言えば2か所目になる。
「この場所、エリアCってことにしないか?」
突然、何を言い出したんだと言いたげにみんなが顔を見合わせるが、構わず続ける。
「隠し部屋の候補地が、あったりなかったりで紛らわしいだろ、2つ目の候補地とか言ってもどこから数えて2つ目か、確定したのは候補地から外れるのかとかめんどくさいからさ。
候補地にした場所は、部屋があってもなくても呼び方を変えないってことで。ここがエリアC、さっきのなにもなかった所がエリアB、昨日の空き部屋があった所はエリアA。
それで後で行く予定の所はエリアD。・・・そういうことでどうかな?」
「いいよ。さっきのところもう一回行こうって言っても、どのさっきかわからないもんね」
ハルが賛成する。
ハルの言ってるのはエリアBだな? まだあきらめきれないようだが行かないよ?
仕切り直して隠し部屋に入る。
「いるよ」
ハルが敵を見つけたようだ、少し進むとおれにも見える。
スライム? 大きさは1核程度だが普通のスライムが半透明な中に核が見えるのに、こいつは不透明で核の場所がわからない、形もぼこぼこしているし。
ハルが短剣を投げる、普通のスライムなら核に当たれば倒せる攻撃だ。
しかし、表面ではじき返される。
普通のスライムじゃないのか? 続けてジノがウォーハンマーで殴りかかっても跳ね返されたとき警戒心は一気に上がった。
「強敵だ!みんな全力攻撃!」
おれの指示にジノが魔法剣を発動する。
『魔法剣火槌』
跳ね返されたことでジノも手加減なしだ。
対魔法剣の付与がされているのでジノのウォーハンマーは数回の魔法剣に無傷で耐えることができる。
ジノの攻撃では倒すことはなかったが手ごたえはあったようだ。
おれも続くぞ。
『魔法剣鋭刃』
金属性の攻撃力増加の魔法剣。金属に対して金属性を使うので相性が良く武器へのダメージも他の魔法剣よりも少ない。
しかしはじかれる。うそだろ、今までの攻撃に魔法剣が乗っている今はこのスライムが5核か6核でもダメージが通るはずだ。この大きさで7核以上なんてありえない。
何度か攻撃するがダメージが通った様子はない。ハルはあきらめて後方で待機、ミサの雷撃も、ルカの土魔法『土槍』の投てきに風魔法『竜巻』を加えた高火力攻撃も通用しないようだ。
唯一、手ごたえのあるジノの魔法剣も、度重なる使用をすればウォーハンマーの寿命を縮めてしまう。
待機組で検討した結果、あれは融合スライム、それも核同士が融合したハイスライムと呼ばれる存在らしい。
通常の融合はスライムの外殻同士が融合して、核は中で独立しているものだか、あのスライムは長い年月隔離されたことにより外殻部分を失っていき、やがて核同士の融合をすることになったのではないかということだった。
ぼこぼこしているのはまだ融合していない独立した核に見えるが、ジノが潰せているのはその独立した核のみで本体にはおそらくダメージは入っていないだろう。
攻めあぐねたジノが戻ってきて言う。
「どうする。撤退するか?」
スライムはジリジリ迫ってくる。
「最後にやりたいことがある、ダメなら撤退だ、準備してくれ」
そう言い残し、おれはスライムに向かう。
試したことも、聞いたこともないやり方だがどうせダメもとだ、やってみる。
『魔法剣鋭刃』『魔法剣鋭刃』
息もつかずに魔法剣を2連発。
初めの魔法剣の終わり際と、後の魔法剣の始まりが数瞬重なる。
重なったタイミングでやっとスライム本体の核に魔法剣が沈み込む。
ギャギャギャギィーーと黒板を釘でひっかいたような不快な音が剣から鳴る、普通の剣なら1発で粉々だろう。
それでも切っ先だけしか入らない。おれは後退してジノに聞く。
「ジノの魔法剣をおれの剣にかけられるか?」
ジノは剣を見て言う。
「手が届けば可能だが、いいのか?」
おれも剣を見る、ひどい音はしたがダメージを負った様子はない。
「かまわない。やってくれ。おれが2回魔法剣を入れるからその真ん中に入れてくれ」
そういって、ジノと共に再びスライムに向かう。
力を込めて打ち下ろす。
『魔法剣鋭刃』
『魔法剣火槌』
『魔法剣鋭刃』
構えから打ち込みまでの剣先にS字の銀の残像が残る。
スライムに当たった所で後ろから延ばしたジノの手が重なり剣に途中から赤光が重なり、さらに銀光が光を増す。
3つの魔法剣が1瞬重なり、ギャギ、キーンと濁った音の後に澄んだ音が響いた。
剣が折れたんじゃないかと手元を見るが、剣は無事で2つに割れたスライムの核が大きな魔石を残して並んでいた。
ホッとして座り込むと、何かが足にまとわりついてきた。いたっ。
驚いて後ずさる。外殻のない2核のスライムがおれに攻撃していた。
表面にいた、独立してるやつだ!
更にあとずさり、立ち上がって攻撃しようとすると、後ろから銀光が走った。
スライムはハルの2本の短剣にとどめを刺され崩れ落ちる。
「ハル、ありがとう」
不意を打たれた悔しさは表に出さず礼を言う。
そして再び座り込んだ。
「宝箱が。ないよっ!」
部屋を探索していたハルの悲壮な声が響く。
隠し部屋を見つけて、あれだけ苦労して敵を倒し、宝箱がないとかひどい。
このダンジョンケチすぎるよ。
おれとジノたちが休憩している間もハルは部屋の探索を続けている。
ジノは武器も壊しかけたから、でかい魔石が出たところで収支はマイナスだな。
十分に休んだところでハルに声をかける。
「ハル、これからエリアDに行くけど、敵がいたら撤退するから」
「うん、わかった」
ハルはうなだれている。
「敵がいても部屋の中は一通り見ておいて。また、明日来るかもしれないから」
ハルはうなずいた。
エリアDに到着。周辺を探索しその後探索範囲を広げたときにハルがスイッチを発見した。
これだけ、手が込んでるのになにもないんだなあ。
エリアDの隠し部屋の入り口でハルが中をうかがう。
「敵はいる。宝箱は見える範囲にはない」
ハルが確認したので、じゃあ撤退するか。と言おうとしたら。
「確認してくる」
そういってハルが部屋の中に飛び込んでしまった。
「バカッ」
ジノが言い、追いかけようとするがそれを止める。
「戻ってくるはず、待つんだ」
バカなのは間違いないので後でジノたちにも説教してもらおう。
入り口を開けて待っているとすぐさま、ハルが飛び出してくるのが見える。まだ見えないがスライムもつれてきているだろう。
「撤退!」
そういって、ハルとみんなを誘導するように走り出す。
全員部屋から離れ、入り口を振り返ると、入り口から出ようとして出られないスライムが見えた、おそらくあれも強いスライムだろう。
「ハル!何やってんの!」
隠し部屋の入り口から離れ、安全を確保したところでルカがハルに注意をする。
「だって」
「だってじゃないの。危ないでしょう」
ルカも注意はしているがキレてはなさそうだ、心配なだけだろう。
「今日は指示もあいまいだったからおれも良くなかった。
一通りって言ったから死角を見に行ったんだろう」
ハルはムッとしている。
「何か行動するなら、宣言した後に一拍待ってくれ。おれたちが止めるかもしれないし、ハルも行動するべきか考えられるだろう?」
ハルは黙っているが続ける。
「バカみたいに飛び出すのは今回だけだ、次からは勝手に飛び出してピンチになってもおれたちは助けに行かないからな」
「バカって、そんな・・・わかったよ」
反省しているようだしこれでいいか。
「それで、部屋の中はどうだった?宝箱はなかったんだろ?」
宝箱があったら、飛び出してよかったみたいになるから、ない方がいいんだが。
「宝箱はなかったよ、でも奥にスイッチがあったから通り際に踏んでおいた」
「スイッチかこっちでは何の音も聞こえなかったから、何か動いたわけでもないだろうけど・・・今日は帰ろうか?」
特に反対もなく、おれたちは帰ることにした。
ギルドに帰り着いてまず、報告の前に明日の護衛の依頼を確認することにした。
みんなで一通り見て、良さそうなのを見繕い、ちょうど空いていたメルエのカウンターの列に並んだ。
「アルくん、ちょうどよかった。さっき工房から連絡があってライノプスの装備が明日の朝までに渡せないそうなのよ」
ガーン。朝に受け取ると、時間が足りなくて護衛の依頼が受けられない。
「そうなんですか。実は明日護衛の依頼を受けて隣町まで行こうとしてたんですけど・・・仕方ないのでこの受注はやめておきます」
そういって依頼票を取り下げようとすると。
「なになに、隣町ってノースタンの町よね。すぐ戻るのよね?」
メルエが依頼票に目をやり聞いてくる。
「それが、しばらく向こうで過ごそうかと思って、ちょうどいい討伐がなかったんで」
「なんで、いるじゃないオークとか・・・そっかオークね」
メルエもハルの事情を知っているので察したようだ。
このあたりで討伐を続けるならオークとの戦闘は避けられない、背伸びしてリザードマン討伐をしてもそこまで行く途中にオークの生息地があるのだ。
「ハルもそのうち気にならなくなるかもしれないし、またこっちにも来ますよ」
「そうね、その時は声かけて。また円陣を組みましょう?」
「円陣は組みませんよ。でも声はかけます」
オークは肉が売れるので報酬が多い。安定してオークが狩れれば冒険者としては一人前だ。
「あと、スライム魔石の納品です。これ見てもらっていいですか?」
「はいはい・・なにこれ?この大きさでスライム?」
やっぱりおかしいようでメルエは驚いている。
「これは、ちょっと調べたいから時間貰える? 明日のお昼頃また来てくれないかしら。あと、その依頼票もこちらで戻しておくわ、装備のことは遅れてごめんね」
「わかりました、また明日きます」
カウンターを離れてから隠し部屋の報告を忘れていたことに気が付いた。
「報告しないまま、隣町に行くところだった。明日会うからその時でいいか」
皆の所に戻り、装備の完成が遅れることを話し、明日ギルドに行くので午前中を休日にすることを話した。
「護衛の危険性と報酬を考えたら、護衛はやめて明日の午後に出発して途中の湿原でスライムを狩りつつ野営して、明後日に隣町に着くのもアリかと思うんけど。どうする?」
おれの提案にルカとミサが笑う。
「アルは生き急ぎすぎよ、他のパーティーは1日働いて1日休むくらいが普通だから。
怪我とかしていたら1週間休むこともあるしね」
おれはやりすぎていたらしい。
「ご、ごめん。気が付かなかった、明日は休もう。これからは1日おきに休むようにするよ」
あわてて謝ると、ルカも謝ってくる。
「ちがうの、これまで問題なかったし、これからもアルのペースでいいのよ。
わたしたちもこのペースが辛いわけじゃないから。もし辛かったらちゃんと言うから」
ね、と他のメンバーにも聞き、皆頷いた。
「いや、でも急ぎすぎたよ。半日をけちる必要もなかったものな」
「ただ、やっぱり護衛はやめて途中で湿原にはいきたいんだ。ちょっと気になるところがあって・・・」
「いいよ。護衛の緊張と責任感は疲れるものね」
ルカに許しをもらい、今日の所は宿に戻ることになった。