受け入れ場所
日が落ち始めると、暗くなるのも早い。
真っ暗になる前にシャリの手を引いて立たせた。
「じゃあまたね」
「うん、また。急かすわけじゃないから、好きなだけ相談してよ。
明日ちょっと顔出して、そのあとは1月ぐらい先になるけど、その時でもまだ決めてなくていいから」
迷いすぎるのも良くないかもしれないが、1年位は余裕はあるだろう。
シャリと別れたおれたちは宿に戻った。
「シャリの家もわかったし、あとは時々様子を見に行けばいいな。
シャリの仕事、勝手に魔法薬の調合とか言っちゃったけど、エリはそれでよかった?」
負担になる所を事前に確認もしないで決めてしまった。
「ええ、いいですよ。基本的なことを仕込んだ後は設備が必要になるんですが、アルがお店を開くんですか?」
「そうなるな。大分先の話になるだろうけど」
開業資金を貯めないとな。魔法薬の店ってどのくらいかかるんだ?
素材や設備でとんでもない額がかかりそうだぞ。
「そうかしら?」
「なに?」
ミサが疑問を投げる。
「今日の様子から見たら、ずいぶん前向きだったので」
「ああ、アタシにもそう見えたな。明日すぐとは言わないだろうが、1か月中には決めてくるんじゃねえか」
急がなくていいとはいったが、いつから視力が落ち始めるかもわからず、目が見えるうちに仕事に慣れさせたいと思えばそうなるのか。
「おれたちの方が間に合わないな」
どこでやるかも決めてない。
「そうなると、エルフの大里を拠点にするのも良くないかもしれないわね」
「どうしてぇ?」
眠そうな声のハルが、ルカの問題提起に疑問を持つ。
「出入りが大変でしょう、スカウトすると言っても誘拐するわけじゃないんだから、両親には自由に会えるようにしたいし。エルフばかりの所に置き去りにされるのも辛いでしょ」
ハルに答えるルカ。
「わたくしもそう思います。魔法薬のお店を開くとしてもエルフの大里では需要も少ないでしょうし。いえ、需要が少ないと言うより供給が多すぎると言うべきでしょうか。
魔法薬の作成はエルフの得意とするところですし、間に合わせの機材と素材で、技術を覚えたての人族の少女が作る魔法薬が売れるとは思いません」
厳しい意見だがたしかにミサの言うとおりだ。
「需要のある所は開拓村とかアクセムの街?」
ノースタンからも近い、ノースタンが一番だが最前線ではないので需要もそれほどない。
「アクセムですか? それなら私が勤めていた魔法薬のお店が設備もそろっていますし、従業員も一人抜けたところですから働けるかもしれませんよ?」
抜けた当事者であるエリが古巣の職場を推薦する。
「それは、助かるな。自分で店を立ち上げるなんて大事だし、資金も用意していなかったから、渡りに船だ」
拠点を変えるつもりだったこともあり、出戻り感があって恥ずかしいが、おれの恥なんて小さなことだ。
「家売らなくてよかったな。アクセムの魔法薬店に勤めるならちょうど使ってもらえる。 メルエもいるし、おれたちが泊まるときはちょっと手狭になるけど、長期間滞在するわけじゃないから」
「ちょっと手狭ね」
「その時は、何人かばらけて宿にでも泊まればいいよ。魔力循環が生命線になっていた時とは違うし」
「だとしても、アルは大勢いる方ね。1人にはできないし、2人きりはもっとできないわ」
「ルカは考えすぎ。アルと2人きりでも何も起きないよ」
真剣なルカに対してハルは気楽な様子だ。
「それはハルだからよ。わたしは自分のことも信用できないわ」
ルカの語気が強い。
スタイルのいい美少女だから、あとで気まずくなることを考えなければ、おれもどうなるかわからない。
欲望の薄い子供の体で良かった。
ん? 子供の体?
前世の記憶は子供のころまでしかないのに、ちょくちょく大人の視点や感覚が出てくるのは何なんだろうな。
「あの家、買ったんだろ。庭にも余裕があるし増築しちまえばいいじゃねえか」
増築はありだな。改造は持ち家でこそのロマンだしな。
「増築か、どのくらいかかるんだろうな」
魔法薬の店舗にくれべれば一般家庭にも手が出せる程度だろうけど。
「何100万か、家だから1千万超えるかもねー」
1千万か。持ってる。
「今は建築ラッシュだからずいぶん待つことになると思うよ」
「そんなラッシュあったの? ああ、開拓村か」
どこ情報? かと思ったがたしかにルカの言うとおりだ。
「アルが作ればいいんじゃない」
おお? なんだ!? また、魔法万能説か。
「ハルフェとか都市の建築物は土魔法で出来てるんだよね?」
「それはそうですけど」
ハルに言われてミサがチラチラこっちを見ている。
「都市にならないと使われないってことはそれなりに大変な魔法なんでしょ」
「それもありますね」
「えー、アルでも無理なの?」
何でもやらせようとするなよハル。
「土をグッと持ち上げて壁の形にして、それを永続的に固定するんだから大変だよね」
土魔法の使い手であるルカも難しいという。一時的な土の壁は使ってたな。やっぱり永続的にするのが難しいんだな。
「窓とかドアの部分とか難しそうだものな。おれみたいな素人じゃ柱1本が精いっぱいだよ」
出来れば安くつくだろうけど。
「出来るんですか?」
出来るとは言ってない。
「アルなら、柱くらいは作れそうですね」
「いや、待って。柱で想像したのって、手首位の細さの頼りない柱だよ? 家の柱には使えないよ」
道路標識が付いているような奴だ。
「わたくしも聞いた話ですけど、建築魔法の大きな利点は基礎工程を省けることらしいんです。
その柱がしっかりしたものなら、基礎を埋め込んだり、地盤を固める作業が短縮されるはずです」
「しっかりしてるのかな? ただ思いついた、というか想像しただけで」
魔法として出来上がっているわけじゃないんだよ。
「創造したんですね!」
ミサが目をキラキラさせている。何か勘違いしている目だ。
「増築の話はまだいいよ。手狭になってから考えよう」
魔法を作るのは楽しいんだけど、めちゃめちゃ疲れる上に、作ろうと予定している魔法もいくつかあるので、緊急じゃないものは後回しでいいだろう。
「今日はもう寝よう。明日はシャリの所に少し顔出して、アクセムに戻って開拓村方向から大里に行くってことでいいか」
「そうですね、・・・ではおやすみなさい」
寝る準備を済ませていたミサは当然のようにエリのベッドに入り込み、ルカはハルのベッドで自分の場所を確保した。
「よさそうですね」
寝心地を確認したミサはエリを連れておれの足元に来る。
「いただきますね」
左手でおれの右足に触れて魔力の紐をつけていく。エリとつないでいた右手でエリを促すと。
「わたしもごちそうさま」
エリは右手でおれの左足に触り、2人で自分たちの場所に戻った。
手が離れても緩やかに魔力が流れているから、エリの方ともちゃんとつながっているだろう。
「わたしも手からもらうね」
いつの間にか近くに来ていたルカも左手でおれの右手を触る。
ベッドの左側から右手を触ったので、前かがみになった時いろいろ近い。
自分の場所に戻ったルカにハルが触り、ハルがジノに触りに行く。
ジノがおれの左手に触れば魔力の流れが完成だ。
魔力の質は上がるし、魔力の総量も増え、疲労も負傷も癒してくれる。
いいことづくめの魔力循環だが、同じ部屋で寝なければいけないのが欠点だな。
おれが大人になっちゃったらどうするんだろうな。