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夫となったギルベルト様のお気持ちが分からなくて苦しすぎる。




本日ギルベルト様は諸外国からのお客様を迎えた後、大臣達と会議。私は貴族の夫人たちとのお茶会を終えた後、諸外国のお客様をおもてなし…と大忙しだ。ギルベルト様と顔を合わせない日も多々あり、王太子妃になってから目まぐるしく日々が過ぎて行く。


故国で私は二十番目の王女だった。王位継承権からも程遠く、王族の行事にもあまり狩り出されない身だった事もあり、一日のんびりと読書だけして過ごす事もあったわけで。


だから王太子妃になってから本当に大変なのだ。いつも笑顔で明るく社交的な私を作り、敵国の王族出身だと侮られないように常に堂々と。趣味の読書の時間を削って、今日も「敵国でも天真爛漫な王太子妃」を演じ続けるのだ。


「はあ……」


自分で決めた事だから不満はない。ただ、一人で部屋にいるとどっと疲れが出てくるのはいつもの事。


「多くの人から好かれる明るい王太子妃」は私に与えられた仕事だ。そう思う事にしている。


「とは言っても、‘華麗なる王妃’の受け売りなんだけれどね」


私の愛読書・‘華麗なる王妃’は、様々なものを抱えながらも強く生き抜いて行く王妃の生涯という話だ。このまるで騎士のように強い王妃様の姿に憧れて、私はこの国で明るく強く生きていこうと決意したわけなのだが。


「ふう…。とは言っても、やっぱり物語のようには上手くいかないものね」


残念ながら私はこの本の王妃様のようには強くない。一人になれば寂しさと切なさで胸が一杯になるというのに。元々こういうところがあったから仕方ないのかもしれないけれど…。


使用人がいなくなった広い部屋のベッドの上でごろりと横になる。今宵は、ギルベルト様は遅くなるから先に寝ていても構わないと伝言も受けていたので、遠慮なくベッドの上で座って読書をする。


が、何となく集中できなくて本を閉じてしまった。再び溜息が洩れる。


ゴロリとベッドの上に横たわり、軽く目を閉じた。本に集中できない理由は決まっている。私の気持ちが不安定だからだ。勿論、「明るく元気なセラフィナ王太子妃」を演じる事の疲れという事もあるけれど、それ以上にギルベルト様の事が原因だった。


「ギルベルト様はどうして……私にキスをするのだろう…」


思い出したら顔が熱を持つ。私達の間に、未だ夫婦の契りはない。ギルベルト様は相変わらず私に対して冷たい口調だし、きっと嫌っているだろうと思う。だと言うのに、口付けだけはしてくるのだ。


(これは男性特有の、‘女だったら誰でもよい’っていう事かしら…?女と違って、心と身体は別のものだというしね…)


私は兄も姉も沢山いたので、そういう(・・・・)知識はちゃんとある。「男性は嫌いな女でも抱ける」という事実はちゃんと理解しているつもりだし、ギルベルト様が側室や愛人を作るというのならば、それを受け入れなくてはならないという事も承知している。


しかし分かっているけれど、心が痛いのだ。きゅっと締まり、切なくなる。ええ、その理由も分かっている。私はギルベルト様の事を好きになってしまったからだ。


ギルベルト様が私を「子供を産むただの女」だと思っているならば悲しい。ちゃんと好きになって欲しいって願ってしまっている。心を通じ合わせたいと。キスするようになってから一カ月経つのに、ギルベルト様のお心を確かめるのが怖くてちゃんと聞けないのだ。


(どうしてギルベルト様は私にキスをするのだろう…?私の事を、少しでも好きでいてくれているの?でも口調は冷たいし、表情も硬いし…。だったら妻という名の、都合のいい女って事なのかな…?)


そうだったら非常に切ない。報われない恋を夫にし続けるなんて辛い。ギルベルト様が愛人を作ってそっちに夢中になったら、私は嫉妬で狂ってしまうかもしれない。


「……セラフィナ?寝ていなかったのか」

「っ!ギルベルト様っ!?」


悶々と考えていたせいか、部屋にギルベルト様が入って来た事に気付かなかった。ベッドの上にゴロリと寝そべっていてはしたないと、慌てて起き上がる。


「………また、泣いていたのか?」

「………え…?」


言われてはっと気付いた。自然と目から涙が流れていたようだ。いけない、ギルベルト様の事を考えていたら切なくて泣いていたのか!


「いえ…!これは…その…」


ギルベルト様に背を向けて顔を両手で覆う。煩くするとまた怒られてしまう。ギルベルト様は騒がしい事がお好きではないという事が、最近段々と分かりつつあるというのに、これではまた嫌がられてしまう!


はあ、と溜息が後ろから聞こえて思わず身体を硬くさせてしまう。益々嫌われてしまう事しか私にはできない。他の人たちの前では上手くできるのに、どうしてギルベルト様の前ではこんな駄目な子になるのだろうか私は。


ギシっとベッドの軋む音が聞こえ、ギルベルト様が私の方へ来る気配がした。


彼の両手が私の両肩を後ろから掴む。更に身を硬くした私に、ギルベルト様は何も言わない。この沈黙が怖くて、更にぎゅっと両手で顔を覆うと、ギルベルト様は私の髪を片手で持ち上げて、うなじに軽く唇を這わせた。


「ひゃ……っ!」


ぞくりとした感触がうなじから背骨へと駆け巡る。ギルベルト様の唇が優しく首周りをなぞりあげる。


「ギ…ギルベルト様……っ!ん…っ!」


思わず後ろを振り返れば、待っていたと言わんばかりにキスがされる。最初は優しく、けれど段々と激しく。後ろから私の両肩を掴んでいたギルベルト様の両手はいつの間にか私の腰へ移動していて、私の身体をくるりと回転させ、ギルベルト様と向き合うようにさせる。


自然と抱き合う形になった私達は、ベッドの上で座りながらキスを繰り返す。


そのままキスが繰り返されながら、私の身体は後ろへ傾き、ベッドへ寝かされる。目を開ければ、上からギルベルト様が覆いかぶさって来て心臓が高鳴った。


もしかしてこのまま、夫婦の契りを交わすのだろうか。でもギルベルト様は私の事を好きではないはずだ。好きではない相手と、ただ子孫を残すだけの行為をしなくてはならないのか。不安と願望、期待と失望が混じり合った複雑な感情がぐるぐると頭を駆け巡り、私はまた目から涙を流す。


私に覆いかぶさったギルベルト様は相変わらず冷静で無表情だ。じいっと私を見つめる。


「お前はいつでも泣くのだな」

「………っ、すみません…!」

「夜は泣き虫、昼間は明るく元気な王太子妃…か。随分とお前は忙しい女だ」

「………え?」


きょとんとした顔をした事だろう。ギルベルト様はそんな私をフンと鼻先でおかしそうに笑った。


「泣いてばかりで辛いならば止めればいいだろう。最も、腹芸ができない王族なんて奴はいないがな」

「……」

「宮廷に来る連中などというのは誰だって演技をしている。腹黒い奴らばかりだ。そこ(・・)に対して一々苦しんで泣いていたら、この先身が持たないぞ」

「………」


呆れたように鋭い声で言われ、私は唖然とギルベルト様を見上げた。


「あの…。もしやギルベルト様は、昼間の私を…その…」

「‘明るく元気で天真爛漫な王太子妃’はお前の演技だろう?本来のお前は無口で非社交的な性格なのではないか」


ズバリ当てられてしまって言葉が出なかった。流石、王太子。人をよく見ている。私如き、ギルベルト様にとってみればどうって事ない人物に映っていたに違いない。


のそりと私から離れて、ギルベルト様はベッドの上へ腰掛けた。私も起き上がって彼の前に座るが、何となく顔が見られなかった。しかし今更だし、自分の想いを話してもよいかと肩の力が抜けた。


「…私がこの国に来た時ですけれど…」

「ん?」

「どうせ敵国の王女と侮られるのだろうな…って思っていたので。だったら見返してやろうって決めまして…。敵国の王女だけれど、なんて明るくて良い子なのだって言わせてやるって……そんな意気込みで乗り込んだのです」

「くく…成程」


面白そうに笑うギルベルト様のお顔を見て、私も下げていた視線を上げてついつい笑ってしまった。


「私、本当はこんなじゃないのです。はっきり言えば、乗馬は未だに苦手ですし、パーティーや晩餐会はあまり好きじゃなくて…。図書室か自室で、のんびりと物語を読むのが好きなのです」

「……ふうん?」

「演じると決めたから、その事自体には後悔はしていません。でも…夜になると疲れてしまって……その…涙が出てしまって…」


そこまで言うと、ギルベルト様は眉をひそめて片手を口元に持っていき、何かを考える仕草をした。何か良からぬ事を言ってしまったかと焦り、ギルベルト様の方に近づいた。


「あの…申し訳ございません。何か私失礼な事を申し上げました?だったら心から謝罪を致します!あの、本当に悪気があったわけではなくて…!」


アタフタとしていたら、ギロリとギルベルト様に睨まれて身体を硬くした。あ、これは本当に怒られるか嫌われた…!


と慌てていたら、ギルベルト様は勢いよく私の腰に腕を回してご自分の方へ私を引き寄せる。あまりの勢いに驚き、両手をギルベルト様の胸へとついてしまった。


「耳元でわめくな…煩い」

「……も、申し訳ございません…!」

「そして一々謝るな。鬱陶しい」

「…そんな…!私にどうしろと…!」


目の前の怒ったギルベルト様の顔が怖い。何を言っても叱られそうで何もできない。


今までとは違う意味の涙がツウッと目から流れる。その涙を見たギルベルト様は、また顔をしかめられたが…。


今度は私の涙が流れた頬に唇を寄せたのだ。その仕草が優しくて、妙に心地よい。


「……いいから黙っていろ。俺は煩い女が嫌いだ」

「う…、は…はい。申し訳ございません…」

「そして謝るなと言った。別に俺は怒っていない」

「……怒っているように見えます。ギルベルト様は…その…時々怖いです…」

「素だ」

「……そ、そうですか…」

「……もう黙れ。俺も仕事で疲れている。これ以上面倒な事はごめんだ」


低い声が耳に届いたと同時に、ギルベルト様と私の唇が合わさる。ああ、もう。ギルベルト様の気持ちが全く分からない。何を考えているのかもだ。


‘ギルベルト様は、私の事をどう思っているのですか’


はっきりと聞きたいのに聞けないその一言。自分の臆病さに嫌気がさして、それに対してまた涙が出る。どうして私はこんなに臆病なのだろう。


私の涙を見てギルベルト様は一瞬だけ止まり、そして軽く溜息をついた後に、子供をあやすかのように背中や頭を撫でてくれる。その仕草が、その優しさが好きでたまらなく、私はギルベルト様に抱きついて目を閉じるのだった。


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