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長年の敵国と休戦協定が結ばれ、互いの国から人質を出し合う事が決まった事で、我が王太子・ギルベルト殿下のもとへ花嫁が来る事になった。


僕はエーリッヒ、ギルベルト殿下の侍従を務めている。


元敵国のバザロヴァ王家にはかなりの数の王子や王女がいるが、セラフィナ王女という名はあまり聞いた事がなかった。バザロヴァ王は九人の側室がいるという事だからその中の王女であろう事は予想がつくが、どうせ王位継承権からも程遠い、王女とは名ばかりの娘だと誰しも思っていた。


事実その通りだったようで、人質としての価値はそこまで高いとは言えないと報告もあった。


「別に構わない。誰が来ようとな。その程度で国同士が危うくなるならば、再びバザロヴァを攻めるまでよ」


ギルベルト殿下は興味ないと言わんばかりに書類に目を通す。ご自分の花嫁だと言うのに、良いのだろうかと不安にもなるが、殿下が良いと仰るならば僕はそれ以上何も言う事はない。


ギルベルト殿下は王太子としての素質も十分で、加えてその美しい容姿もあり女性には大層人気が高い。王宮に来る女性の大半は、殿下の隣に立つ事を夢見ていた事だろう。だから花嫁が決まったとなれば、その花嫁である女性に嫉妬が向けられるのは容易に想像がつく。


何よりその花嫁は長年の敵国の王女なのだから、今から風当たりが強い。


(王女の身の回りには気を配っておかなくてはいけないだろうな…)


万が一王女に何かあれば、冷遇されていなくてもバザロヴァ国が煩く言ってくるだろう。城の者達もその事はよく分かっているのだが、中には身内をバザロヴァ国に殺された者もいて、「バザロヴァ国の王女の顔なんて見たくもないです!」と言い切った使用人もいたくらいだ。


あまり良くない雰囲気の中で来られたバザロヴァ国のセラフィナ王女は、しかし我らの予想に反して明るく元気で活発なお方だった。


「初めまして!この日を心より楽しみにしておりました!バザロヴァ国が第二十王女・セラフィナと申します!」


美しいと言うよりかは可愛い部類で、その振る舞いも無邪気な少女そのものだった。王も王妃も無表情を貫いていたけれど、実際のところ面喰らったと後々言っていたと聞く。それはその場にいた全員そう思ったらしく、この王女の事は瞬く間に城中の噂となった。


最も、ギルベルト殿下は多少うんざりしたようだ。


殿下は賑やかな女性を苦手に思っている節があり、どちらかと言うと静かで無口、男の後をついて来るような女性を好む傾向にあった。過去に殿下と噂になった女性たちは皆そのようなたおやかな女性たちが多く、セラフィナ王女は殿下の最も嫌うタイプの女性だったようだ…。


「ずいぶん面の皮が厚い王女ですよね。敵の中にいても、ああやってニコニコ笑っていられるなんて」


そのように陰口を叩く者も多く、僕達の目の届かないところで王女は陰湿ないじめを受けていると大臣から報告があったときは思わず溜息が出た。やはり予想通りになってしまったか…と。


しかし王女はいつでも明るく、「あんなの大した事ではありませんわ」と言うものだからこれまた驚いた。


僕の知っている王女とセラフィナ王女は少しだけ違う。王女の中にも豪胆な方はいらっしゃるが、セラフィナ王女は…何と言うか、明るい上に図太く、そして強靭な精神を持っている方だった。加えて可愛らしいから、一年が経つ頃には、城の中に王女の事を悪く言う者はめっきりいなくなった。


それどころか天真爛漫な王女を好きだという者が増え、バザロヴァ国の者だからと最初から嫌悪感しか抱かなかった自分達はなんて醜いのだろうという風も吹き始めた。何はともあれ、王女の明るさと元気さでいい報告へと変わっていくのを実感していた。



「とは言っても…殿下は相変わらずですね」


ある日の昼下がり、ついついギルベルト殿下にそんな事を言ってしまった。殿下は「何がだ」と怪訝そうに僕を見る。


「セラフィナ王女殿下の事ですよ。あれだけ健気に殿下のところに来てはお話をされているのに…。殿下と言ったら相変わらずつれないですよね」

「面倒だからな」

「……ご自分の奥方になるのですよ。いいのですか、そのような態度で」

「別に。あのような頭が軽そうな王女ならば、俺と結婚したところで好き勝手自由に過ごすだろうよ」

「………」

「何だ、その目は」


殿下は有能だし仕事をバリバリやる方だ。と言うのに…女性に対しての扱いはぞんざいだ。セラフィナ王女だけではなく、今までもそうだったのだからこれはもう仕方ないか…と呆れ果てる。愛人を積極的に作るような方ではないから、王女とご結婚された後もそういう心配はないだろうが、王女とよい関係を作っていく事もしないだろう。


「セラフィナ王女も不憫ですね。元敵国に嫁いできて、ご結婚相手が殿下なんて…」

「……おい」

「あのように天真爛漫な女性は、弟君のシャーロック殿下の方がお似合いと思いますね…」

「馬鹿を言うな。シャーロックは10歳だろうが」

「それでもそちらの方が王女には良かったでしょうねえ…。殿下ときたら、いつでも無愛想で王女の方も見ないし、会話すらしないですし。このままでは‘我が国の王太子殿下は血も涙もない冷徹な方だ’と言われる日も近いでしょうね。ま、半分当たっていますが」

「………」


眉間にしわを寄せて何かを言いたげな殿下は、ややあって小さく呟いた。


「俺、ああいう女は苦手だ。きゃらきゃらと笑っているだけでいいと思っている馬鹿な女は…。ああいう奴は一人で生きて行くだろうよ」


ここで本音が出た。殿下は公の場では一人称を‘僕’と通しているが、素では‘俺’である。


「苦手ならばそれはそれで結構ですけれど…。しかし結婚式は近いのですよ?良いのですか、今のままで」

「………」

「我が主がセラフィナ王女を苦手に思っているのは知っておりますが、いい加減もう歩み寄って下さい。我が国のためにも、そして殿下自身の為にも」


殿下は何も言わなかったが、流石に自分の態度に思う所があるのだろう。何も言い返さなかった。


セラフィナ王女は相変わらず健気で明るく元気だ。ちらりと外を見れば、王女は乗馬をしている。太陽の光を浴びて髪をなびかせるその姿はとても可愛らしいと言うのに…彼女を見ても何も思わない殿下は、男として終わっているのではないかと疑ってしまう今日この頃だ。




僕の不安が解消されないまま迎えた結婚式。予想通り殿下は無表情で、予想通り王女はニコニコ笑顔だ。この二人(と言うか殿下は)、ちゃんと初夜を終える事ができるのだろうか…と不安になっていれば、次の朝殿下から「何もしていない」という報告を聞いて身体から力が抜けた。


「何もって…!殿下、初夜って意味ご存じですよね!?これは国同士のために、必要な事だと何回も申し上げておりますけれども!」

「……分かっている、そこまで怒るな、エーリッヒ」

「これを怒らずして何と!?バザロヴァ国に知られたら何を言われるか…!」

「………悪い」


珍しく素直に謝った殿下を見れば、何かを考えているようだ。そんな様子は珍しく、昨日の夜に一体何があったんだと首を捻る。


だがしかし。それから殿下の様子がまた少しだけ変わった。


「セラフィナは何をしている?」


今まで一度も聞いた事がなかったセラフィナ王太子妃殿下について尋ねる事が多くなった。


「妃殿下ですか?さあ…乗馬、はしていなさそうですね。確認させますか?」

「………いや…。いい。どうせ部屋で本を読んでいるのだろう」


セラフィナ殿下が本を読んでいるという姿が想像できなくて、一瞬考え込む。あの方は外に出て活発に行動している事がお好きで、部屋で静かに…というのは違う気がした。


そう言うと、殿下はなぜか僕を可哀想なものを見る目つきになる。なぜそんな風に見られるのか分からず、ついつい顔をしかめてしまった。


「お前も騙されているな…」

「……は?何がですか?」

「何がって、セラフィナの事だ。お前も騙されているなと思ってな」

「は……?あの…仰る意味が…」

「別に何でもない」

「………殿下…。セラフィナ様は奥方になられたのですから!くれぐれも!無礼な事は」

「分かっている。言っておくが、無礼な事は何もしておらん」

「………」


本当かなあ…と不安になる。まだ契りすらしていない事は明白なのだから、殿下の言葉を信じられるわけはない。未だにセラフィナ様を煙たがってあれこれ冷たくしているのだろうと思っていたが…。




ある日、見てしまったのだ。


殿下が、セラフィナ様にキスをしているところを。


それは城の中にある、比較的小さな資料室での事だった。ここは文字通り、様々な資料が置かれた場所であり誰でも使用ができるが、殿下が使われている時は、他の者達は遠慮して部屋を出て行く。(単に殿下と同じ部屋だと息が詰まるという事もあるのだろうが)


僕もその時、殿下に言いつけられた仕事をやる為に資料室にはいなかった。やっと仕事を終えて殿下のお部屋に向かえどもそこに殿下はおらず、きっとまだ資料室にいるのだろうとそちらへ足を運んだ。


部屋の外には護衛が四人待機していた。なぜ護衛が四人も外にいるのだろうと思えば、セラフィナ様がいらしているとの事。成程、四人のうち二人はセラフィナ様の護衛だった。


彼等は殿下とセラフィナ様に気を利かせてわざわざ外に出たらしい。


曰く、「甘い雰囲気になったら我々も身の置き場に困りますので…」


気を利かせるのはいいのだが、夫婦とは言え仮面夫婦なのだから、甘い雰囲気などにはなっていない。気を利かせる必要もないのに…と高を括り、護衛達が止めるのも聞かずに僕は部屋へ静かに入った。資料室の奥の方におられる殿下に、どうせノックの音も聞こえないだろうと思っての事だったが、これが間違いだと気付いたのはしばらく歩いてからだ。


「ん……っ…。ギルベルト殿下…!」


甘い声が聞こえてきて、思わず足を止める。


え…な、何、今のは…!セラフィナ様の声だよね…。苦しそうな声で、でも甘い吐息と漏れた感じの。


嫌な予感がしつつも、僕は資料室の奥をこっそり盗み見た。


そこには殿下とセラフィナ様がいて、二人は抱き合うようにキスを繰り返す。殿下は無表情のまま、目を開けてセラフィナ様の反応を見ながらキスを繰り返すが、セラフィナ様は顔を真っ赤にさせてそれに応える。何とも温度違いの二人のキスシーンを目の当たりにした僕の身体は氷のように固まって動けなくなった。


「…で?今日は何だ。何の用だ」


キスが終われば、殿下はセラフィナ様の耳元でいつもの調子で尋ねる。セラフィナ様を両腕で抱き抱えて顔を近づけるその様は優しさを感じ取れなくもないが、いかんせん口調が冷静すぎる。


「と…特別何も……。ただ…その…殿下のお顔を……み、見ようと…」

「そんなもの、夜でいいだろう」

「………夜だと…その…。お顔が見えなくて…暗いし…」

「お前がピーピー泣くからだろう」

「…っ!それは…」

「事実だろう」

「確かに事実ですが…!でも…んっ……!」

「煩い。静かにしろ」


そう言って殿下はまたセラフィナ様にキスをする。「煩い女は嫌いだ」とか言いながらキスをする殿下の姿は今まで見た事がない!僕の予想に反してそこにあったのは、夫婦殿下の甘い時間だ。


よろよろと静かに足を戻し、部屋の外に出てようやく呼吸ができた。そしてそんな僕を、護衛の方々が気の毒なものを見るかのような視線を寄こして来る。


「ちょっと待って下さい…!もしかして護衛の方々はご存じでしたのか!?」

「……まあ…。我らの間では暗黙の了解と言いますか……。仲がよろしいのは大いに結構なのですが…」

「それはそうですが…。なぜ僕は知らなかったのでしょうか…!殿下の侍従ですのに!」

「…ギルベルト殿下は、わざとエーリッヒ殿を遠ざけていましたから…。セラフィナ様がいらっしゃった時は」


言われてみればそうだ。最近、言い付けられる仕事は殿下の傍ではできないものが多々ある。そうか、それを命じられている時、セラフィナ様とああやっていたというわけか!


「し…しかし…お二人がお互いを大切に思っているならば…よ、よしとしましょう!」


散々セラフィナ様を避けていらした殿下がああまで変わった理由を知りたいところではあるが、僕をわざわざ遠ざけてまでセラフィナ様と会っているのならば、僕には知られたくないとの事だ。


別に教えてくれてもいいだろうに。これはもしかしてかなり照れているという事だろうか。あの殿下が?


いつ殿下にその話をしようかと悩んでいると、かちゃりとドアが開いて中からセラフィナ様が出てくる。顔を真っ赤にさせて、少しだけ息を荒くして。あたふたとして。


僕の顔を見て目を丸くさせ、再び顔を真っ赤にさせるセラフィナ様の姿に、不覚にも可愛いと思ってしまった。こんな女性にキスをしていたら、その先までやってしまいたくならないのかなあ…殿下。よく寸止めできるよなあ、流石我が君などと、ぼんやり考えた僕はきっと色々とパニックになっていたのだろう。


セラフィナ様が護衛二人を伴って去って行く姿を、しばし見つめていた。


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