シカの親戚がやってきた
午前0時をいくらか過ぎたころ、来訪を告げるベルが鳴った。不審な来訪者は、この屋敷に私しかいないことを知っているのか、あきらめることなくベルを鳴らしつづけた。
しかたなく作業を中断して、インターフォンで対応すると、
「こんな夜分に申しわけございません。ここはエンミさまのご自宅でよろしかったでしょうか?」
聞こえてきたのは、女性らしき声だった。
「はい、そうですけど」
「あなたがエンミさまで?」
「ええ」
「ああ、よかった」
「どちらさまでしょうか?」
「申しおくれました。わたくし、トナカイになります」
五分ほどやりとりをしたのち、屋敷の外で対応することにした。
「あらためまして、トナカイのナカイと申します」
ドアの前には、立派な角を生やした四つ足の動物がいた。体長は二メートルほどだろうか。ぬくぬくとした毛皮におおわれている。小型の釣り鐘がついた首輪をしており、彼女(?)いわく、そのベルのおかげで会話が可能であるらしい。
身体には装具があり、後ろの大きなソリをつながっている。
「このたび仕事でこのあたりを回ることになりまして、失礼かともおもったのですが、どうしても一言、お礼を申し上げたいとおもいまして」
ナカイさんは、ずいぶんと腰の低いトナカイであり、お辞儀をするたび、立派な角が迫ってくるようで身がすくんだ。
「お礼をいわれるような、心あたりがないのですが?」
「奈良公園で、エンミさまが狼藉者を成敗なさったと伺っております」
奈良の狼藉者ならば記憶に残っていた。
あれはそう、婚約破棄が決定して、一人旅に出たときのこと。
頭の悪そうな高校生たちが、シカにふざけた態度をとっていたため、彼らの目の前で、わら人形に釘を刺したのだ。三人いたので、三体のわら人形をつかった。頭と心臓に一本ずつ、計六本の釘を刺しおえたときには、蒼白い顔で退散していった。転んだ奴が足をくじいて置いていかれ、泣きわめいていたのが滑稽だった。
「助けたのって、シカですけど?」
「親戚みたいなものです」
ナカイさんは、こちらが恐縮してしまうほどの丁寧さで礼の言葉を述べたあと、土産を用意しているといった。
「あの、ほんとに、ここまでしていただかなくても」
「いえいえ、つまらないものなんです。こんな粗品で申し訳ないのですが、どうか助けるとおもって受けとってください。あっ、そっちじゃなくて、手前側のバター色の紙袋のやつになります」
ナカイさんの指示にしたがい、後ろのソリから土産のはいった紙袋を手にした。
せめてお見送りをとおもったものの、ナカイさんはこちらが引っこむまで動かない様子だった。屋敷の中に入ると、リーンリーンという音がきこえた。そっとドアをあけてみたが、大きなソリを引くトナカイの姿など、どこにもなかった。
明りの消えた部屋にもどる。
照明をつけて、紙袋のなかを確認すると、キャンドルセットが詰まっていた。
ナカイさんは良いセンスの持ち主らしい。
クリスマスを飾るには最高の品だろう。
「律儀なトナカイからの贈りものか」
呪いの儀式につかうのは気がひける。とはいえ、クリスマスを祝う気はなかったので、蝋燭立てに一番大きなキャンドルをたて、火を灯して照明を落とした。
ゆれる炎をみつめる。
不思議と心が安らいで、恨みつらみも消えていく気がした。
そばにある、股間に釘を刺した人形を手に取って、キャンドルに近づける。
足の先からチリチリと、わら人形は燃えていった。