経済力で殴ってくる
しかしそうかと思えば宵子はむう、と眉をしかめるのだ。
「私、ソータ先生の作品はもっと多くの人に読まれるべきだと思うんです。具体的には今の十倍……いえ、百倍くらいには! なのに中々読者さんが増えませんよねえ。どうしてなんでしょうか」
「うぐっ……ま、まあ、俺なんてまだまだ駆け出しだから仕方ないよ……」
ちょっと気にしている事実を突かれ、蒼太は言葉を詰まらせる。
最近はランキングに入り、そこそこ応援もつくようになった。
しかしランキングの上位に食い込むには程遠い。
毎日一定量更新したり、ヒロインを増やしたりして頑張ってはいるものの、なかなか結果に結びつかないのが現状だった。
しょげる蒼太を前に、宵子もため息をこぼしてみせる。
「私がお金をばら撒いて、読者を確保しようかとも考えたのですが……それはそれで先生の作品に不敬かと思い、実行には移さなかったんですよねえ」
「うん。思い止まってくれてありがとう」
金で読者を買うとか、虚しいにもほどがある。
(やっぱりそこは自分の実力で成し遂げないとな)
蒼太が決意を新たにしたところで、そっと宵子が手を握ってくる。甘い熱が伝わって、顔から火が出そうになった。
真っ赤になった蒼太に、宵子はにっこりと笑う。
「だから私、決めたんです。先生の執筆活動を全力でサポートして……世界中に先生の作品を広めようって!」
「だから……引っ越しと転校?」
「はい!」
元気いっぱいの返事だった。
宵子は蒼太の手をぎゅうっとにぎったまま、とろけんばかりの声で続ける。
「今日からよろしくお願いいたしますね、先生♡ 公私に渡って全力でサポートいたしますから♡」
「ぜ、全力サポート、って……」
おもわずごくりと喉を鳴らしてしまう。
ひどく甘美な響きだった。十八禁の匂いがぷんぷんする。
(いやでも、これまでの言動を鑑みるに……そんな展開は絶対ないよな?)
冷静になり、蒼太はじと目で問いかける。
「具体的にはどんな感じでサポートしてくれるつもり?」
「そうですねえ……先生、お夕飯はまだですか?」
「へ? ああうん。これから作るつもりだったけど」
「上々です♡ それでは……っと」
甘い笑顔でそう言って、宵子は携帯をささっと操作する。
フリック三回分くらいの動作だ。
ふつうのラブコメだったら、ここで『私がお夕飯を作ります!』というイベントが発生することだろう。
だがしかし――宵子はにっこり笑って告げる。
「では参りましょうか、先生。某高級ホテルの最上階レストランを貸し切りました」
「やっぱり経済力で殴るのかよ!?」
わりと予想通りの展開だった。
あわてふためく蒼太をぐいぐい引っ張り立ち上がらせて、宵子はきらきらした笑顔を振りまいてみせる。
「私もお気に入りのお店なんですよ。今日はいいアワビと松坂牛が入ってるみたいで。先生にもぜひ召し上がっていただきたいんです!」
「無理! 一般市民にはハードルが高すぎるから! だいたいそんなお金ありません!」
「大丈夫ですよぉ、先生♡ もちろん私がお出ししますから。貸し切りですから、ゆったりお食事を楽しみましょ」
「ますます荷が重いわ! 絶対行かないからね!?」
「ええー。でもぉ、お料理とか高級ホテルを書くときに、描写の参考になると思いますよ?」
「ぐうっ……たしかに、ちょっと体験しときたいところだけど……!」
ネットで画像を検索して描写するより、ぐっとリアリティのある場面が描けるはずだろう。
物書き特有の弱みにつけ込まれ、蒼太はぐらっと揺れてしまう。
その隙に気付けば玄関まで連行されていた。
宵子は蒼太の腕にぎゅうっと抱きついて、でれっととろけた顔を向ける。
「えへへ。ご飯を食べながら、先生の小説の話を聞かせてくださいね。あっ、ネタバレはダメですよっ!」
「はあ……」
美少女に抱きつかれ、自作の話を聞いてもらえる。
おそらく物書きの男にとっては最上級のおもてなしだろう。
だがしかし、蒼太の頭はとある疑問でいっぱいだった。玄関を出るついでに……おそるおそる問いかけてみる。
「……ところでうちの親、急な海外転勤が決まったんだけどさ。ひょっとして何か知ってる?」
「ふふっ」
「笑ってごまかさないで!?」
「いいじゃないですか。お父様、栄転ですよ。今頃奥様とのんびり楽しくやっていらっしゃいますから♡」
「そういう問題じゃないんだよなあ!?」