熱狂的ファンの正体
「いつものように感想を書こうとしたんですけど……せっかくお隣に引っ越してきたんですから、ご挨拶がてら直接伝えたくって! こうしてお邪魔させていただきました」
「はあ……」
にっこり微笑む宵子に、蒼太はすっと冷静さを取り戻す。
(そうだよ、なんでネットの読者が転校生でお隣さんで、札束を渡そうとしてくるんだよ!? いろいろとおかしいんだって!)
そういうわけで、蒼太は質問を続けることにする。
「その……読者なのはわかったけどさ、どうやって俺の名前とか住所を知ったの?」
「ああ、それは簡単です。先生、ツイッターをやっておられますよね」
「へ? う、うん」
蒼太はおずおずとうなずく。
彼女が言うとおり、たしかにSNSを使っている。しかし個人情報を書かないように気をつけていたし、リアルな知人はいっさいフォローしていない裏アカウントだ。
あそこから名前や住所がバレるなんて考えにくいのだが――。
「先生が日本国内にご在住であることはわかっておりましたから。ツイッターに書き込まれる学校行事や通学電車の遅延情報、天気などの情報を分析し、該当校を割り出して、まずはソータという名前の生徒をピックアップ。その全員に一週間ほど人をつけて尾行させ、ツイッターとの生活パターンと照らし合わせて……先生を割り出しました!」
「探偵かなにかですか!?」
「そんな大袈裟な……ちょっとツテを使っただけですから」
宵子はにっこり微笑んでこともなげに言ってのける。どうやら本当に『普通のこと』だと思っているらしい。
蒼太の調査や転校や引越し……考えるだけでもかなりの手間と資金が必要になることが十分に予想できる。
それをあっさりやってのけるあたり――。
「ほんとに、大金持ちなんだね……」
「そんなことはありませんよ。私など家族の中ではまだまだです」
「家族?」
「はい。ちょっと失礼いたしますね」
宵子はスマホを取り出して、すこしばかり操作する。
そうして蒼太に見せてくれた画面には、とあるウェブサイトが表示されていた。トップに燦然と輝くのは――『球磨神財閥』の文字である。
「私の実家は、ちょっとした財閥でして。家族みな、いろんな事業を行っているのです」
「く、球磨神財閥って……あの、球磨神財閥!?」
蒼太はとうとう言葉を失うしかない。
球磨神といえば、日本でも有数の大財閥だ。ありとあらゆる事業に手を伸ばし、その総資産は計り知れない。
「はい。その球磨神です。私は本家の次女なんです」
「うわ、マジモンのお嬢様じゃんか……」
蒼太はごくりと喉を鳴らす。
突拍子もない話かもしれないが、宵子のすぐそばに置かれたタッパーには札束が詰め込まれている。彼女が常軌を逸したお金持ちなのは間違いないだろう。
「そ、そんなお嬢様が、なんで俺なんかに……」
「なんでって……決まっておりますわ」
宵子はほんのり頬を染め、まっすぐに告げる。
「ひ、一目惚れ、なんです」
「っ……!」
その破壊力抜群の告白に、蒼太は大きく息を飲んだ。
しかし、宵子がうっとり続けた言葉ですぐに冷静さを取り戻す。
「ソータ先生の紡がれる物語に!」
「あっ、そっち……ですよね、うん……」
蒼太はしゅんと肩を落とす。
一方で宵子は高揚した様子で熱っぽく語るのだ。
「先生の書かれるヒロインはどれも可愛くて。それでいてお話の内容も、誰が主人公と結ばれるのかまったく先が読めなくて! 本当に私、毎回夢中で読んでいるんですからね」
「そ、そう……? あ、ありがとう……」
熱いファンコールに、蒼太はどぎまぎしてしまう。
宵子の笑顔はまっすぐなものだ。本心から蒼太の作品を愛してくれているのだと伝わってくる。それはひょっとすると、恋愛的な意味で好きになってもらうより、尊い感情なのかもしれない。
(ほんとに俺のファンなんだなあ……)
いろいろアプローチが無茶苦茶ではあるものの。
そのひたむきさに、蒼太はじーんとしてしまう。