作りすぎちゃったおすそ分け
そこにはあの、球磨神宵子が立っていた。
制服姿のままで、なぜか大きなタッパーを持っている。
「え、なんで球磨神さんがここに……?」
「どうかクロクマとお呼びくださいませ」
彼女はにっこり笑って、すらすらと続ける。
「実はお隣に引っ越してまいりましたので、その挨拶をと思いまして。どうぞ、お近付きの印に……」
タッパーの蓋をぱかっと開ける。
そこに収められていたのは――。
「ちょっと株や土地を転がして作りすぎちゃった、現金です♡ どうぞ受け取ってください♡」
「待って待って待って。本当に待って」
頭を抱えて、蒼太はストップをかける。
今回も情報量が多すぎた。札束入りのタッパーは謹んで返品させてもらって、真顔でたずねる。
「いやあの、引っ越しってどういうこと……? 隣はどっちも住民の人がいたはずなんだけど」
若い夫婦と、男性会社員のひとり暮らし。
どちらも気のいいご近所さんだ。だがしかし、宵子はにこやかに応えてみせる。
「ここよりもっと条件のいい物件をご用意したので、お移りいただきました。引っ越しの手数料と当面の生活費、謝礼金などをお渡しして」
「で、空いた物件に引っ越してきたってこと……?」
「はい!」
宵子は元気よく言ってみせた。
蒼太は言葉を失うしかない。
まず、どうやって蒼太の住所を知ったのか。
(よし、彼女とちゃんと話をしよう……そうしないと色々マズい気がする)
そう決断して、蒼太はおずおずと声をかける。
「えっと、せっかく来てもらったんだし……上がってく?」
「いいんですか!?」
宵子はぱあっと顔を輝かせてみせた。
そのあどけない表情はとても可愛く、ふつうだったら蒼太も見惚れていたところなのだが……。
「あわわっ、先生のおうちにお邪魔するなんて……この宵子感激です! お礼の印に……やっぱりこちら、お収めください!」
「お金はいいから!? ふつうに上がってください!」
タッパーにさらに札束をねじこんで、ぐいぐい渡そうとしてくる宵子。それに全力で抗うのに忙しく、萌える余裕などいっさいなかった。
こうして、突然のお客様を家にあげることになった。
「えっと、紅茶でよかったかな……?」
ちゃぶ台の上からノートパソコンをどけて、カップを並べる。
紅茶はもちろんティーバッグだ。来客用のカップがどこにあるのかもわからなかったので、普段使いのものを出してしまった。
かなり残念なおもてなしではあるものの――。
「わざわざありがとうございます! えへへ、ソータ先生にお茶をいれていただくなんて……この宵子、とっても幸せです」
宵子は飛び上がらん勢いで喜んでくれた。
ちゃぶ台をはさんで、蒼太も彼女の前に腰を落として紅茶を飲む。そこでふと、気付いてしまう。
(あれ、女の子を家に上げるのなんて、高校入って初めてなんじゃ……)
しかもそれは目の覚めるような美少女だし、家にはほかに誰もいないのだ。完全にエロゲ展開だった。
蒼太の緊張は最高潮に達するが、今はそんなことを言っている暇はない。
ごくりと喉を鳴らしてから、おずおずと口を開く。
「まず聞きたいんだけど……本当に俺の小説の読者さん、ってことでいいんだよね?」
「もちろんです」
宵子はスマホを取り出して、ウェブ画面を見せてくる。
そこに表示されていたのは小説投稿サイトの管理画面だ。ユーザーネームは『クロクマ』。お気に入りに並ぶのは、どれもこれも蒼太が書いた小説ばかりだった。
「今日の更新もおつかれさまでした。さっそく読ませていただきましたよ!」
「えっ、それってさっきの? もう読んでくれたんだ」
「当然じゃないですか。先生の作品はすぐに読むって決めているんです。新しいヒロインちゃんの屋上告白シーン、一生懸命なところがすっごく可愛かったです!」
「そ、そうかな……ありがとう」
蒼太は顔を真っ赤に染めて、ごにょごにょとお礼を言う。
友人たちには小説を書いているなんて話したことがない。
だから、こうやって直接人から感想をもらうのは生まれて初めてだった。恥ずかしいやら嬉しいやら……ともかく胸がじーんとした。
続きは明日更新します。明日も二回更新予定。
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