彼女が捧げたいもの
「いやでもすごい偶然だね。まさか同じクラスに転校してくるなんてさ」
あまりに蒼太に都合が良すぎる。ライトノベルでもこうはいかないだろう。
そう冗談めかして言ってみれば――。
「いいえ。偶然などではございません」
「へ?」
宵子がにっこり微笑んでみせたので、蒼太は目を瞬かせるしかない。
「私はソータ先生の作品が大好きなんです。だから、私のすべてを受け取ってもらってほしくて……こうして馳せ参じた次第なのです」
「クロクマさんのすべて、って……?」
「もちろんすべてです。私の大事なもの、すべて」
宵子は婉然と微笑んで、蒼太の手を己の胸に押し当てた。
柔らかなその感触に、顔が一瞬で真っ赤に染まる。
(ラノベじゃなくて……ひょっとしてこれ、エロ漫画的展開だったりする!?)
蒼太は彼女いない歴イコール年齢だ。
こんな美少女とそんな展開になるなら願ったり叶ったり。だがしかし、やっぱりモラルというものがある。
慌てて彼女から飛びのいて、蒼太はしどろもどろでまくしたてるのだが――。
「い、いやいやダメだよクロクマさん!? 俺たちまだ未成年だし、そういうことは早すぎ――えっ、なに?」
「うんしょっ、と」
蒼太にかまうことなく、宵子は物陰から何かを引っ張り出してくる。
そうしてそれを彼にずいっと差し出してみせた。満面の笑顔を浮かべたままで告げることには――。
「どうぞ、ソータ先生。まずは手始めにこちら、お受け取りください」
「……ジュラルミンケース?」
銀に輝くケースだ。よく映画で札束が詰め込まれているタイプの代物。
現物を見るのは初めてだったので、蒼太はすこしギョッとしてしまう。
(いやいや……札束とかフィクションの世界だからね? きっとファンレターかなにかだよな、うん)
そう気を取り直しているうちに、宵子の手によってケースはあっさりと開かれる。
はたして中に詰まっていたのは――。
「現金一億円でございます」
「いちおくえん!?」
紙のテープで巻かれた札束。それが隙間なく、ぎっしりとケースの中に収められていた。
おかげで蒼太は腰を抜かしそうになるのだが……すんでのところでそれを堪える。自然と湧き上がってくるのは薄い苦笑だ。
「あ、あはは……クロクマさんは冗談が上手だなあ」
「冗談?」
「上だけ本物で、下は新聞紙ってパターンでしょ。びっくりしたなあ。でも、上だけでもけっこうな大金なんだから、こんな遊びに使っちゃ……だ、め……?」
蒼太はなにげなく札束のひとつを手に取って、ぺらぺらと確認する。
めくれどもめくれども……どれもしっかり、一万円札だった。
……は?
蒼太は錆び付いた機械のようにぎこちなく首を回し、宵子にたった一言、こう問いかける。
「…………本物?」
「もちろん本物ですよ。本物の一億円です」
「ぎゃあああああああああああ!?」
空をつんざくような悲鳴が、蒼太の口から迸った。
あわてて札束をケースに戻して蓋を閉じる。外気に触れさせておくのがやたらと恐ろしかったのだ。蓋に縋り付くようにして地面にへたりこみ、蒼太は震えた声を上げるしかない。
「待って待ってなんで!? なんで一億円!?」
「言ったじゃないですか。私はソータ先生の大ファンなんです」
大金を持ち込んだのに、宵子は平然としたものだ。
しゃがみこんで蒼太と目線を合わせ、キラキラした笑顔で語ることには――。
「すぐれた仕事には相応の報酬を。それが私の、球磨神家の家訓ですから。どうぞ、そちらは先生のものです。お受け取りくださいませ」
「いやいやいや!? 受け取れるわけがないでしょ! 一億だよ一億!! 吐きそうになるくらいの大金じゃん!?」
「あら、そうですか?」
宵子はきょとんと小首をかしげてみせる。
「こんなの、私の総資産のほんの一万分の一ですから。気にすることなどないのですよ」
「いちまんぶんの……いち?」
「はい」
一億かける一万。
つまり――。
「私の総資産は一兆円でございますから♡」
「そんな戦闘能力みたいに言わないでくれる!?」
しかしそれが本当に彼女、球磨神宵子の総資産であることを、この日から蒼太は嫌というほどに思い知らされることになるのだった。
続きは明日更新します。二回更新予定。
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