転校生の正体
そして、運命の放課後がやってきた。
「えっと、話って……?」
「ふふ」
蒼太が屋上に赴くと、すでに球磨神宵子が待っていた。
日中開放されている屋上は、休み時間となると多くの生徒がたむろする人気スポットだ。
しかし今日は珍しくほかに人がいなかった。
がらんとした屋上には宵子と蒼太のふたりきりだ。
彼女のおだやかな微笑みも、熱っぽい瞳も、意味ありげな吐息も、すべてが蒼太ただひとりに向けられている。
(いやでも、なんで俺なんかに……そもそもなんで名前を知られていたんだ?)
疑問は尽きず、蒼太はまごつくことしかできない。
しかしそんな中、宵子が静かに口を開いた。ゆっくりとかぶりを振りつつ告げることには――。
「お話があるのは他でもありません。名雲蒼太さんに、聞きたいことがあるんです」
「聞きたいこと、って……?」
「『俺の平和な学園生活がとびきり可愛いヒロインたちのせいで修羅場』を連載中のソータ先生ですよね?」
「っ……!?」
その問いかけに、蒼太は大きく息を飲んだ。
生ぬるい風が二人の間を駆け抜けて、空気がわずかに張り詰める。
彼女が発したのは、ネット上での蒼太のペンネームと、その名前で連載している小説のタイトルだった。
しかし、そんなことはありえない。何しろ蒼太は誰にも小説を書いているなんて打ち明けたことがなかったからだ。
「な、なんでそれを……!」
「それは企業秘密です。どうなんですか、ソータ先生でよろしいですか?」
「そ、それは……」
蒼太はゴクリと喉を鳴らす。
簡単に認められらはずはなかった。そもそも友人の誰にも打ち明けていないのは、自分の作品を知り合いに読まれるのが恥ずかしいからだ。
だがしかし、彼女の澄み切った目が、言い逃れを許さない。
指先がじんと痺れるのを感じながら、蒼太はため息混じりに吐き出した。
「そのとおり……だけど」
「ほんとのほんとに?」
「聞いといて疑うの……? ほら、これ」
蒼太はスマホを取り出して、画面をずいっと彼女に見せる。
小説投稿サイトの管理画面だ。ユーザー名にはちゃんと『ソータ』と表示されているし、彼女が先ほど挙げた作品もその下に並んでいる。
それを見て、宵子はただでさえ大きな目をさらに見開いて――。
「ああっ……! お会いしたかったです先生!」
「はいい!?」
蒼太にぎゅうっと抱きついてみせた。
外国人が親愛の証として行うようなハグではなく、全身で拘束するような熱烈な抱擁だ。
やわらかさが全身で感じられ、なにより大きな胸が押し付けられて視覚的にも暴力的だ。五感すべてをぶん殴られたような衝撃を受け、蒼太は凍りつくしかない。
なるほど抱き合うシーンはこんな感じで書けばいいのか。
……なんて現実逃避気味に考えていると、彼女は感極まったような声を上げる。
「すごい……! ほんとうに先生なんですね! 先生が実在しているなんて夢みたいです! すーはーすーはー! はあああん、いいにおい……!」
「ちょっ……待って!? ほんとに待って!?」
全力で匂いを嗅がれて、たまらず彼女を引き剥がした。
そのまま放置しておくと、首筋に噛み付かれかねなかったからだ。
すこしばかり彼女と距離を置き、蒼太は警戒あらわにじっと見つめてみる。
「ひ、ひとまず聞かせてくれるかな。どうして俺が……ソータだって知ってるんだ?」
「ああ、そうですね。申し訳ありません。自己紹介が遅れました」
宵子はごほんと咳払いをしてから、深々と頭を下げてみせる。
「いつもお世話になっております、ソータ先生。私、クロクマと申します」
「は……」
クロクマ。
その名に蒼太は一瞬だけぽかんとして、目を丸くして飛び上がった。
「く、クロクマさん!? ひょっとしていつも俺の小説に感想をくれる、あのクロクマさん!?」
「なっ……! 覚えてくださっていたのですね……み、身に余る光栄ですぅ……」
「覚えるもなにも、このところ毎日更新するたび即レスしてくれるじゃん……」
いわゆる常連というやつである。
毎回更新するたびに感想をくれるし、蒼太が特に力を入れた箇所をしっかり見抜いて褒めてくれるのだ。
おかげで次への活力に繋がっていると言っても過言ではない。
蒼太は彼女に、誠心誠意頭を下げる。
「ほ、ほんとにいつもありがとう。クロクマさんの応援のおかげで、いつも頑張ろうって思えるんだ」
「そんな、私のような者に……もったいないお言葉ですぅ……!」
「あっ、うん。ごめん。抱きつくのは勘弁してね」
ガバッと飛びかかろうとした彼女を慌てて制する。
あの感触は名残惜しいが、クセになりそうで怖かったのだ。
今日はあと一回更新します。
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