謎の転校生
ことのはじまりは先月。
季節が春から夏へと変わりゆき、生徒たちが新しいクラスにも慣れはじめたころ。
「はじめまして。球磨神宵子と申します」
その日、蒼太のクラス――二年一組に転校生がやってきた。クラスメートたちは全員、男女の区別なく息を飲んだ。
その少女があまりに浮世離れしていたからだ。
抜群のプロポーションで、まるでモデルのように制服を着こなしている。すらりと伸びた手足は細く、肌は白く透き通っていて、わずかなくすみもない。
艶やかな黒髪は腰まで届くほど。
そして、その面立ちはもちろんのこと美しかった。輪郭は流麗な線を描き、細い眉も、黒く大きな瞳も、桃色の唇も、なにもかもがきらめく燐光をまとっていた。
まるで稀代の芸術家が描いた絵画から、そのまま出てきたような美少女だ。
「う、わ……すごい美人な」
「ねえ……」
「モデルさんみたい……」
クラスの全員、言葉も少なく彼女に見入る。
そして、それは蒼太も例外ではなかった。
(うわー、ラノベのヒロインみたいだな……)
この高校にも、可愛い女の子なら何人もいる。
だが、ここまで文句のつけようもない美少女は他に存在しなかった。
ぼーっと見とれつつ、広げたノートにメモを取る。
転校生。黒髪ストレートのロング。超絶美少女。
深い意味はない。単に、趣味で書いてる小説に使えないかと思っただけだ。
(お近付きになるなんて万に一つもないだろうけど……新しいヒロインには使えるかもな)
最近始めた学園ラブコメはけっこう好調で、そろそろ新ヒロインを出そうと考えていたところだった。
このまま順調に行けばもっと人気も出て、書籍化……なんかもありえるかもしれない。
そう考えるとますます胸が踊った。
あんな美少女と仲良くなれるなんて万にひとつもありえないし、書いている小説について考えた方がはるかに有意義だ。
(……クロクマさんも気に入ってくれるかなあ)
最近、よく感想をくれるようになったファンを思い浮かべて、蒼太はワクワクする。
そうこうするうちに自己紹介は終わったらしい。担任がにこやかに教室後方を指し示す。
「それじゃ、球磨神さんはうしろの席でいいかしら?」
「はい。どうぞ皆さんよろしくお願いいたしますね」
球磨神宵子はにこにことお辞儀して、言われた席へと向かっていく。
ちょうど蒼太の席の二つ後ろだ。すぐに彼女は机のそばを通り過ぎていく。
ふんわり香る甘い匂いが鼻腔をくすぐる。
(おお……やっぱり美少女はいい匂いがするんだな。描写の参考になるや)
そんな、どこまでも物書きらしいことを考えていたところで――。
ぽとっ。
「うん……?」
通りすぎるその瞬間、彼女が蒼太の机になにかを落とした。
小さく折りたたんだメモ用紙だ。
(あれ、落し物……へ?)
手に取ると、そこにはこう書かれていた。
『名雲蒼太さんへ』
自己紹介もまだのはずなのに、そこに書かれていたのは間違いなく蒼太の名前で。
頭いっぱいにはてなマークが浮かぶ中、蒼太はおそるおそるそのメモを開いた。するとそこには――こんな簡潔な言葉だけが記されていた。
『今日の放課後、屋上で待っています。球磨神宵子より』
それは間違いなく、呼び出しの手紙で。
「……はい?」
まさかの展開に、蒼太は目を瞬かせることしかできなかった。
本日あと二回更新予定。