ラブコメは望み薄……と思いきや
ちなみに便宜上お隣さんでとは呼ぶものの、宵子はこのフロアと上下フロア、ほかすべての部屋を押さえている。お隣さんとはなんなのか。
叱られたことで拗ねたのか、宵子はぷいっと顔をそむけてスマホを取り出す。
「いいですよーだ。先生につれなくされたって、私には先生の小説がありますもの。今日の更新分、もう一回読みましょーっと」
「ええ……目の前で読まれるのって、けっこうきついんだけど」
「知りません! 私の癒しを邪魔することは、先生だろうと許しませんからね!」
ぴしゃっと言って、宵子はスマホに没頭する。
大人びた容姿ではあるものの、彼女は案外子どもっぽいところがある。
(いやうん、こういうところは本当可愛いと思うんだけどね……?)
可愛いし、自分の作品を好きだと言ってくれるし、甲斐甲斐しく世話を焼いてくれるし。これで好意を抱かない方がどうかしている。
ただ、ちょっと……いや、かなりエキセントリックなところがある。恋愛に発展する見通しがかけらも感じられなかった。
(そもそも宵子さんが好きなのは俺の小説だしな……デートしたいなんて言ったら、プロのお姉さんを用意されそうだ)
世知辛い想像が脳裏をよぎって、蒼太はため息をこぼす。
ありえないと断じるにはちょっと無理があった。
「あら、ソータ先生。どうかしたんですか?」
そんな蒼太を見て、宵子が首をかしげてみせた。
畳を膝立ちで移動して、気遣わしげに顔をのぞきこんでくる。
「なにかお困りごとですか? でしたら私が先生の悩みを解決してさしあげましょう。総資産一兆円の私には、不可能などありませんからねっ!」
そう言って、宵子は得意げに胸を張る。
たしかにそれだけの富を得た彼女には、できないことなどないだろう。
だから蒼太はイタズラ心がムクムクと沸いた。
(ダメでもともと、ってね)
緊張をごまかすため、蒼太はにっこり笑って「それじゃあ頼みたいことがあるんだけど……」と、なんでもないことのように頼む。
「宵子さんとイチャイチャしたいかなーって」
「へ」
宵子はぽかんと目を丸くする。
さあ、どうくるか。
高級ホテルのレストランを貸し切って、パフェを「あーん」してくれる?
問答無用出海外の別荘に連行される?
それともやっぱりプロのお姉さんルート?
蒼太はちょっぴり期待しつつ、彼女の反応を伺うのだが――。
「い、いちゃ、いちゃって……!」
「えっ」
今度は蒼太が目を丸くする番だった。
宵子の顔がみるみるうちに真っ赤に染まり、ぷるぷる震え始めたからだ。目は涙でうるんで呼吸も浅い。
それは蒼太が初めて見る彼女の表情だった。巨額の富を手にした完璧な女神の姿はそこになく、ただ年相応の少女の顔だ。
「あ、あの、宵子さん、俺――」
「ひえっ!」
蒼太が手を差し伸べかけると、宵子の肩がびくりと跳ねた。
その瞬間、耳まで真っ赤に染まってしまい――。
「そんなの無理です私にできるのは……お金を出すことだけなんですぅ!」
「ふべっ!?」
蒼太に札束を勢いよく投げつけて、宵子はばたばたと部屋を出て行った。
ひらひらと一万円札が舞う中、蒼太は天井を見上げてぼんやりとこぼす。
「これは……意外と脈ありだったりするのかな?」
(完)
これにて完結です。お暇潰しになれば幸いです。
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