天乃命3
一年生の退魔師の授業は、まず体力作りと知識を蓄えだ。
柔軟とマラソン。各自の得意武器での訓練。
退魔師の歴史。過去に討伐された妖魔と悪魔の情報。退魔師の使う道具の情報と正しい使い方。退魔師は、国のお偉いさんと顔を合わせる場合もあるので、マナーの授業もある。
「ふぅ、終わった」
「天乃さん、お昼どう?」
「ええ、構わないわ」
夏影さんに声をかけられて、俺は即座に頷く。ボッチでも問題はない。前世でもそれを知ってはいるが。
せっかくの好意を無下にするのはどうかと思う。多少、昼食時に空城が煩いが。それも最近では気にならなくなった。
「今日はマラソンではなくて、助かったわ」
「そうね。午後のマラソンは日が昇っていて地味に暑いからね。それにそろそろ気温も高くなってきたし」
「退魔師って大変だね。毎日走って空城君も毎朝走って、授業でも走るなんて」
「まあ、退魔師って体力勝負だからな」
「メテオは体力しか取りえないしね」
「うるせぇ、七海」
俺、空城、夏影さんは退魔師だが、葉山さんは普通科だ。
葉山さんが、退魔師としての才能は一切ないのは俺にもなんとなく分かった。
性格的にも無理だろう。場合によっては人を殺す仕事でもある。
「ところで、最近妖魔の出現率が上がっているんだけれど」
何か知らない? と聞いてくる夏影さんに俺は首を横に振る。
「さぁ? 家の方から何も言ってこないから、特に問題がないのかもしれない」
「そう、ここ最近小型の妖魔を良く目にするからさ」
「ああ、それ俺も思った。朝マラソンしてるとさ、曲がり角の壁に張り付いていて、張り付いているのが虫タイプだと心臓に悪いぞ。まあ、見つけ次第駆除してるけど」
「そんなに沢山いるの?」
と、葉山さんが聞いてきたので、俺が答える。
「ええ、私もここ最近二日に一度のペースで妖魔を倒しているわ。妖魔の発生は人の感情や瘴気が吹き出す場所で生まれてくるんだけれど。街中で小型のとは言え、一日に数匹発見されるのは少し気になるわ。特にこの学校は退魔師の卵が多く通っている、その卵を守るために、この学校と街には一定の戦力が配置されているわ」
結界もちゃんと張られている。これのお陰で、妖魔が出現する頻度を大幅に下げられている。
下げられているこの街で、一日数匹の小型の弱い妖魔が見つかるのはおかしい。
「私だけじゃなく。他のクラスの子達も見つけて退治しているから」
「巣でもあるのか?」
「流石にそれは、もしもこの学校の近くにあるなら、Aランク以上の力が無いと隠蔽出来ないわ」
俺は戦闘特化だから、探知は苦手だが、そう言うのはなんとなく分かってしまう。
勘で巣を見つけたこともある。
俺と夏影さんはしばらく考えたが、「「やはり、巣は考えられない」」と結論が出て、この話は終わった。
とりあえず、警戒だけはしておくことようにと空城と葉山さんに言った。
放課後、俺は図書室で昔のラノベを読んでいた。
空城達三人は、田川美奈子先生が顧問をしている退魔部へと向かった。
少しは入部も考えたが、あの部活に参加して妖魔と戦っても得る物が少なく、運が悪ければ、あの三人の前で、俺は戦装束(天乃家仕様)を見せる羽目になるので、やはり部活に入らないことにした。
俺がしばらくラノベを読んでいると視線を感じたので、その方を見ると一人の内気そうな黒髪のショートカットの眼鏡をかけた少女がこちらを見ていて、目が合うとすぐに逃げた。
「あの子は図書委員の」
隣のクラスの図書委員だ。
何度か顔を合わせていたけれど話したことはない。
しれからまたしばらくして、視線を感じたのでその方を見てみると彼女がまたこちらお見ていたので、俺は席から立ち上がり、何か用? と声をかけると。
「え、あ、あのっ、その……」
「うん、何かしら?」
「そ、そのラノベ好きなんですか? というか、天乃さんもラノベ読むんですね」
ぎこちなく笑う彼女を見て、俺は前世の自分を思い出す。
上手く人と話せない。それが原因で容姿も相まって気持ち悪いオタクと呼ばれていた。
だから、俺は出来るだけ優しく、彼女に話す。
「修行、修行、修行では息が詰まるからね。それなりに読むわ」
「そ、そうですか、あ、あの私もそのラノベ好きでして」
「そうなの?」
ここで、何が好き? とは言わない。多分マシンガントークが開始される気がする。
俺もオタクなので、なんとなく分かる。
今小山さんは、浮かれている。前から、俺と話したかったようだ。
「は、はい」
「えっと、名前は」
「あ、ああ、私は小山瑠瑠です」
「可愛い名前ね」
「い、いえ、名前だけです」
俺の言葉に落ち込む小山さん。
俺は小山さんの前髪を少し上げて、こう言う。
「もっと顔を見せた方がいいわ。貴女可愛いから勿体ないわ」
「え、ええっ、そんなことないです! わ、私なんかよりも天乃さんの方が」
「はい、静かにここ図書室」
そういうと、小山さんは口を噤む。
さて、せっかくだし本を借りていくか。
「そう言えば、図書委員の仕事っていつ終わるの?」
「え、えっと後一時間ほどです」
「なら、これと続きを一冊借りるわ。それで、今日は一緒に帰りましょう」
俺の言葉にキョトンする小山さん。
前世の俺だったら、言わないようなことばだが、女になったせいか、前世と比べ物にならないくらい、俺は女性と話せるようになった。
言いたいことがいえるって素晴らしい。
「え、いいんですか?」
「いいわよ。あ、小山さん電車?」
「は、はいそうです。上りの電車で駅三つくらい乗ります」
「なら途中までね。私徒歩だから」
「そうなんですか?」
「ええ、そうよ。それを考えると、学校が近くにあるのは少し勿体ないわね。せっかく制服デートが出来ると思ったのに」
俺が冗談を言うと、小山さんは頬を赤らめて慌てふためく。
あれ、この娘意外とレズ、いや百合っ気があるのか?
「そんな恐れ多い」
「私は芸能人か何かかしら?」
苦笑いを浮かべて俺はそう言った。
そして、今読んでいるラノベを読み終えて、続きを借りる。
少し早いが、俺達二人以外誰もいな図書室を締めて、今日は小山さんと二人で帰った。
最近読んだラノベ。アニメ。この世界に転生して、アニメを見ていないことに気づいたので、小山さんにオススメを聞いて、別れる少し前まで、楽しく話していたのだが。
「あ、あれは」
「え?」
「妖魔」
電信柱の影に張りついているリンゴサイズの白い芋虫のような妖魔を見つけた。
なので、俺が木製の札をポケットから取り出して、駆除しようとすると。
「こ、殺しちゃうんですか?」
「ええ、そうよ?」
「ど、どうしてですか?」
そう言われて、少し考える。
妖魔を再度見ると、瘴気を出して人の心を惑わせるタイプだ。
放置しておくと、心を惑わされた人間が事件を起こす可能性がある。
「この妖魔は、人の心を惑わして、事件を起こさせるタイプ。だから、今のうちに殺さないと、本来は事件を起こさない人間が事件を起こしてしまうわ。その人の人生が滅茶苦茶になるのを防ぐために、殺すのよ」
「…………そ、そうですか」
「それに」
「え?」
「もしも、小山さんが、この妖魔が原因で事件を起こしてしまったら、私は多分自分を許せなくなるわ。だって、自分が見逃したのが原因で。小山さんが罪人になるのよ?」
せっかく知り合ったのに、そんなのは嫌だ。とハッキリ言うと小山さんは嬉しそうな表情をした。
妖魔を手早く札で処分して、それから少し歩いたところで小山さんと別れた。
しかし、妖魔を殺す理由ね。
昔は、貞操の危機だったから、がむしゃらに退治していたけど、今なら無害ならば、放置で良いと思っている
そんな妖魔は存在しないから、妖魔は見つけ次第退治するしかない。
妖魔は言ってしまえば、危険な外来種だ。
しかも、とびきり危険な。
俺はそう心の中で、再確認した。