天乃命 六月下旬 6
「呪いね」
「しかも、藁人形系ですか」
秋島先輩、葉山さん、夏影さん、瑠瑠が合流して、坂折さんと何をしていたのか聞き出した。
俺が感じた坂折さんの気の乱れは呪いが原因だった。
空城は坂折さんから相談を受け、坂折さんの呪いの解除しようとしていただけらしいが、異性の胸(正確には心臓だが)に触れていたので有罪判決が出て、現在部屋の隅っこにボコられてぐったりしている。
「微妙に厄介ね」
「元を断たないと、解呪しても何度でも呪いをかけられますからね」
「藁人形の呪いって、そんなに厄介なんですか?」
右手を挙げて、質問をする葉山さんに夏影さんが説明をする。
「呪われた道具とかで偶然呪われてしまった場合は、解呪してしまえば問題ないわね。まあ、解呪が難しい場合が多いけど」
けれど、藁人形みたいに簡単に道具が揃えられて、素人でもその怨みの強さによっては呪いをかけられる呪いは一度や二度、解呪しても直ぐにまた呪われてしまう。
呪詛返しを身に付けさせて、呪いを返すことも可能だが、相手が素人でなくプロだった場合。
相手も呪詛返しを使い、更に追加で呪いをバカスカ送ってきて、物量で押してくる可能性がある。
この世界では、呪いも立派な犯罪だが。確たる証拠がなければ逮捕が難しい。
「幸いまだ呪いは小さいものだけど。ねぇ、坂折さん、呪ってきている相手はわかる?」
「分からない。でも、父ではないと思う」
「なぜ、父ではないと?」
「匂いが全然違うから」
秋島先輩の問いに坂折さんがそう言った。
俺が匂い? と疑問に思うと、秋島先輩が坂折さんの特殊能力を教えてくれる。
坂折さんは、気の匂いの違いがわかるらしい。
気は生命エネルギー。匂いなんて、と思ったが。
気の残滓を調べる道具があるし、気の成分といったらおかしいけど、そういうのがわかる人間がいてもおかしくはないか。
気については、現代科学でもほとんど解明されていない。
オカルトの分野でもだ。
俺は気の匂いは分からないが、気の気配の違いは多少は分かる。
もちろん、あからさまに特徴のある気だけだが。
大量殺人を行った退魔師と偶然交戦したときは、相手の血生臭い気に嫌悪感を抱いたこともある。
あ、実際に匂いがするわけではない。雰囲気だ。
見た目でヤバイ感じがした。
後は、身近にいる親族などだろうか?
実家にいるときは、少し離れた場所にいる、親戚の退魔師の訓練しているのが分かるときがあった。
「うーん、じゃあ、空城に坂折さんの呪いを解かせましょう。解呪経験があるようだし。その上で、呪いをかけている人物を特定する方法ね」
「呪詛返しは?」
「直ぐに用意できるわ。この後直ぐに退魔師協会へいきましょう」
で、この後坂折さんの呪いを徳子とになったのだけど。
まさか、本当に空城が呪いを解呪できるとは思わなかった。
「短い間だけど、俺は大和豪佐武郎さんに師事していたからな。こういうこともできるぜ」
「大和豪佐武郎ですか」
大和豪佐武郎。ある意味日本で一番知られている有名な退魔師だ。
五十代の漢臭い男だとか。
俺は直接あったことはないが、二十年前に褌一丁で、脅威度Aランクの妖魔とBランク妖魔五十体撃破した強者だ。
もちろん、AやSランクの退魔師なら、戦いかた次第で、その数の妖魔を討伐可能だが、大和豪佐武郎は、己の肉体だけでAランクの妖魔を撃破したのだ。
気を一切使わずに、だ。
いや、少しくらいは使っただろう。という当時の報告を聞いた退魔師協会の幹部に、大和豪佐武郎が倒した妖魔を討伐に来た、退魔師協会のベテランAランクの退魔師でもあった部隊長と部下達はそろって気の使用を否定した。
その後も、生身で妖魔を倒す彼は、理解できない生物(化け物)と呼ばれるようになった。
そんな彼の本業は鍼灸師らしい。
退魔師は、副業だとか。
「そ、それじゃあ、師匠から教わった解呪を始めますけど・・・・・・」
「どうしたのかしら、メテオ」
「早く始めてください」
「あ、は、はい」
椅子に座り、上半身裸の坂折さんの右胸のやや上の部分に空城は右手のひらを当てているのだが、目隠しをさせられ、空城の左右には葉山さんと夏影さんがスタンバイしている。
呪い解呪の方法は、いくつか種類があるが。
今回は空城の気を流し込んで、呪いの核を破壊。
その後は、空城の気で穢れた坂折さんの気を空城の気で包んで体外引きずり出して、消滅させる。
少々乱暴ではあるが、繊細な気の操作が出来る空城なら問題ないだろう。
俺も空城の気の繊細な操作技術には、舌を巻く。
で、呪いを解除するために、空城が坂折さんの身体に気を流しはじめたのだけど。
「・・・・・・んっ、・・・・・・ふぁっ」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・メテっ、オォ・・・・・・」
時間が経つにつれ、坂折さんの表情と声がなまめかしいものになっていった。
空城が凄い汗をかいている。
葉山さんが空城の顔を無表情でガン見している。
夏影さんが空城のうなじを鷲掴みにした。
「はぁ・・・・・・はぁっ、あぁっ、・・・・・・メテオっ!」
そろそろ終わりが近いのだろう。坂折さんの表情に余裕が失くなり、呼吸が荒くなっている。
秋島先輩はニヤニヤしながら、空城達四人を眺めている。
瑠瑠は両手で見ないようにしているが、指の間からしっかりと見ている。
坂折さんの中にある呪いの核が徐々に崩壊していき、空城がそれを坂折さんの身体の中から抜き取ろうと準備に入る。
「あっ、……め、メテオ、駄目待っ」
「こ、ここで止めるわけには、――いかないっ」
その言葉と同時に空城は、坂折さんの身体の中にある呪いにトドメを刺すために多くの気を流し込んで核を消滅させ、穢れた坂折さんの気を纏めて坂折さんの身体の外に引きずり出した。
次の瞬間、空気が弾ける音と共に、坂折さんは空城の手を掴んで引き寄せ抱き締めるようにしながら、身体を激しき痙攣させ、声にならない悲鳴をあげた。
葉山さんと夏影さんの眼力が更に強くなり、空城は目隠しをしているが、悟りを開いたような表情をしていた。
解呪が終わり、俺は思わず呟いた。
「忘れていた。なんで、私は今ここで、解呪の許可をしてしまったのだろうか・・・・・・」
「あ、あはははは・・・・・・」
苦笑いの瑠瑠が、俺を慰めるように肩に手を置いて慰めてくれる。あぁ、癒しだ。
個人差はあるが、他者の気を身体に入れることに慣れていない場合、粗相をする可能性があることを俺はすっかり忘れていた。
俺は椅子とフローリングを拭くために、リビングから出て、タオルを取りに向かった。
「メテオはまだ目隠しとっちゃ駄目よ!」
「そうだよ。絶対駄目だからね!!」
「え、何でだよ! もう終わったあろう」
「――アンタの目玉、抉るわよ」
「あ、はい。分かりました」
リビングのドアを閉めて、空城達の騒がしい声が後ろから聞こえてきて、俺はしょうがない連中だと苦笑いを浮かべてしまった。




