天乃命11
旧校舎内に入り、俺は周りに敵の気配が無いのを確認して、アタッシュケースを開けて、中に入っている特別な符を腰のベルトのポーチに符を入れる。
この符は高性能爆弾並みの威力があるので、持ち歩く時は専用の封印を施されているアタッシュケースに入れて持ち歩くことが義務付けられている。
俺は符の封印を解いて、いつでも使えるようにしておく。
俺はゆっくりと慎重に旧校舎内を進んでいく。
途中人の形をした妖魔が数体出てきたが、全て一撃で沈めた。
小型犬サイズのナメクジの様な妖魔も出てきたが、気の弾丸で迎撃。
何故足止めにもならない弱い妖魔を少数送ってきているのか分からないが、今は進むだけだ。
一階から三階まで、全ての教室とトイレを確認。何もいないか、妖魔が襲ってくるだけだ。
そして、四階に上がったところで、ようやく小山さんの気配がした。
「…………小山さんの気配だけ?」
不思議に思いながらも、気配のする方へと足を勧めると、
「屋上か」
俺が一歩足を踏み出した瞬間。旧校舎の外からかなり強い妖魔の気配を感じた。
旧校舎の窓から、俺は外を見る。
数秒、窓の外を眺めて、妖魔の力。妖力の残滓を確認。
恐らく、空城達が学校内に入ろうとして、上級妖魔が作った空間へ引きずり込まれたのだろう。
人質回収は、難しくなったな。
「夏影さんの実力なら、生きては帰れるはずだ」
それと未知数だけど、空城もなかなか強いはずだ。
今は、小山さんを優先しよう。
俺はそのまま四階から屋上へと進んでいく。
屋上への階段を一歩上がるごとに、妖力が俺の身体に張り付いてきて、不快感だ。
「ここか」
俺は屋上へと続くドアを目の前にして、心を落ち着かせる。
正直、小山さん以外どうでも良い。
家の調査員から、小山さんが中学生時代虐めの対象になっていたのはほぼ間違いないらしい。
記憶を消せても、当時の虐めグループのSNSやメールの内容が少なからず残っていたらしい。
ウチの調査員は本当にいつも助かる情報をくれる。
後で、個人的にお礼をしておかないと。
……さて、行くか。
「お邪魔するよ、小山さん」
屋上へ続く扉のドアノブを掴んで、俺は堂々と屋上の扉を開けて進んだ。
まず、最初に視界に入ったのは、以外と綺麗な夜空だった。
そして、屋上の中心で、その夜空を眺めている小山さんの横顔だった。
俺が買ってあげた服を着て、古い赤茶色のハードカバーの本を左手で胸に抱いている。
「来ちゃったんですね、天乃さん」
「大切な友達だからね」
小山さんが俺を見た。
その目は、怒りと憎しみと悲しみが入り混じっていた。
過去に何度か見たことがある。
悪いことばかり身に降りかかり、立ち向かうことも、振り払うことも、逃げることも出来なくなった人間の目だ。
「天乃さんの小学生の夏休みって、どんな風に過ごしましたか?」
小山さんの問いに疑問が浮かんだが、俺は少し考えて。今世の夏休みの出来事を教える。
「一族の十二歳以下の女児を集めて集団で保健体育の勉強会が行われて、内容が濃すぎて私は泣いて逃げた」
「…………え?」
「実技ありだ」
「…………ほ、本当ですか?」
「ああ、叔母夫婦が、私達の目の前で性行為を行なった」
「……話には聞いていましたけど、凄いですね。天乃家って」
悪夢とも言える小学生時代。
ある程度、女の身体に心が引っ張られていても、元男だ。
男への嫌悪感がある為、小学生時代はその手の話が家族から出る度に俺はひたすら逃げた。
中学生時代は、一族の女は一族の男性(希望すれば一族以外の男性も可)と性行為を行ない。さっさと処女を捨てさせられかけた。
大抵の一族の女の子は好きな相手がいて、初めての相手は女の子の希望が叶えられるので、問題はないのだが、俺の場合は前世が男だ。
好きな奴なんて居るわけがない。
その手の話題が出ると、その度に全力で逃げた。
「退魔師の家系だからね。一般的な家庭とはやはり違う」
「そうですか……、でも家族との思い出があるんですね」
その言葉に、俺は口を閉ざすしかなかった。
俺の両親は確かに、性的に問題がある、でも愛情を注いでもらっている。
小山さんの表情が段々と無くなっていく。
「私は要らない子だったんです。勉強も運動も出来ない。だから、お父さんもお母さんも、弟も妹も、私を無視するんです。しつこく話しかけると殴るんです」
慰めを言いそうになったが、俺はまずは確認することを優先した。
聞き終わったら、しっかりと小山さんと話をしよう。
「……義務だから聞くけど、行方不明者が出ているけれど、小山さんが関わっているの?」
「……ええ、私が攫いました。今は、妖魔の栄養として気を吸うタンクにしています」
「五体満足?」
「はい」
小山さんの言葉を聞いて、俺は一つ頷き。
小山さんに笑顔でこう言った。
「なら、問題ないわ。今回の被害者には示談で纏めましょう」
「……え?」
「小山さん」
「は、はい」
戸惑う小山さんに俺は、俺の考えを伝えた。
「妖魔と縁を切りなさい。後は私が始末をつける。小山さんは今後は私が用意した家で暮らしなさい」
「な、何故ですか?」
「ん? 何が?」
俺が首を傾げると小山さんが、分からないという表情で叫んだ。
「わたしは! 妖魔を使って人を攫ったんですよ! 何故そんな平気な顔を出来るんですか!?」
「目の前にいる、大事な友達が困っているから、助けようとしているだけだよ?」
俺は小首を傾げる。
チート能力と思われる戦闘力。更に家の権力。
使えるなら使うに決まっているだろう?
それに虐めグループと小山さんの家族に関しては、「ざまぁ、みろ!」という感情しかない。
因果応報。寧ろ五体満足で命があっただけマシだ。
命があっても人の形をしていない場合も妖魔の事件では珍しいことではない。
「…………なんで、天乃さんはそんなに優しいんですか?」
「優しくないよ? 身内にだけ優しい」
そして、「その身内に小山さんも入っているから助けるだけ」と、俺は小山さんに言った。
「どうして……」
「ん?」
「どうして私は後一週間早く、勇気を出して天乃さんに、話しかけなかったんでしょうね」
「それは、どう言う意味?」
俺が小山さんに問いかけた瞬間、小山さんの左腕に抱えていた赤茶色のハードカバーの本から禍々しい、紅い妖力が溢れ出た。
「その本を捨てなさい!!」
「もう遅いんです」
赤黒いオーラが本から溢れだして、小山さんに纏わり付いていく。
俺は即座に小山さんめがけて、突撃した。
最大出力で、あの本を消滅させる。あの本は恐らく、妖魔だ。
「――消えろぉっ!!」
咆哮、俺の拳の一撃は確かに赤茶色のハードカバーの本に叩き込まれるはずだった。
「『効かないぜ、天乃のお嬢ちゃんよ』」
「くぅっ?!」
本を掲げて、まるで盾の様に俺の拳を防ぐ小山さん。
小山さん表情が、雰囲気が、そして小山さんの口から聞こえてきたのは、五十台くらいの男の声だった。
「ぐぁっ」
拳がはじかれて、俺は小山さんから距離を取る。
「『いやぁ、三百年ぶりに目覚めたら、世界は大分様変わりしているから驚いたよ』」
「……お前は誰だ」
「『んー、さぁ、名前は忘れたなぁ』」
そうか、ならば。
「とっとと、小山さんの中から出て行け、妖魔」
「『そいつは無理な相談だな。約束したんだよ』」
「約束?」
「『そうだ。このお嬢ちゃんの身体を貰う代わりに、お嬢ちゃんの願いを叶えないといけないだよ』」
「その願いは?」
俺の問いに、小山さんの身体を乗っ取っている奴は、笑いながら謡うように言った。
――殺したい奴等を全員徹底的に苦しめて殺す。
そう小山さんの身体を乗っ取った奴は、ヘラヘラと小山さんの顔で笑いながら言った。