天乃命10
道具が家に到着したのは午前四時半過ぎだった。
寝ている時に連絡がきて、少し驚いたが。退魔師は深夜でも起こされるので、問題なくマンションの部屋まで届けられた道具受け取る。
道具の形状を説明すると、フルフェイスのライダーマスクにコードが付いていて、そのコードの先には入れた物の気の残滓を調べる鉄製の箱がある。
手作り感が凄いな。
まあ、使えるなら問題ない。
使い方が紙には、鉄製の箱に気の残滓が付いた物を入れて、ヘルメットを被って、俺が気をヘルメットに送ると道具が動きだす。
その後は、サイコメトリー? のように気の残滓を辿って、探している人がいる場所が分かるらしい。
そして、副作用は……身体が火照る、性的に。
……これを作った一族馬鹿だろう。
とはいえ、現状でこれを使わないという選択肢はない。
鉄の箱に小山さんに貸した服を入れて、その後ヘルメットをかぶりベッドに横たわる。
そのまま、気をヘルメットに流し込んで、
「ぐっ」
ズギンと頭に鈍い痛みが叩き込まれ、まるで幻覚を見るかのように小山さんの見た光景と声が聞こえてきた。
『どうしよう、こんな可愛い服、わたしには似合わない』『あ、良い匂い』『この服も可愛いな』『天乃さん、かっこいいなぁ』『天乃さんの手、思ったよりゴツゴツしているけれど、なんかだが安心する』『天乃さん』『ど、どうしよう、天乃さんに服を買わせちゃった』『天乃さん、ゲーム上手い』『え、映画なんて初めて来た。凄くドキドキする』『天乃さんの横顔綺麗』『天乃さんの手が! 肩が!』『帰りたくないな』『またね、天乃さん』
「――ぁっ?! くぅっ」
俺は思い切り咳こんだ。
そして、同時に身体の奥から湧き上がってくる熱にやられそうになる前に、即座にヘルメットを脱いで、浴室に走った。
服を脱ぐ時間も惜しい、というかこれ以上皮膚を刺激したらそこでおしまいだ。
下手したら、動けなくなる。
俺は水のシャワーを全開にして、頭から思いっきり冷水をかぶって気付け代わりに自分を落ちつかせた。
後で聞いたが、この道具を使って身体が火照る度合いは、探し人をどれだけ想っているかで効果が大きくなるようだ。
それだけ、俺は小山さんのことを想っているということで、少し気恥ずかしくなったが、この時は、必死で歯を食いしばり、冷水シャワーを5分ほどだろうか、浴びて身体の火照りを冷ました。
「小山さん、服を脱いで紙袋を持っていた状態でも、ここまで気の残滓が濃くなるほど、強く貸した服に執着していたんだな」
友達が貸してくれた初めての服と初めてのプレゼント。
家族から向けられたことがほとんどない愛情。
「行こう。小山さんの元へ」
居場所は分かった。
小山さんは、自分が通っていた中学校の旧校舎だ。
俺は制服に着替えて、家を出る。
戦装束は纏わないことにした。妖魔を舐めているわけではない。
ただ、俺の目的が妖魔の討伐ではなく、小山さんの保護。それと全力で戦えば、小山さんを撒き込むからだ。
後は空城達にも連絡を入れる。
行方不明者の救助は彼等に任せことにした。現地で合流できるなら合流して駄目なら先に行く。
「これで、良し」
俺は道具を入れたアタッシュケースを手に小山さんが通っていた中学校の旧校舎へと向かった。
深夜の街を気で身体を強化した状態で走る。
スマホで地図を確認しながら、全力で。時には忍者の様に家の屋根を飛びながら、駆け抜けていく。
足場のことを考えての速度だったけど、三十分も掛からずに俺は小山さんが通っていた中学校の旧校舎に辿り着いた。
旧校舎は木造ではなく、コンクリートではあるが、かなり老朽化しているのが外からでも分かった。
それと旧校舎には認識をずらし力が働いていた。
この力があるのにもかかわらず、ここまで気の残滓を辿れたということは、あの道具がかなり高性能だということが分かった。
多分、道具の影響で俺の感覚も鋭くなっているのだろう。
俺は旧校舎の正面からではなく、裏口の扉から入ることにした。
あまり得意ではないが、気配を出来るだけ消して、俺は旧校舎の裏口の鍵を気で無理やりこじ開けて、旧校舎内に入ろうとした直後。
――ドゴッ! と鈍い音が辺りに響く。
俺の顔面を真っ白なのっぺりとした顔の人形をした妖魔が殴りつけてきた。
一般的な人間なら、顔面が潰れている。けれど、俺にダメージは無い。
気を使った身体強化、それと合気の技術を多少は使える。
打撃攻撃を受け流すこともある程度は出来る。
まあ、今回は単純な気での身体強化だけで、ダメージは無いが。
「消えろ」
左手に気を込めて、妖魔の腹を殴りつける。
妖魔は「グァッ!」という、呻き声を上げて、後方にぶっ飛んで動かなくなった。
昔は力加減が出来ず、妖魔の身体を粉砕して、俺は妖魔の体液塗れになり、生臭くて死にそうになるので、俺は必死に力加減を覚えた。
「あ、手袋するの、忘れてた」
俺は左の拳が妖魔の体液でぬるぬるに、なっていることに気づいて、小さくため息をついた。
いくら手加減しているとはいえ、肉を思い切り殴れば肉が潰れる。体液が滲みでる。
仕方が無いと、割り切るが不快感が残るので、俺は用意していた使い捨て用に購入したハンカチで左手の拳を拭い、気を取り直した。
「まずは、一階からしらみつぶしだ」
俺は小山さんを保護するために、旧校舎へと足を踏み入れた。
この時、俺は自分でも思った以上に心に余裕が無かった。
普段なら、殴った妖魔に違和感を覚えていたはずだ。
この時、手加減して殴った妖魔の口から、妖魔の中身が出ていなかった。
妖魔は生物だ。内臓がちゃんとある。腹を破らない。けれど、死ぬほどの力で殴れば口から色々グロ映像的なモノが出てくる。
そのことに気づいていれば、この後起こる災難を俺は回避できたはずだ。
けど、俺はこの時、それに気づかずに進んでしまった。




