空城隕石3
「七海ちゃんとメテオ君は覚悟だけはしておいて」
理事長室に招集された日の放課後、俺達が部室へ入ると、先に来ていた部長の秋島先輩が真剣な表情で、そんなことを言った。
「覚悟ってどういうことですか?」
「人を殺す覚悟よ」
「は?」
七海の言葉に俺も彩も驚く。
どういうことだよ。なんで人を殺す話に? と思った直後、俺は思い出す。
退魔師は、人を殺すこともある。
「小山さんが、妖魔に従っていた場合、ですね」
「そうよ、彩ちゃん。それと彩ちゃんも護身用だけど、色々持ってもらうからね。前には出ないけれど、妖魔に襲われる可能性もあるから」
「はい」
妖魔に与した者は重罪だ。日本では警察が人へ発砲することは無い。
けれど、妖魔に与した人間だけは別だ。射殺しても非難されることは少ない。
過去に起こった妖魔による大規模な被害が原因だ。
人々は異形の恐ろしさを知っている。
「天乃さんは大丈夫でしょうか?」
「退魔師、暫定Sランクでもある。問題はないと思いたいわね」
部長の言葉が耳に残った。
この日の部活での鍛錬を終えて、俺は彩と七海と三人で天乃さんの家に向った。
短い付き合いだけど、やはり心配になったからだ。
正直なところ、俺達と天乃さんの仲はそこまで深いか? と聞かれると違うと答える。
なんというか、天乃さんが俺達に付き合ってくれている。そんな感じだ。
だから、心配して様子を見に行くのは余計なお節介かもしれない。
けど、俺だけではなく彩も七海も天乃さんを心配している。
迷惑かもしれないけどな。
「デカ」
「うん」
「まあ、天乃家ならこれくらいは。寧ろグレード的には低い方だと思うわよ?」
目の前にある十階建てのマンションを眺めながらも、七海もお嬢様だったな。と思いだした。
中学時代に何度か七海の家に行ったことがあるが、七海の家も結構大きさだったが、天乃さんの家の方がデカイのかな?
「ほら、行くよ」
「あ、ああ」
七海が物おじせず、マンションの一階のエントランスへ。
七海が備え付けのインターホンを使おうとした時、ちょうど誰かがエレベーターから誰かが出てきた。
「あっ」
「ん?」
「天乃さん」
「貴女達どうしたの?」
出てきたのは、「こんな所で?」、と少し驚いた表情の私服の天乃さんだった。
「そう、心配して来てくれたんだ」
「迷惑だった?」
マンションの一階のエントランスでバッタリとあった俺達、天乃さんが不思議そうな顔をしていたので、七海が「心配だから来た」と言うと、初めて天乃さんがビックリしている顔を見た。
直ぐに、天乃さんは俺達を自宅へ招いてくれた。
俺達はリビングのソファに座り。紅茶とクッキーの準備を終えた天乃さんがソファに座ったところで、俺達が天乃さんの家に来た理由を説明すると、少し嬉しそうな表情で天乃さんはそう言った。
「ううん、正直なことを言うと、有難いわ。さっきまで瞑想をしていたけれど、まったく集中できなかったし」
「小山さんのこと?」
「うん、妖魔に操られている感じは無かった。となるとやっぱり」
少し、部屋の空気が重くなった気がした。
しばらくして、七海が口を開いた。
「小山さんが黒だったら、どうする?」
「私がけじめをつけるわ」
七海の言葉に天乃さんは即座にそう言った。
けれど、天乃さんの表情を見て、俺は心が痛んで天乃さんに言った。
「そんな顔でけじめをつけるなんて言うなよ」
「え?」
「そんな、悲しい顔で友達にけじめをつける。何て言うなよ」
俺の言葉を聞いて、天乃さんが自分の顔に触れる。
数秒後、小さく息を吐いた天乃さんが俺に言った。
「数日もすれば、小山さんの居場所も分かるはずだ。小山さんが抵抗しなかったとしても、小山さんが今回の行方不明者と妖魔が増えた原因と関わっているのは間違いない「そういうことじゃなくてさ」」
俺は天乃さんの言葉を遮る。天乃さんは俺を睨みつけてくるけど、俺は言った。
「天乃さんは、暫定Sランクなんだよな」
「そうだけど?」
「何で助けに行かない?」
「…………」
俺の言葉に、天乃さんは黙りこむ。
何かに耐えるように、両手をぎゅっと握りしめる。
「天乃さんにとって、小山さんは友達なんだよな」
「ええ、そうよ」
「なら、確かめに行こうぜ。その上で助けよう。理事長達が動きだす前にな」
俺が言った瞬間、七海が爆発した。
「ちょっと待ちなさい。アンタ何言ってんの!?」
「暫定でもSランク、それと俺の切り札。もしもAランクの妖魔が出てきても、行方不明の人達を助けて帰ってくることくらい出来るはずだ」
「た、確かにアンタのアレを使えば」
チラチラと七海は天乃さんの方を見て、天乃さんはじっと俺を見つめている。
「簡単に言うけれど、そもそも小山さんの居場所も、妖魔の居場所も分かっていない。それ以前に敵にどれだけの戦力があるのか分からずに、良く行方不明者を救助できるって言えるわね」
「あー、それについては、あたしがメテオの切り札のことを知っているので言わせてもらいますが、十分可能かなって」
「……それ、夏影家の名前に誓える?」
「はい、メテオは過去に救助で活躍しましたから」
俺の力を使う時のことを思い出しているんだろう、七海の頬が少しだけ紅くなる。
つられて、俺も頬に熱を感じた。
「…………フィーリングって言えばいいのかしら」
「はい」
「小山さんって、昔の私に似ている気がするの、だから友達になりたいって思ったし、助けに行きたいって思っていた。けど、昔勝手な行動をして失敗しているの」
「それは……」
「重傷者が出た。結果的に死亡者は出なかった。周りも褒めてくれた。けれど、妖魔絡みで勝手な行動を取ると、妖魔は警戒する」
「でも、行動しなかったら、更に被害が出た可能性も」
「ええ、私も分かっているわ。でも、やっぱり駄目ね。我慢できない、私は小山さんを助けたい。会って何があったのか話しがしたい」
天乃さんは俺達を見た。
ソファから立ち上がり、頭を下げた。
「力を貸して」
俺達は「もちろん」と頷き、その後天乃さんの提案で連絡先を交換した。
やったぜ!
「そうだ。せっかくだから退魔部のSNS作るか」
「あ、良いわね」
俺がそう言うと、七海も賛成して彩も頷いた。
天乃さんを見ると、笑みを浮かべて頷いて、直ぐに何かを思い出したかのような表情をして、少しだけ迷いながら天乃さんは言った。
「小山さんも、仲間に入れたい」
その言葉に、俺達はしっかりと頷いた。
この後、俺達は小山さんを探す方法について話し合った。
部長、秋島先輩でも見つけられない隠蔽能力。
天乃さんは戦闘に特化しているので、近くに隠れているなら見つけられるかもしれないけれど、探索は苦手だと言っていた。
小一時間ほど、みんなで考えても駄目だったので、今日は一度解散することになった。
「何かあったら、連絡する」
「うん、それじゃあね」
「天乃さん、お休みなさい」
「天乃さん、明日また学校で会おうぜ」
それから俺達は三人で、駅へ向かって歩く。
「何だよ」
「ん、いや、その……さ」
その途中、七海がチラチラとこちらを見てきたので、声をかけると気まずそうに七海が言った。
「あの力、切り札を使うのって結構大変でしょう
」
「ま、まあな」
七海の言葉に、俺は切り札を使う前の必要なことを思い出して、恥ずかしくなる。
彩も思い出したのか、無言になる。
「じゃあ、使う時は声をかけなさい。天乃さんを毒牙にかけちゃ駄目だからね」
「やらないよ! たぶん、そんなことになったらぶっ飛ばされるわ!」
「でも、メテオ君だし……」
え、何その疑いの目は。俺、何かしたっけ?
「そう言うところで、無自覚なのよ。コイツは」
「しかも、流れるように、そういう状況になるから、困りまるよね」
二人がなんの話をしているか分からないが、俺は大人しくしておいた。
余計なことを言っても、怒られるだけだと分かっているからだ。
「小山さん、早く見つけないと」
「そうよね。せめて、事情だけでも聞かないと、ね」
「うん、私もお母さんみたいな人、もう見たくないから」
それから、俺達はなんとなく三人で手を繋いで歩いて帰った。
翌日、クラスメイトの斎藤と香川と三島に「おい、両手に花とは良い御身分だな」と俺が真ん中で、彩と七海と手を繋いで帰っているところの写真を見せられ、クラスメイトの男子達とリアルファイトが開催された。
幼馴染と手を繋いで帰っただけだろう! という主張は聞き入れてもらえなかった。




