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7/8

足枷

 学校にはいい思い出がない。そう、この不細工な顔立ちせいだ。どこへ顔を出しても、顔、特にこの突出した前歯をイジられる。これと言って学校ヒエラルキーについてのアドバンテージを持っていない、つまりは短所しかない俺が舐められるのは、仕方のないことなのかもしれない。そんなことを考えながら学校へ行く俺の気持ちを想像してみてほしい。刑務所の囚人の足枷の方がまだ足取りはきっと軽い。

 朝、机に着くと、突然「おい」と声をかけられた。顔を上げるとそこには、唯一の友人まっつんの顔があった。

「聞いたか?そーちゃん、今日転校生来るんだってさ。」

「ふーん」

ふーん。思うと同時に言葉が出た。

「なんだよ、どうでもいいのかよ、そーちゃん以来の転校生だぜ」

「いや、マジでどうでもーーーー」

チャイムに遮られた。クソ教師が入ってきた。

「じゃあ、また休み時間な」

まっつんは、そう言って自分の席の方に戻って行った。まっつんが戻って着席をするのを確認する前に俺は顔を伏せた。教師の声が響く。

「えー、転校生を紹介する」

ざわつく教室。静かにしろ!と怒鳴る教師。----俺が来た時もこんな風だったか。「転校生」というつまらない学校生活に多少のスパイスを加えるワードには興奮せずにはいられないのだろう。俺が教室に入ってきた瞬間に微妙な顔をするクラスメイトの顔は今でも覚えている。-----

「いいぞ、入ってこい」

教師の声で我に返った。同時に人影が教室に入ってきた。

 その顔をちゃんと見る間もなく突然五感が全て遮られたような感覚に陥った。忘れもしない。あの地獄のような日々。ここに転校する前にいたところ(学校というよりはサファリパークに近い)、その場所で俺を貶めた連中がいる。その中心的人物「伊西 涼成」。奴だ!

「じゃあ、空いてる席は…」

まさか!

「じゃあ、そこ、側野くんの隣ね。彼まだ、教科書買ってないから、側野くん、見せてあげてね。」

頭が真っ白になった俺の隣に、奴がやってきた。隣で奴が椅子に座る音がした。そして、視線を感じた数秒後に声が聞こえた。

「側野くん?」

声を聞いただけで、一瞬体が震えるような気がした。君付けなのは、どういうことだ?しかし、こいつのことだ。きっとこれもイジメの第一ステップなのだ。

顔を上げないままでいる俺にまた奴が話しかけてきた。

「側野くん?教科書見せてくれないかな?」

正直、憎しみはピークにあった。だが、それ以上にあの日々に植え付けられた恐怖が上回っていた。だから、こう答えるしかないのだ。

「あ、うん、僕ので良ければ」

休み時間になった。授業は全くもって集中できなかった。隣に親の仇よりも憎い奴がいたのだ。これ以上の恐怖体験はない。

「なあ、大丈夫か?」

まっつんの声がした。

「ああ、大丈夫だ。」

声は震えていたかもしれない。

「ちょっと、ト、トイレに行ってくるよ」

席を立ち、フラフラと教室を出た。まっつんにこの顔は見られたくない。背後から、まっつんの心配そうな視線が刺さる。

 トイレ入り口に立つと、中から声がした。複数人グループが中に屯っているのだろうか。日常的なことだ。今更、気にとめることではない。特に今日は、そんなどうでもいいことを考える気分でもないのだ。気持ちを落ち着かせてさっさと教室に戻ろう。しかし、俺は一つの可能性を考えるべきだった。

「おお!側野くん!さっきは教科書を見せてくれてありがとう!」

立ったまま死んだかのように、俺の足は止まった。

ありがとう?こいつがそんな言葉を使うのか?俺の頭は混乱した。お詫びもしないで普通に過ごせると思っているのか、こいつは?俺の青春をぐちゃぐちゃにしたお前が?感謝の言葉、そしてその媚びるような口調、全て裏返して俺をまたいじめるに違いない!混乱はやがて憤怒に変わり、思考がまとまる前に、手が出ていた。

右フックで顎に一発入れ、髪を掴んで便器に頭を数回打ちつけた。飛び散る血。悲鳴が周囲から聞こえる。最初は抵抗を見せた奴は、もはやぐったりしていた。腕が上がらなくなったので、手を離しその場に寝転んだ。目の前には赤くなった痙攣した奴の体がある。

 やってやったぞ。

 後悔はない。むしろあるのは一種の達成感だ。教師の声が聞こえてきたその瞬間、俺は意識を失った。


 目が覚めると、病院のベットの上にいた。一瞬で起こった出来事が思い起こされた。意識を一度失ってもなおまだ、達成感で満ち満ちていた。ニヤリと笑みを浮かべた。突然、看護師のような服装をした女性が入ってきた。俺の顔を見るなり、驚いた様子を見せ、後ずさるように誰かを呼び行ったようだ。どうやら本当に看護師だったようだ。

 間もなく、中年の小太りの男性がやってきてベットの脇の椅子に腰掛けた。彼は刑事を名乗った。

「奉太くんだね?君は自分が何をやったか覚えているかい。」

「はい、もちろん」

「では、いろいろ話を聞かせてもらおうか。まず、転校生横川くんとのの関係は?」

は?何を言ってるんだ?横川?誰だそれは。

「誰のことを言っているのですか?」

「誰って、君が殴りかかって便器に頭を打ちつけたそうじゃないか!」驚いたように怒鳴るように、刑事は声を荒げた。

「え、伊西 涼成じゃ…」

「今日は一旦やめにしようか」

俺が動揺する様子を見て、刑事は帰って行った。

 突然、受け入れ難い事実を伝えられた。俺は全くの別人を殴りつけたのか?俺が?そんなはずはない!奴は間違いなく奴だった!俺は…俺は…転校生をちゃんと観察していない?

 よくよく考えてみればわかることだ。俺は、転校生の顔を教室に入った瞬間にしか見ていない。それ以降恐怖で顔を上げれていないのだ。声もよく似ていた。だが、声が似ている人間なんてたくさんいる。もっと冷静になれていれば!

 このことに気づいてようやく落ち着いたのは事実を突きつけられての5時間後の夕方だった。

 俺はこれからどうなるのだろうか。


 半年後、判決が下り、俺は少年院に来た。どうやら、責任能力あり、と判断されてしまったらしい。正気を取り戻した俺はただの青年だった。横川くんは一命を取りとめたらしい。しかし、俺のことを許しはしないだろう。横川くんだけじゃない。この社会そのものが俺にとっての逆風になってしまったようだ。

 俺は、非常に大きな後悔の中にいる。少年院での日々を送って思ったことは、学校はここよりはいい場所だったということだ。今の時代は、足枷なんてつけない。しかし、足枷よりもずっと重い何かが足にしがみついている気がした。


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