プロローグ
「……結局のところ、殺しあいか」
そう呟いたのは薔薇色の少女だった。
きめ細やかな肌にそう逞しくもない細腕。零れる巻毛はゆるやかに腰のあたりを揺れ、瞳は透き通るような空色だ。花を意匠にしたドレスが、これ以上なく似合っている。
一見して万人が認めるであろう美少女なのだが、その言葉遣いはむしろ男性のものに近かった。
「おや、陛下は殺しがお嫌いですか」
返したのはすらりとした立ち姿の青年だ。
肌も白ければ髪も白い。唯一目だけが、血のように赤い。
「好きなものか。気狂い兎でもあるまいし」
「しかし彼がなくばこの国の被害はより甚大なものになっている」
青年は皮肉気に口端を持ち上げながら言う。
「陛下、赤の国の住民たちは多くが刈られました。もう限界だ。皆が“彼女”を待ち望んでいる」
「……シンデレラ、お前はどう考える」
陛下と呼ばれる少女の視線が、別の女性へと移った。
白いドレスに金髪を結い上げた娘が、肩を竦めてみせる。
「あたしは時計兎の言うことももっともかなあって思うわ」
「俺は反対だ」
黒衣の青年が即座に言った。
「呼べない。呼べるはずがないだろう。“彼女”はまだ消えていない」
「チェシャ猫、ならば君は”彼女”がどこにいるというのです? この状態の国を棄ててオズについたとでも?」
「ふざけたことを言うな……!」
敵意を剥き出しにして睨み合う時計兎とチェシャ猫に冷たい視線をくれ、女王はため息をつく。
そして場で唯一の子供に聞いた。
「ピーター、お前は」
緑色の服を着た利発そうな少年が、ぴくりと顔をあげた。
「お前はどう考える」
ゆっくり問われた内容に、ピーター・パンは声変わり前のボーイソプラノで答えた。
「呼んでほしいよ、女王様」
「それが最後の手段とわかっていても、か」
「……ネバーランドはオズの勢力との国境だよ。僕は自分の民を守りたいもの」
守りたい。
その言葉に皆が沈黙した。
それはこの場にいる者共通の願いだ。
「陛下、御決断を」
時計兎が女王を見上げる。
鮮やかな玉座だ。座る少女がよりちっぽけに見えるほどの、壮麗な王座。
「……反対だ。今はまだその時ではない」
「あたしは女王陛下の御心のままに。どちらの決断であっても、ね」
「僕も女王様の言うとおりにする」
女王は王座の手摺りを指が白くなるほどに握る。
見上げてくる家臣たちの瞳をひとつひとつ見返し、やがて決断した。
それは異世界への道を開くということ。
命に限りある者を、この戦争に巻き込むということ。
でも、それでも――
「――“アリス”を呼ぶ」
そして物語の扉が、開く。