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雫、あのね  作者: やきにく
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13.二人の雫

 どうしたら、未来の雫を止められるんだ。このままじゃ、真おじさんの命が危ない。


 玲児は爪が食い込んで血が出そうになるほど拳を強く握った。だけど、考えれば考えるたびに、思考の泥沼に溺れて無駄に時間を浪費していく。この間にだって、未来の雫は真を見つけてしまうかもしれない。


 その時だった。玲児のショートパンツのポケットから、小さな振動を感じた。誰かから着信が来ているようだ。


 玲児はスマートフォンを取り出して着信ボタンを押して耳に当てると、


「あー! やっと出たー!」


 さっきも聞いた、明るい女の子の間延びした声――だが、この声は現代の雫だ。一瞬未来の雫かと思い身構えてしまった。


「し、雫?」


「レイ、なにしてたのー? ずっと電話に出なかったから心配してたんだよ」


「ご、ごめん。それで、どうしたの?」


「実はね……」


 すると雫は、警察から電話が掛かってきて咲良が病院から抜け出してしまった事を教えてくれた。先に玲児から連絡が来てこうして探していたので、遅れた情報でしかないのだが。


 それでも、彼女の声を聞くうちに頭の中が落ち着いてきて、今起きていてることを整理できた。


 雫から連絡してきたのはちょうどよかった。まずおじさんのいる場所と安否を確認しなきゃ。


「雫、今、おじさんはどこにいるの?」


「え? お父さん?」


 珍しくきょとんとした雫の声。だけど、今はそれにかまっている場合じゃない。


「そう、真おじさん。今どこにいる?」


「まだ仕事中だと思うけど」


 よかった、今ならまだ大丈夫そうだ。だが、未来の雫もきっと真おじさんが仕事中なのは想定内だろうから、まずそちらに向かっている可能性が高い。今のうちにバスや電車で先回りできないものか。


「……レイ、あたしになにか隠してないー?」


 ぼそり、と雫が呟くように言って来た。まぁ、不自然だよなぁ、何の前触れもなくおじさんがどこにいるか聞いてくるなんて。


 少し、今回のことを話そうか迷った。あまりこっちの雫を巻き込みたくなかったからだ。だけど、真おじさんが絡んでいるのに雫が黙っているわけがないし――ひょっとしたら、未来の雫を説得できるかもしれない。


「時間がないから手短に言うよ」


 玲児は歩きながら説明を始めた。向かう先はバス停だ。


「咲良と会ったんだ。あいつ、記憶を取り戻したんだ」


「ホントに?!」


 スマートフォンの向こうで、雫がびっくりしたと同時にガタリと椅子が倒れるような音が聞こえた。ああ、映像通話にすればよかったかもしれない。


「どんな人だったの? 名前は?」


「……信じてもらえないかもしれないけれど」


 玲児は一度、未来の雫のことを明かそうか躊躇した。だけど、今の状況を説明するには避けて通れない道だ。信じてもらえないのなら、それまでだ。玲児一人で説得しに行くしかない。


「咲良は未来の君だよ」


「え……?」


 雫の言葉が瞬間冷凍したみたいに凍り付いた。きっと彼女の表情もそうだろう。

 たっぷり十秒ほど、玲児も雫も黙った。


「……未来のあたしって、どういうこと? 咲良は今、そこにいるの?」


「いない。そのことを説明すると長くなる。今は時間を無駄にしてる暇がないんだ。いい? これから俺は電車で研究所のある九十九浜に向かう。その間に雫のマンションの近くも通るはずだから、バスで合流しよう。あとできちんと説明するから」


「時間を無駄にって、なんでそんなにレイは急いでるの?」


「それも話すから。バス停で待ってて」


 それだけ告げて、玲児は一方的に電話を切った。これ以上話すときりがない。きっと疑問を抱えたままで不満に思った雫が怒ってくるだろうが、それでも未来の雫を説得できず、真おじさんも殺されるよりはマシだ。



 玲児は近くのバス停を利用して雫のいるマンションへと向かうと、果たしてマンション前のバス停でデニムスカートと白いシャツ姿の雫が、腕を組んで待っていた。ニュートラルな笑顔が消えて、眉をひそめて顔をしかめている。普段見せない表情なだけに凄みがあった。


 玲児はすぐ降りて雫に近付くと、彼女は一言、


「説明、出来るよね」


「もちろん。出来る限りするつもりだよ。ただ、駅に向かいながらね」


「どこに行くの?」


「おじさんの仕事先だよ」


 早足で駅へと向かう路地を歩きだした。その後ろから、雫もついてくる。


「ねぇ、なにが起きたの? 咲良が未来のあたしってどういうこと? どうしてお父さんの研究所に行くの?」


「何から話したらいいのかな……」


 はっきり言って、今起きていることは玲児にとっても現実の範疇外の出来事だ。その事態を雫に納得できるように説明するのは困難を極めた。


 それでも、駅に到着する頃には話すこともまとまって、ゆっくりと説明することが出来た。雫は、話の腰を折ったり変な茶々も入れることなく、真剣に玲児の話に耳を傾けていた。結局、話し終えたのは電車の中でだった。


 少しの間、沈黙が車内を覆った。下りの普通電車とはいえ、ほとんど空いている。玲児と雫が座っても、ちらほらと仕事帰りのおじさんが数人座ってまだ空きがある程だ。


 座席に座りながら、雫は両手を握りながら玲児を見つつ、ささやかに沈黙を破るように小声で言った。


「咲良……つまり未来のあたしは、この世界を救うために、お父さんを殺すためにやってきたっていうの?」


「そうだよ。信じられないかもしれないけれど……」


「……少しだけ、信じるよ」


「え――」


 意外だった。

 頭に来て、玲児の言うことを否定してくると思っていた。あたしと咲良をバカにしないで、とかマジギレして平手打ちしてきてもおかしくないことを、言ったのに。だけど、雫の顔にあのニュートラルな笑顔が戻ってきている。


「どうして俺の話を信じてくれるの?」


「なんとなく、咲良とあたしって似てるなってところがあったからだよ。波長がぴったり合うっていうのかな?」


 そういえば以前――初めて聖ジョージ病院に行ったとき、妙に趣味や嗜好が合うようなことを言っていた気がする。

 今思えば、あの時から雫は咲良が自分と同じ存在であったことを無意識に感じ取っていたのかもしれない。


「なるほどねーそりゃそうだよ、自分自身だもん。ナルシストじゃないけどさ。それに、レイがそんな深刻な顔して上手に嘘を付けるような人じゃないしねー」


「それ、褒めてるのかい?」


 でも、と雫は再び真摯な表情に戻して、

 

「あたしがお父さんを殺すわけないよ。ホイールがどんなふうに未来をめちゃくちゃにしたって、お父さんの命を奪うことなんて絶対にしない」


――……あたし、お父さんの研究のせいで、大切な人が死んで遊漁町が滅ぶところなんて、もう見たくない」


――だからあたしはどんな犠牲を払ってでも止めてみせる。あんな未来になんてゼッタイさせない


 未来からやってきたもう一人の雫の姿と声が、今ここにいる雫と重なり合う。


「俺だって、そう思うよ」


 だけど未来の雫は玲児に面向かって宣言したのだ。

 あの言葉もまた、まぎれもない雫本人ならば、彼女の考え方すら変えてしまうほど、未来の世界はひどいありさまなのか。


「ねぇ、どうやって咲良……未来のあたしを止めるつもりなの?」


「まず、先回りしておじさんのいる研究所に着かないといけないからね。後は……俺たちで説得してみるしかないよ」



 真の仕事先であるホイールの研究所がある九十九浜駅に到着したのは、未来の雫と別れて一時間ほど経った時だった。


 玲児と雫は、まっすぐ研究所に向かって走り出した。駅から研究所までは、徒歩で十五分ほどだ。


 玲児は一種、賭けている部分があった。もしも未来の雫が電車を使って先に研究所に到着して建物内に忍び込んでいたら、その時点でアウトだ。

 一度、雫は真おじさんに連絡をかけてみたものの、仕事中のためか、出ることはなかった。このまま避難させることはできない。直接、自分たちの手で未来の雫を止めるしかない。


「でも、お父さんの研究所ってとても厳重な警備が敷かれてるんだよ。さすがに未来のあたしだって無理だよ」


「今は無理かもしれない」


 玲児は首を横に振った。


「だけど、四年後ならもう高校は卒業しているだろ? 一応、高卒すればあの研究所に勤められるでしょ?」


「高卒じゃ無理だよ」


「可能性の話だよ」


 映画の話ではないが、確定している未来があってもそこに至るまで様々なプロセスがあるはずだ。その中で、雫が高校を卒業したあと大学に通わず研究所に入れられる可能性だってある。

 そうなれば、警備はともかく建物の中は、未来の雫にとっては見知った場所になっているはずだ。当然、父親が研究している部屋も知っているだろう。


 とにかく今は、未来の雫よりも早く研究所に着くことが先決だ。


「ねえ、レイ」


 信号待ちをしている時、雫が訊ねてきた。


「なに?」


「未来のあたしって、どんな感じだったの?」


「どんな感じって言われても……」


 雫がするように、玲児も顎に手を当てて考える仕草をした。色んな意味で答えに迷ってしまう。


「今の雫と、そこまで変わらない気がする。もちろん、見た目も、おじさんを殺そうとするところは全然雫とは違うよ。だけど……」


「だけど?」


「……色々似てたよ。優しいところ、とかね」


 時を超えて大切な人であるおじさんを殺してでも未来を変える――裏を返せば、一人でなんでも抱えてしまうところや、自分を大事に思ってくれたところは、まぎれもなく雫そのものだった。


 どうしてやればいいんだろう? どうしたら雫に手を差し伸べてあげられるのか。

具体的な案が思いつかない。今はただ、未来の雫のすることを妨害しているだけだ。どうやったら真おじさんを犠牲にすることなく未来を変えることが出来るのか。


 信号を越えて、稼動を停止している火力発電所を横切って海沿いに一直線に進むと、柵に覆われた白い建物に到着した。あの建物こそ、真おじさんの仕事場であり、これから人類の未来を決定づけるホイールの研究所だ。


「ここに来るのはずいぶん久しぶりかも。中一の頃以来かな。一度びっくりさせようとしてお出迎えしたことがあるんだ」


 ぽつりと雫が呟いた。


 正面の車の出入り口には、警備の人がいるので真正面から未来の雫が入って行ったという可能性は低い。ということは、他にも裏口とか抜け道とかあるのだろうか?


「雫、こんなこと質問するのも嫌なのは分かってるけど、あえて聞くよ」


 と、玲児は前置きしながら雫に言った。


「なに?」


「もしも君が未来の自分と同じ立場だったら、どうやっておじさんを狙う?」


「あたしだったらー?」


 自分が殺す側に立ったら、なんて普通は嫌な顔をされるものだが、それでも雫は自分の事のように(ある意味間違ってはいないのだが)、唇に指をあてて考えた。


「あたしだったら、研究所に入らないかな。どこかで待ち伏せして、帰ってくるところを襲うかも」


「……なるほどね」


「っていうか、きっとここには来ないと思うよ。あたしなら、ここにいるより、マンションのエントランス前とかで待つって」


 一瞬、しまったと思った。だって、雫のマンション付近で身を潜めていたら、彼女の言う通り真おじさんは必ず帰ってくるんだから。だけど――。


「いいや、あの時、未来の君は「時間がない」と言っていたんだ。もう次に発作を起こせば死ぬ身のあいつにとっては一刻の猶予も許されない状態なんだ」


「いつ発作が起きるか分からないから、早く終わらせたいってこと?」


「そう。たぶん、彼女だって焦ってる。それに、おじさんは通勤には車を使ってないだろ? だったら研究所の周りで待ち構えた方が確実で早いはずだ。」


 玲児の口からすらすらと飛び出る考察に、雫は目を点にしていた。そして三回ほど目をしばたかせると、


「……なんか、今日のレイって頼りになるね」


「は? え?」


「ううん、なんでもない」


 雫は踵を返した。


「なら、ここら辺を見て回ってみよっか。お父さんが仕事終わりで出てくる場所もきっとここだし」


「……いや、その必要はないと思うよ」


「え?」


 ぽかんとする雫を後目に、玲児は建物とは反対の方向を見据えていた。


 横断歩道をまたいで向こう側――小さな公園の内側で、未来の雫が立っていた。こっちの存在には気付いているのか、口元を一文字に結んで金色の目で睨みを利かせていた。


「咲良……」


「行こう、雫」


 背中で雫が頷いたのを感じながら、横断歩道を渡って公園の中へ入った。公園内は小さなブランコがあるくらいで、他の遊具は何もない。


 未来の雫に近付くにつれて、彼女の怒りの形相が暗がりでもよく見えるようになった。玲児の後ろにいる雫が、さっきマンションで腕組みをしながら玲児を迎え入れた時のように、未来の雫も、怒っていた。


 先に口を開いたのは、未来の雫だった。


「きっと止めに来るかなとは思ってた」


 咲良だった頃の未来の雫の声は、ちょっと低めな声だった。だけど今は、声色が高くなって完全に雫のそれに近いものになっていた。


「だけど、この時代のあたしを連れに来るなんて――ひどいよ、レイ。それであたしを止められるなんて、思わないで」


 ちらりと金色の目を動かして後ろにいる雫をにらんだ。それでも、雫は臆せず玲児の隣に立った。


「咲良……ううん、未来のあたし」


 雫も同じように口元を結び、表情をこわばらせた。


「お父さんを殺すなんて間違ってる。あたしはそんなの、認めない。お父さんが犠牲になって得る未来なんて、何もないよ」


 対峙する二人の雫。それぞれの金と茶色の眼光がバチバチとぶつかり合うのを、玲児はひしひしと感じていた。


「……もう、あなたはレイから全部聞いているんでしょ?」


「あなたから教えてもらったものは、全部聞いた」


「……あたしの嫌いなモノって、知ってる?」


 未来の雫は抑揚のない口調で言った。彼女の周りだけ、気温がマイナス十度ほど違う。


「あたしは……みんなの命を奪って世界をめちゃくちゃにしたホイールが憎い」


 さわさわと、風が吹いた。刹那、未来の雫の銀色の髪が逆立ったように見えた。


「でもそれ以上に、希望にばかり目を向けて先のことも考えない、他人の気持ちに鈍感で、何もできなかった自分あんたが一番大嫌い!」


 未来の雫はホイールの廃棄物に汚染されて亡くなった人たちの鬼哭啾啾きこくしゅうしゅうが乗り移ったかのように叫んだ。

 大きく見開いた目の端から赤い水滴を流し、歯を食いしばりながら、未来の雫はもう一人の自分を睨みつける。


 一度、未来の雫が咳をした。口から血が吐き出てくる。まさか、最後の発作が始まったのか? 玲児の背筋に悪寒が走る。


 それでもかまわず、未来の雫は自分自身を詰り続ける。


「ミミも、レイも、お父さんも、大好きな人がみんな死んじゃって、住み慣れたこの街もめちゃくちゃになって! もうどうあがいても今のような日常が帰ってこない時の絶望は、今のあんたが絶対わかるわけない!」


 未来の雫が半歩詰め寄り、その分雫が後ずさりした。


 こんなふうに、憎悪のオーラを洪水のように噴出させて相手を圧倒する雫を見るのは二回目だった。一度目は、小学五年生の頃に窓ガラスを割ったことを、玲児に罪を擦り付けてきた犯人の男子生徒に対して、思いっきりぶん殴った時だ。

 あの時は女子と玲児が総出で止めなければ本気で男子生徒の顔面が痣だらけになっただろう。


 だが、未来の雫は年齢を重ねて無暗に手を上げるようなことはしなくなったが、小学生のころ以上にキレている。今にも飛び掛かってきそうだ。


「なにかを救うためには、なにかを犠牲にしなきゃいけないんだよっ! それがたとえお父さんでも、あたしはやりきってみせる! でなきゃ、先に逝っちゃった未来のお父さんたちの苦労がみんな無駄になっちゃうから!」


「あた、あたし、は……」


 言い返すことが出来ず、今にも泣きそうな表情の現在の雫に身を寄せるように未来の雫は近付いた。今まで未来の雫のパワーに圧倒されて黙って見ているしかできなかった玲児も、さすがに危機感を抱いた。


 やばい、なんとかしないと未来の雫が本当に誰にも止められなくなってしまう! 下手をしたら、発作で未来の雫が死に、未来も何も変わらなくなってしまうだろう。


 玲児は頭をフル回転させた。なにをすれば彼女が納得してくれるのか、必死に考え込む。すると、


「だったらその気持ちを、おじさんにぶつけてみなよ」


 ほとんど自然に出てきたアイディアを、口に出してしまった。未来の雫がぴたりと動きを止めて、顔をこちらへ向けてきた。まるで怪物の狙いを逸らすパニック映画のワンシーンみたいだ。


「……何が言いたいの、レイ」


 叫びに叫んで、声がガラガラになりながら、未来の雫は身体もこちらへ向けてきた。パジャマには血痕が付着している。


「君の話を、この時代のおじさんにしたらどうだって言ってるんだ」


「この時代の……お父さんに?」


 眉がピクピクと動いている。額にも、血管が浮き出てきそうな勢いだ。


「ふざけないで……あたしのことが雫だってこの時代のお父さんが信じると思ってるの? 自分の研究が、近い将来破滅を招くことをお父さんが理解して研究をやめるなんて本気で思ってるの?」


「思ってる」


 鬼の形相の未来の雫に対して、きっぱりと言い切った。もちろん、玲児には自信があった。


「だって、俺には話せたじゃないか。なんで止めに来るのが分かってるのに、わざわざ信じてくれないような未来の話をするの?」


「……それは」


「君自身だって、本当はそうしたかったんじゃないのか?」


「どうしてそう言い切れるの?」


「口で強く否定する人は、実は逆のことが一番したいことっていうのをここにいるから教わったからだよ。本当は、おじさんにも生きていて欲しかった――違うかい」


 さっきと打って変わって、未来の雫は答えに困窮し始めた。洪水が収まって、少しずつ本来の穏やかな流れに戻りつつある。


「あたしは……お父さんには生きていて欲しい……当たり前だよ」


 ぎゅっと拳を握りながら、血の涙を地面に垂らして呟いた。


「だけど……信じてくれるわけないもん。信用してもらうったって……あたしにはその時間が残されていないよ……」


「信じてくれるよ」


 玲児は未来の雫の小さな肩に、優しく手を添えた。


「俺だって、君とおじさんの仲のよさを一番近くで見てたから分かる。これは受け売りだけど、親って言うのは子供を信じるものなんだって。おじさんは君が雫だってわかってくれるはずだよ」


 ね、雫、と玲児は逆に傍観していた現在の雫に話を振った。不意を打たれた雫は一瞬戸惑うものの、すぐに落ち着きを取り戻して頷いた。


「……確かにあなたの言う通りだよ。あたしはあなたの苦しみを知らないで、あんな無神経なこと言っちゃったね。……ごめんなさい」


 未来の自分に頭を下げつつ、雫は言葉を続けた。


「でも、髪の色が変わったり痩せたりしたぐらいで見分けがつかなくなる程、あたしのお父さんは鈍感じゃないよ。それは絶対言い切れるし、あなただって知ってるはずだよ。だってあたし自身なんだもん」


 未来の雫は無言で雫を見て、それからもう一度地面に視線を下ろした。しばしの静寂が公園を包む。

言いたいことは全部言い切った。後は、未来の雫次第だ。


 そして、意を決したように未来の雫が口を開いた。


「……わかった。レイ達を――お父さんを信じてみる」

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