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雫、あのね  作者: やきにく
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11.後悔の果てに

 窓の外を眺めると、夏の日差しが容赦なく照りつけていた。空に雲もひとつない。どうやら顔が日差しに当たって目を覚ましたようだ。


 時計を見ると、もう十一時になっていた。もう既に母さんも介護の仕事に出かけているだろう。ここで寝たのはほんの数時間程度だろうけれども、玲児にとってはほんの一瞬のことに過ぎなかった。


 このままどこかに行って全部投げ出しちまおうか、そんな考えがよぎった。


 家にいても、ただただ苦痛でしかない。学校があるわけでもない。アルバイトもない。かといって外へ出て海とかに遊びに行く気力もない。


 夏の日差しがどれだけ頑張って照らし続けても、玲児の心の闇が払われることはない。出来ることといえば、玲児の額から汗を流すことか、風を吹かせて髪をそよがせることぐらいなものだ。


 テレビをつけたり、ゲームをしようと思ったけれども、今の玲児にはスマートフォンをタップするような気力も無い。仮にできたとしても、ただ単純に目障りなものとしてしか映らないだろう。外から聞こえてくる子供の声がノイズにしか感じないように。


 外から、団地の敷地内で遊ぶ子供たちの声や、車の通る音が聞こえてくる他は全く音がない。閑静な住宅街である。変わらない、いつもの日常だ。


 そう、玲児の心が後悔と罪悪感で押しつぶされようが、世の中は何も変わりなどしない。世間なんて薄情なものだ。


 約五百四十万年前、人類の祖先である最古の猿人アウストラロピテクスが登場した。

 ここから人類の歴史は今日に至るまでずっと続いている。その過程で、地殻変動のような自然災害、そして人災が世界各地で起こった事だろう。今の人類は、他の生物はおろか、自分たちすら滅ぼしかねない兵器をいくつも所有している。それでもなお、地球というモノは存在し続けている。


 だけど、個人は簡単に滅びてしまうんだ。こんなに呆気なく、ばかばかしささえ感じてしまうほどに。


「……咲良」


 ぼそりと、玲児は名前をつぶやいた。


 名前を言ったところで、彼女が意識を取り戻すことなんてない。自分に背負わされた十字架が軽くなるわけではない。ただ、口に出さなければ、耐えられなかったから。


 そう、咲良をあんな風にさせてしまったのは俺のせいだ。俺が咲良を振り回しちゃったから、咲良の身体は重体になっちゃったんだ。



 あの夏祭りの夜、咲良が血を吐いて倒れてから聖ジョージ病院までどう行ったのか覚えていない。多分、咲良を搬送する救急車に一緒に乗って聖ジョージ病院へ行ったのかもしれない。


 救急処置室に運ばれていく咲良を、玲児と雫は無言で見守るしかできなかった。ぴったりと閉じられた両開きのドアの上では、『手術中』と書かれた表示が赤く照らされていた。


 その間、二人は廊下のベンチに座って、医者が咲良の容態を話すのを待つしかなかった。玲児は両肩を落としてぐったりと腰を曲げ、床を睨みつけながら、両手を握っていた。

いや、玲児にはきっと床が床に見えていなかっただろう。周りの景色が、すべて歪んで見えていた。


 動悸と脂汗が止まらない。後で雫から聞いた話だと、か細い声で「俺のせいだ、俺のせいだ」とずっと呟いていたそうだ。


 優しくされるのが、一層辛かった。いっそ詰ってくれたら気が晴れるのに。


 その背中を、雫はずっとさすってくれていた。きっと「レイのせいじゃないよ」と言ってたような気もする。でも、雫の気遣いなんて全く感じないほど、玲児は切羽詰まっていたのだ。


 だってそうだろ? あんだけ血を吐いたんだ。もしそれで死んじゃったりなんてしたら――!


 ようやく表示のランプが消えて、医者が出てくると、玲児たちに一言告げた。


「ひとまず、一命はとりとめました」


 雫がほっと安堵した。玲児も、動悸が収まって手術着とマスク姿の医者の姿をようやく見ることが出来た。


 だけど決して、良い方へ事態が変わっていくわけではなかった。

 未だに咲良は意識を失ったまま、それどころか、以前よりもひどい状態だという。


 医者の言ったことを要約すると、咲良の身体の中にある臓器の一部がすでに異物に汚染されて駄目になったみたいで、特に胃が機能しなくなってしまい、もう普通に食べ物を口に入れることさえ出来なくなってしまったのだという。


 そして、次に医者が告げた言葉は、罪悪感でえぐられた心に爆弾を投下するに等しいものだった。


 次に発作が起きた時、咲良は確実に死ぬ。


 あまりにも非情で、残酷な現実だった。目の前が真っ白になるとか、そういう次元じゃない。自分がこの世界に存在しているのか分からない、曖昧なものになってしまいそうな衝撃だった。


 ここで初めて、病の事を聞かされた雫のように、ショックで泣きだせばまだ良かったかもしれない。もう玲児には現実と幻の区別がつきそうになかった。医者の言葉は耳に届くことはおろか、時間の流れだって感じない。魂の入っていない人形そのものだ。


 我に返ったのは、電車を降りた帰り道だった。時間は午後十一時三十分を過ぎていた。

 既にシャッターで閉じられている商店街を通り過ぎて、雫の住むマンションへ向かっている最中、やっと玲児は口を開くことが出来た。


「……俺は、止めるべきだったんだ」


「え?」


「雫が正しかったんだ。俺があの時、夏祭りの事なんて言い出さなきゃ、こんなことになってなかったんだ」


 玲児は拳を握っていた。

 時間を戻せるのなら、病院で夏祭りに行く約束をしたあの頃へ戻りたい。そうすれば、咲良が苦しむこともなかったのに。


「そんなことないよ。きっと咲良は、その事を覚悟していたんだと思う」


 雫は言葉をつづけた。


「あたし、確かにレイに咲良の気持ちを考えなよって言ったけど、家に帰ってから、それって自分にも言えるんじゃないかって気がしたんだ」


「……じゃあ、咲良はなんて考えてたの?」


 もしあたしが咲良だったら、と目を閉じて雫はつぶやいた。


「あたしはレイと思い出を作りたい。身体の事なんて考えないで、色んなところへ行って、おいしいもの食べて、楽しいこといっぱいして、最期は自分の気持ちを伝えてお別れしたい」


 玲児は目を瞠った。咲良が西願神社で言っていたことと、ほぼ合っていたからだ。


 思い出を作りたい、どんなに時間が無くなろうと今を一生懸命生きたい。それが咲良の願いなのだ。だけど――。


「……すごいな、ほぼ同じだよ。実はさ」


 そこで玲児は、西願神社で咲良が病気のことを明かしたことを、雫に話した。


「そっか……。やっぱり、レイに話してたんだね。でも、だったらなおさらさ」


 雫は玲児の横顔をおずおずと笑いかけながら言った。


「そう、気負う必要なんてないと思うよ。咲良が目を覚ました時、レイがそんな顔してたら、きっと悲しんじゃうよ」


「分かってる。そんなの、分かってるよ。だけど……」


 玲児は自分に対して憤りを覚えていた。咲良が思い出を作るために無理して夏祭りに出ていても、そのきっかけを作ってしまった無神経な自分自身が許せない。


 どんな顔でこれから咲良と向き合えばいいのか分からない。どう償えばいいのか。

 玲児の深刻そうな表情を見て、雫はちょっと身を引いた。


「レイ、送ってくれるの、ここら辺でいいよ」


「ああ、そう」


「――その、落ち着いてからでいいから、咲良のお見舞い、行こ?」


「……うん」


 優しく手を握ってくる雫に、とりあえず、玲児は頷いた。


「じゃあ、帰るね」


 雫は手を離して、振り返り振り返り、玲児を見て暗い夜道へと消えていった。



 そうだ。雫が全部正しい。俺がこんなふうにメソメソしていたら咲良が浮かばれない事だって百も承知だ。だけど、俺は……。


 同じことをぐるぐる、ぐるぐる、歯車のように繰り返す。時には咲良を連れて行った後悔の念とかみ合い、更に深い自己嫌悪に陥っていく。


 ふと、玲児は光子の言葉を思い出した。


――ひとつの選択をして後悔しない事なんて絶対ないと思う。だけど、それ以上に価値のあるものが手に入るって、私は信じてる


 咲良はこの選択をして、きっと後悔なんてしていないだろう。だけど皮肉にも、俺には母さんの言葉は当てはまらなかったよ。俺はこうして自分の行動を悔やんでいるんだから。


 もう一度窓の外を見ると、空は紅に褪せようとしていた。玲児は驚いた。何時間もベッドの上に座って悔恨に苛まれていたのか。


 玲児は無意識に、スマートフォンに手を伸ばした。上部のスイッチを押して画面を起動させると、雫からいくつかメッセージが届いていた。


『元気? 大丈夫?』


『なにかあったらいつでも言ってね』


『ひとりで抱えこんじゃだめだよ』


 雫のメッセージを見て、少しだけ口元がやさしく緩んだ。こっちのことはお見通しってわけか? 世話焼きな人だよホント。


 玲児は『大丈夫、心配しないで』の二言だけ送って返信を済ませることにした。既読しただけで黙って放置するのも悪いし、余計な心配をかけたくなかった。そもそもこれは玲児と咲良の問題だ。


 雫にメッセージを送って一息ついたその瞬間だった。スマートフォンに着信が届いて、大きく震えた。玲児は雫に首筋をくすぐられたかのようにびっくりして、数歩分座った姿勢のまま後退した。


 画面に表示されている番号を見ると、見慣れない番号が表示されていた。もしも母さんだったら『お母さん』、雫だったら『瀧川雫』と表示されるはずだ。


 誰だろう、間違い電話や怪しい人だったらちょっとヤダな。少しためらいがちに、玲児はスマートフォンをもう一度手に取った。


「……もしもし」


「篝火玲児さんでいらっしゃいますか?」


「は、はい」


 聞きなれない男の声だ。なんとなく若そうな気がした。セールスか何かかな?


「私、遊漁警察の者ですが」


 警察?! さっき突然の着信よりも玲児は仰天した。心臓が跳ね上がって、髪も逆立ってしまいそうだ。警察? 警察がなんで俺に電話を?


 ふと、詐欺について取り扱ったテレビ番組を思い出した。そうだ、確か警察を名乗る人から電話が掛かってきて、お金を振り込ませるっていうアレなのか。コレって。


「玲児さんは咲良さんのお知り合いと病院のお医者様からお話を聞いたのですが、間違いないですね?」


 咲良? 今この人は、咲良のことを言ったのか。玲児の頭が、一気に熱くなってきた。詐欺の疑惑が吹っ飛んで、代わりに最悪の事態を思い浮かべてしまう。


「咲良に何かあったんですか?!」


「ああ、はい、実は……」


 急に声のトーンが変わったものだから、電話の向こうの警察も少し驚いたようだ。

 だが、次に警察が放った言葉も、玲児をそれ以上に驚愕させるのに十分なモノだった。


「咲良さんが病院からいなくなってしまったんです」


「……は?」


 一瞬、何を言っているのか分からなかった。あまりにも唐突で、意外で、衝撃的なモノだったので、玲児の頭がオーバーフローを起こしてしまったのかもしれない。


「ちょ、ちょっと待ってください。咲良が……病院からいなくなった?」


「そうです」


「いなくなったって、どういうことですか」


「今から一時間前、午後四時頃なんですが……」


 咲良の状態を確認しに来た主治医が、彼女の病室に入ったところ、ベッドがもぬけの殻だったという。咲良に繋がっていた点滴も医療器具もすべて外されていて、文字通りいなくなっていたのだという。


 咲良はあの夜から病室を移されており、五階から二階に移されており、どうやら窓から飛び降りて病院の外へ出て行ったようだ。


 玲児は警察の言うことを信じることが出来なかった。

 余命幾ばくもない状態の咲良が、二階からとはいえ飛び降りて自力で病院から逃げ出すなんてあり得ない。


 なにより、記憶を無くして行く当てのない咲良が病院から逃げ出す動機だって無いはずだ。


「……信じられませんよ、そんなこと」


「そう言われましてもこちらも困りますが……。ともかく、もしも咲良さんがそちらにいらっしゃったら、すぐに遊漁警察の方か、咲良さんが通われている病院にお電話ください」


 警察は要件を言うだけ言って、電話を切ってしまった。なんなんだよ、ほとんど一方的で不公平じゃないか。少しはこっちの言い分だって言わせろよ。


 いや、それはともかくとして、本当に咲良は病院から逃げ出してしまったのか? にわかには信じられないとはいえ、相手は本物の警察だ。こんないたずら電話を仕掛けてくるわけがない。


なんとか熱くなった頭を冷やしながら、必死に考え込んだ。ならどうして、咲良はいなくなってしまったのか。今の咲良には、あそこしか拠り所が無いはずだ。


 そこへひとつの可能性が、玲児の頭に思い浮かんできた。すると、湧いてきた疑問が晴れてくる。

まさかあの発作の時に……決してあり得ない話ではない。だけど、『なんのために病院から逃げ出したのか』、そこが分からない。


 咲良を見つけて、聞き出さなきゃ。どんな理由であれ、周りを心配させたままにするなんていけない。


 気が付くと、玲児は財布とスマートフォンをショートパンツのポケットの中にねじ込んで、外へ飛び出していた。


 咲良がいなくなったのは四時より前、三時半あたりと仮定するなら、もう米兵通りや繁華街一帯からは姿を消しているだろう。おそらく、服装も病院で着るパジャマみたいなものだろうから、きっと目立つはずだ。


 交通機関を使っていれば、まず間違いなく監視カメラとかに映っているはずだから咲良の居場所を特定できるだろう。だけど、玲児に電話をかけてくるということは、きっとまだそちらの確認が済んでいないだけか、咲良を見つけられていない可能性がある。


 記憶を失う前の咲良はどんな人物か知らないが、たぶん追っ手から身を隠しながら病院から離れているに違いない。あくまで玲児の予想だが、遊漁町のどこかにまだ潜んでいる可能性が高い。


 住宅街、駅周辺、港、考える限りの場所を探したけれども、結局咲良の姿はなかった。

 玲児はかつて、咲良を見つけた菩薩崎の大橋で、手すりにもたれかかりながらため息をついた。駄目だ、全然シッポがつかめない。


 空は深い青色に染まっていた。周り一帯も暗くなり、海とは真逆の方角の空が、わずかばかり朱色を残しているのみとなった。


「咲良……どこに行ったんだ」


 がっくりと項垂れながら、玲児は誰にも聞こえないような声で呟いた。


 咲良……君は一体何なんだ? なんのためにあの防護服を着て、この遊漁町の海を漂っていたんだ?

 次々と疑問が浮かんでは消えていく。だけど、それよりもどこへ咲良は行ってしまったのか、ケガとかしていないだろうか、どこかをさまよっている間に発作なんて起きたらシャレにもならない。


 大体考えうる場所は探した。もう遊漁町の外へ行ってしまったのだろうか?


 玲児が咲良の居場所をあれこれ思案している時だった。

さわさわと、潮風が肌をやさしく撫でた。同時に、玲児の首筋を、誰かがそっと撫でつけた。


「ひひいっ!?」


 一気にくすぐったい感覚がこみあげてきて、玲児は全身を震わせながら奇声を上げてしまった。


「だっ、雫か?!」


 触れられた部分を抑えながら叫んだ。こんないたずらしてくるなんて雫しかいない。

警察が雫にも連絡してたまたま自分を見つけたのだろうけれども、いくらなんでもこんな時にイタズラするなんて不謹慎じゃないか? そう考えながら振り返った。


玲児の背後に立っていたのは、雫ではなかった。


咲良だった。


「レイ……」


 咲良は、玲児の首筋をくすぐったであろう人差し指を向けながら、目元に透明な粒を潤ませながら、笑っていた。


「咲良……?」


 目の前に、玲児が探していた人物が立っていた。

 玲児は言葉を失うしかなかった。いきなり、目の前に探していた人物が現れたら、誰だってびっくりするし、俺だってびっくりする。バカみたいに突っ立ってしまうじゃないか。


 咲良に言いたいことはたくさんあった。その中で選んだ言葉は――。


「どこに行ってたの? 身体は大丈夫なのか?!」


 玲児は詰め寄って、咲良の細い双肩を掴んだ。ぐらりと咲良の身体が揺れて、彼女の頬に涙が二粒、こぼれた。


 すると咲良は、手を伸ばして――そのまま背中に回して、ぎゅうと抱き着いてきた。いきなりの咲良のリアクションに、玲児は雷を打たれたような衝撃を覚えた。心臓の動悸が止まらない。


「レイ……ホントにレイなんだよね?」


「そ、そうだよ……」


 咲良の嗚咽交じりの言葉に、玲児はつい反射的に答えた。


 ん……? レイ? 今、咲良はレイって言ったのか?


「あ……そっか、そうだもんね」


 咲良は手を離して、半歩ほど離れた。彼女の潤んだ金色の瞳と目が合った。どうして彼女は泣いているんだ?


「ごめんね、びっくりしたよね」

 

 咲良は頬に残った涙の跡を拭いた。

 おかしい。少なくとも、今の目の前にいる人物が、咲良のように思えない。まるで別の人物に頭をすげ替えられた感じだ。それも、玲児がよく知っている人物に。


 だけど奇妙なことに、それが今の咲良にぴったりとハマっていた。


「ちょっとね、暗くなるまで待ってたんです。レイ……玲児さんにも、雫さんにもご心配おかけしました」


 ごめんなさい、と咲良がぺこりと謝った。その丁寧な仕草は間違いなく咲良のモノだけれども、今となっては、『咲良の真似をしている誰か』のものにしか見えなかった。


「咲良……いや」


 なんとなく――咲良の正体がつかめてきた。

 だけど、あり得ない。こんなこと、絶対あるわけがない。じゃあ目の前にいる人物は何者なんだ。


「君は、誰なんだ」


 咲良の真っ白な眉毛が、ちょっと持ち上がった。そして、いたずらっぽい笑みを浮かべておどけるように両手を広げた。


「誰だと思うー?」


 目の前の女の子が人懐っこく玲児に近寄って、右手で玲児の手を握ってきた。その白い右手には、うっすらと水膨れのような傷跡が残っていた。


 どうしてこれに気が付かなかったのだろう。彼女の手を見る機会は、さんざんあったはずなのに。


 少女のことは、今まで玲児が『咲良』と認識していた。だけど、今は全く異なる存在。だけど、決して未知の存在ではない。


「もう、分かってるくせに」


 そう言って、女の子は笑ったままリボンで結んでいたポニーテールをゆっくりと解いた。まるで答え合わせをするように、ゆっくりと。


 長い銀色の髪が、潮風で揺れる。ポニーテールからロングヘア―に戻った瞬間、今まで咲良に向けていた好意を邪魔していた違和感の理由も、掴めてきた。


 玲児は、眼前に立っている非現実の存在を、受け入れる覚悟が出来た。


「雫……雫なんだね」


 あたり、と瀧川雫は、喜びと悲しみを湛えた笑みのまま、頷いた。

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