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第2話・譲ったり譲られたり


チンピラに絡まれている女性を助けた後、紀乃駅北口から徒歩15分ほどで、女性の住んでいる自宅兼道具屋に到着した。

翔の通う大学のパンフレットによれば、紀乃駅からキャンパスまでは徒歩25分から30分と書いてあったので、立地的には充分である。


「さ、着きましたよ。家の方の入口はこっちです」


女性は道具屋の入口とは違う方へ歩いていく。店内にも2階と繋がる階段はあるのだろうが、女性が店を空けていたからだろうか、道具屋の入口には鍵がかかっていた。

入口の上に取り付けられた看板には、達筆な文字で「皇樹すめらぎ道具店」と書かれていた。


女性のあとに続いて翔は階段を上った。アパートによく見られるような外付けの階段を上ると、最近はあまり見ないような和風の玄関が現れた。


「よ、いしょっと……」


女性はスライド式の扉を、ギィギィと音を立てながら力技で開けた。見たところ、扉の所々が錆び付いていて、建て付けが悪くなっているようだった。


「どうぞ。つまらない家ですが」


「お、お邪魔します」


翔は促されるまま女性の住んでいる家に入った。2階にある居住スペースは外見通り和風で、片付いているためかとても広々としていた。居間の真ん中には小さな卓袱台が置かれていて、女性の年齢に見合いそうなものはなかなか見当たらない。


「そういえば、お名前まだ聞いてませんでしたね」


生まれて初めて入る女の人の家に勝手にドキドキしている翔にお構い無く、女性は尋ねた。


「あ、そうですね。俺は日比谷ひびやしょうです」


「ヒビヤくん、ですね。私は皇樹すめらぎかえでです。これからよろしくお願いします」


「よ、よろしくお願いします」


自己紹介をしたことでこれから暫く一緒に暮らすことを再実感した翔は、何となくまた恥ずかしくなって顔を赤らめた。

楓はそんな翔を見て気付かれない程度にクスリと笑い、台所に立って冷蔵庫の中を物色し始めた。


「ヒビヤくん、晩御飯食べました?」


「いや、まだですね」


「じゃあヒビヤくんの分も作っちゃいますね」


楓は鍋や食器をガチャガチャと用意しながら、翔を見ることもなく当然のように言った。

だが、翔としてはお世話になり過ぎるのも申し訳ないと思い、


「ああ、いえ、飯とかは自分で何とかしますよ。ただでさえ居候させて貰うのに、そこまでお世話になる訳にはいきませんから」


幾ら紀乃市が田舎とは言っても、流石に駅前にはそこそこの店が並んでいる。スーパーもコンビニも飲食店もあるので、まだ資金に余裕のある翔が食いっぱぐれることはないだろう。

ところが、楓は席を立って財布を持ち、外へ出て行こうとする翔の手を若干強めに掴み、


「いいから、ここで食べてください」


「いや、でも……」


「じゃあ聞きますけど、ヒビヤくん自炊出来るんですか?」


「出来ないです」


高校の調理実習で作る味噌汁程度なら翔にも作れるだろうが、低コスト且つ栄養バランスの取れた食事など翔には到底用意出来ない。翔が自力で食事を何とかすることになれば、大半が外食かコンビニ弁当になるだろう。


「外でばかりご飯食べてたら体壊しますよ」


「だ、大丈夫ですって。迷惑をおかけしたくないんです。本当は家賃だって払いたいくらいなんですから」


「む~……」


引き気味に、それでも頑なに食事の世話を拒否する翔。そんな翔を見て、楓の機嫌はあからさまに悪くなっていく。

だが翔にも決して悪気があるわけではない、寧ろ本当に楓に迷惑をかけたくない一心で言っていることなので、2人はすれ違うばかり。


「お、俺なら大丈夫ですから、そんなに気を遣わなくてもいいですよ」


「……1人でご飯食べるの寂しいじゃないですか」


「え?」


掴んだ腕を離さぬままに、楓は少し俯いて呟いた。


「でも、スメラギさんここで1人暮らししてたんじゃ……?」


「確かにおじいちゃんが死んじゃったのは3年前ですけど……寂しさに慣れるってことはないですもん」


「……」


翔は迷いに迷っていた。

本当は、楓のことを考えているのならばさっさと世話になると言うべきなのだろう。

だが、翔の中の臆病なりに譲れない部分がそれを邪魔していた。自分が楓の弱い部分に漬け込んでいるように思えて、どうしても世話になると言えなかったのだ。


「お願いしますよぅ。お金も取ったりしませんから、一緒に食べましょう?」


「ぐっ……!」


落ち着いた雰囲気のある楓が見せた、不意打ちの上目遣い。もちろん童貞の翔が耐えられるはずもなく。


「分かりましたよ……」


「やったぁ!」


翔が折れると、楓はパアッと表情を明るくしてすぐさま台所に飛び込んでいった。


「急いで作りますから、待っててください!」


「いえ、お気遣いなく……」


ウキウキとしながら食事の準備を始めた楓を見ながら、翔は小さくため息をついた。

翔本人は臆病だから、と言うだろうが、まあ実際のところは違う。

結局、人柄が良いのだ。翔も、楓も。だからこそ相手を思いやる部分ではなかなか譲らない。


翔がスマホを見ながら少し待っていると、楓が簡単な食事を運んできた。


「すみません、簡単なものしか作れなくて。あんまり待たせるのもなぁと思って」


卓袱台の上に続々と料理が運ばれてくる。卵焼きにポテトサラダ、味噌汁、焼き鮭、ご飯、カップの茶碗蒸し。

家と楓の雰囲気に合った、和風チックな夕食だった。長距離の移動で疲れが溜まっていたこともあり、翔の腹は早く食べろと叫んでいる。


「それじゃ、頂きます」


「い、いただきます」


最初に少し味噌汁を啜り、ゴロッとしたポテトサラダと綺麗な黄色の卵焼きを口に運ぶ。

すると、翔の口の中に何とも言えない幸福感がブワアッと広がっていった。


「めっちゃ美味い……」


「ほんとですか!? 良かった~」


楓自身も言った通り、十数分で作られたこれらの料理は簡単な部類に入るのだろう。だが、それを忘れさせるほどに楓の作る料理は美味だった。あれほど遠慮していた翔があっという間に完食してしまったあたり、それがよく伺える。


「ご馳走様でした」


「はい、お粗末様です」


苦しすぎない心地いい満腹感。そして今日1日分の疲労。2つが互いを高め合い、眠気となって翔に襲い掛かった。

もちろん、それに翔が耐えられるはずもなく。


「あ、そうだ。ヒビヤくん、寝る部屋は……あらあら」


「すー、すー……」


楓が食器洗いを終え、再び話しかけた時には、翔はもう深い眠りの底だった。

座布団を枕にして寝息を立てる翔を見て、楓は小さく笑った。


「やっぱり疲れてたんですね……」


とは言え、このまま居間で、況してや床で寝させるわけにもいかない。そう思った楓は何とか翔の体を持ち上げようとした。

だが。


「ふぬぬぬ……! お、重い……!」


臆病で鈍感でアホで優男な翔も、一応は男である。プロレスラーでもない楓が運ぶには大分重いはずだろう。

そこで楓は思い付いた。


「あ、そうだ」


楓は本来翔が眠るはずだった和室から敷布団、掛布団、枕を持って来て、翔の横に敷いた。


「よいしょ、それっ」


そして翔の体の下に手を入れ、グッと力をかけてひっくり返す要領で翔の体を転がし、上手く布団の上に乗せた。


「ふう……」


「んがっ……」


楓の苦労も知らず、すうすうと眠る翔。そんな翔を見て、


「ふふ、よしよし……ゆっくり眠ってね……」


楓は軽く頭を撫で、居間を出ていった。


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