私の王子様
「ねぇ、 望ちゃん」
「何、夏帆子ちゃん」
「 うちの学校の先生って、頭おかしいよね」
「どうして?」
「だってさ、あんなエロい姿を放置するんだもの」
夏帆子が指さした先には、ブレザーにスラックスと言ったスタイルの、目元涼しい少女がいた。
彼女こそは、この学校の王子様。
いや、誤字ではない。
本当に「王子様」なのだ。
二年生の、早乙女麗奈は歴とした女子生徒。
しかし、幼少のみぎり、右足の太股から足首にかけて、大きな傷を負った、とかで、ずっとパンツルックで過ごしているらしい。
当然、高校の制服も、ブレザーとスラックスだ。
だが、それがまたとっても似合うものだから、早乙女麗奈は入学当初から学校中の話題を集め、今やファンクラブまであるほどの人気者である。
その上、本人が非常に紳士然とした人物で、誰にでも優しいときている。
「エロいかな。男子生徒とそんなに変わらないと思うけど」
望は小首を傾げて、早乙女先輩と それを囲むその他大勢を見下ろした。
「エロいに決まってるでしょ。見て、あのくびれ! あの足の長さ! お尻から太股へのラインなんて、犯罪ものよ!」
夏帆子は力説する。
彼女の言うとおり、体にぴったりと沿ったスラックスは、早乙女のしなやかな肢体を余すところなく顕現している。
通常の女子なら、腰から下はプリーツスカートになり、校則によって膝までの長さと決められている為、あれほど臀部が露わになることはない。
「夏帆子ちゃんの視線がエロいんだと思うな。何で女の子同士で、そんなオヤジ視点するのさ」
望が呆れかえったため息をつく。
「だって、仕方ないじゃない! 格好いいんだもの! 素敵なんだもの! 見ちゃうんだもの! なんて言うのかな。早乙女先輩ってすっご く綺麗なんだけど、ふつうの女子の格好していたら、こんなに騒がれないと思うんだよね。だけどさ、あんな格好しちゃってるわけじゃない? 中性的な美貌と長身痩躯、その上、ヒップラインが扇情的っていうアンバランスさが危うげな魅力を引き出しているというか」
「夏帆子ちゃん、オヤジじゃなくて、変態目線だよ、それ」
望の容赦ないだめ出しに、夏帆子は机に突っ伏す。
だが、すぐにまたがばっと頭を上げた。
「ちょ、あれ!」
夏帆子が指さす先で、早乙女を囲んでいた女子の輪が割れ、一人の女子生徒が早乙女に近づいていく。
「もてるねぇ」
望が苦笑とともにぼやく。そうして、夏帆子の頬をそっとつつく。
「今月に入って五人目かな。どう思いますか、一年入学と同時に告りにいった夏帆子さん?」
「うらやまし!」
「え? 羨ましいの? 何が? だってあれ、またフられるんだよ? 女の子同士だからって」
「あのね、望は先輩に告ってないから、わからないかもしれないけど、あの瞬間、先輩は自分だけを見てくれるんだよ。優しいきらきらの眼差しで、私だけを見てくれたんだよ! ごめんね、なんて心苦しそうに言われたら、もうトキメキしかないんだよ! そして、その感動の一瞬は永遠なんだけど! 時が経つにつれて鮮度が落ちるっていうか!」
机の上に足をかけて、まくれあがるスカートをものともせずに力説する夏帆子に、望はため息をつく。
「曲がりなりにも女の子なんだから、机に足乗せるの止めようよ」
「望は何でそんなに冷静なの! 百歩譲って早乙女先輩の良さがわからないとしても、誰かときめくような人、いないの? 甘酸っぱい青春にベッドの上をのたうち回るような、そんな心の中の人、いないの?」
机から足をおろし、まだ校庭の先輩を窓から身を乗り出すようにしてみながら、夏帆子が問いかける。
望はしばし視線を巡らせた後、口の中でつぶやくように、「いるよ」と言った。
夏帆子は一瞬聞き逃しかけ、その言葉を頭の中で反芻し、意味に気づくと叫んだ。
「えぇ! いるの? 誰? どんな人?」
「えぇとね、元気で、前向き」
「告ったの? 告らないの?」
最初の問いに首を横に振ったのを見た夏帆子は、矢継ぎ早に次の質問を繰り出す。
望は曖昧に笑って、首を傾げる。
「どうしようかな~なんて。今のままでも割と楽しいんだけど」
「そんな! 告りなよ! 青春だよ? 今だけなんだよ? ダメだったらダメで仕方ないし、OK出たら嬉しすぎて夜も眠れなくなるじゃん!」
「そうかなぁ……」
望の煮え切らない態度に、夏帆子は苛立ちを募らせる。
「誰? どんな奴? 私が代わりに!」
「それ聞いちゃう?」
「当たり前じゃない! だって、望の恋だよ? 応援するに決まってるじゃん!」
「後悔しないでよ~」
望は悪戯っぽく微笑み、机にひじを突く。そして、トンボの目を回すかのように、夏帆子の前で指をくるくると回し出した。
「本当にね、このままでも良いと思ってたんだよ。このまま、キラキラの横顔をずっと見ているのもいいかなって。……で、たまにこうやって正面からの顔を見れたら、最高じゃん?」
「え? ……え?」
「でもまぁ、 こっから少し、俺が男だってことを意識してくれるってのも、いいかもね?」
「え? えぇ?」
夏帆子は真っ赤になり棒立ちになる。
「俺、夏帆子ちゃんの王子様に、なれないかな?」
窓の外では、早乙女先輩とそれを取り巻く少女たちの歓声が聞こえてきたが、そんなものもう夏帆子には聞こえていなかった。
いつの間にか男の子っぽくなってきた幼なじみを、じっと見つめるばかり。
昼休みの終わりを告げる予鈴が鳴るまで、二人はじっと見つめ合っていたのであった。