めいが好きすぎる話
友人からのお題「お菓子」です
孝俊は冴えない男だ。友人は少なく、彼女もいない。たが、孝俊は幸せだった。それは一重に、放課後になると必ず会える、"あの子"の存在が大きい。
ふわふわの髪を跳ねさせた、笑顔が可愛い女の子。
当然、冴えない孝俊に女子との出会いなどない。孝俊が彼女と仲良くなれたのは、ある"共通点"からだった。
孝俊は大の甘いもの好きである。そして、彼女もそうであった。類は友を呼ぶという言葉通り、二人はあるお菓子屋で出会い意気投合し、それから毎日、放課後二人でお菓子を食べることが習慣になっている。
そんな彼女が、最近おかしかった。
「んー、やっぱり美味しいねえ。ここのは当たりかなぁ」
いつものように放課後のお菓子屋で俺たちは会っていた。
彼女--めいの勧めで入った店だが、思いの外美味しく、特にショートケーキが絶品である。
「ああ。ショートケーキの生地が柔らかくて、しかもクリームが程よい甘さでくどくない」
「このシャーベットも美味しいよ。ほら」
めいがスプーンをこちらに向ける。いわゆる"あーん"状態だ。
--嗚呼ッ!可愛すぎるッ!
「……ん、うまいな。舌触りがなめらかで、舌の中に染み込んでいくみたいだ」
「たかくんって本当食レポだよねー。しかも真顔っていう」
「そんなに変か?」
「面白いからいいんじゃない?」
「そうか……」
笑顔で言われると何でも良いことのように聞こえるから不思議だ。
「あっ、ちょっとごめん」
めいはメールがきたらしく、何かを打ち込んでいる。
前述したとおり、彼女は最近おかしい。数日前からメールの頻度がかなり増え、しかもメールがくるのをいつも気にしている節がある。それに、1人で考え込んでいる時が明らかに増えた。
それは何故か?すなわち"男"だ。
しかし放課後は毎日のように俺と会っている。その時まで男の影はなかった。本当に男ができたのか?その疑問は俺の中でわだかまり続けている。
だから俺は確かめなければならない。なによりこのまま悩み続けるのは俺の精神衛生上良くないのだ。
今、ここにめいの携帯が置かれている。めいはトイレで不在、見るとしたら絶好のチャンスである。
いっておくと、他人の携帯を勝手に見るのは最低な行為であり、プライバシーの侵害として立派な犯罪となる。なにより、めいに対する裏切りではないのか?本当にやってもいいのか?
…………。
「で、デートぉ!?」
差出人には知らない男の名前。内容に書かれていたのは明らかに"デートの誘い"だった。
ショックだ。いや、俺とめいはただの菓子友、めいに彼氏がいたとして全く問題はない。ならばここは友人として祝福しておくべきではないか?
「そうか、そうだよな……」
『日曜の昼、街の噴水前で待ち合わせよう』
その文字が嫌に目に焼きついた。
「いい天気だ……」
日曜の昼、天気は快晴、そんな中俺は街の噴水前に立っていた。今の俺の格好は普段かけない眼鏡をかけ、帽子を深く被る簡易変装スタイル。
端的に言うと、デートをつけることにした。
仮にも一年以上一緒にいる仲だ。今までめいに彼氏がいなかったのも、そういうことに対して興味がなかったのも知っている。すなわち、男性経験はゼロだといっていい。つまり、騙されている可能性があるわけだ。それならば俺はめいの友として、その男を見極めなければならないのではないか?
「おまたせ、まった?」
遠くから聞こえためいの声にすかさず振り向く。その瞬間、頭に電流が走った。
み、ミニスカァア!?
めいがそういう服を着るのは初めてだった。いや、俺が知らないだけでいつもは着ているのかもしれない。デートだから気合を入れたのだろうか……。惜しげもなく晒された白い素足が正常な思考を削っていく。本当に目に毒だ。
「いや、俺も今来たとこ。いこうか」
そういった男(さっきから居たのだろうか。存在感がなくて気づかなかった)は、めいの手をとって歩きだした。
男は一見すると清潔そうだ。柔和で害の無さそうな顔立ちだが、見た目で中身は図れまい。判断するのは尚早だろう。
男を観察しながら二人の後を追う。
どうやら映画館に向かうようだ。
「あ、これ見たかったやつだ」
「そうなの?じゃあこれ見ようか」
そうして選んだのは今話題の恋愛映画。
めいが最近気になると言っていたものだ。
結構な少女趣味のめいだが、それと反して大のアクション好きである。めいは気づいてないが、今日はめいの好きなアクションシリーズの上映日だ。俺なら迷わずそれを勧める。どうやら男はめいに精通していない。
勝った!
「……いやいや、勝ち負けとかじゃないだろ」
何を言ってるんだ、自分。俺の目的は友人の彼氏を見極めることだろう。
気を取り直し二人と同様のチケットを買う。
「うっ………くぅうッ!」
切ない。涙が止まらない。俺は情けないほどに感動していた。鼻水まで出てくる始末なのでもうどうしようもない。
「あの……」
「はい"?」
横からの呼び掛けに鼻声で振り向き、そして固まった。声の主はこちらを覗きこみ、「大丈夫ですか?」とティッシュを差し出してくる。
俺はそれを見て唖然としていた。
「めい……!?」
そうだ、俺はめいの隣の席に座っていたんだ!
「えっ?」
「あ!いや、その!」
やばい、何をやっているんだ俺!
焦った結果、気づけば逃げていた。
しばらく頭を抱えていた俺は、いつの間にか出てきた二人の後を追った。今度は念を入れ、かなり離れて歩いていく。しばらく歩いた所で、二人は見覚えのあるカフェに入った。
俺は帽子を深く被り、なるべく空気になり中に入る。
それにしても、どっかで見たような……しかも最近。
「どう?ここの店、美味しいって評判だったんだけど……」
「……ここ」
愕然とした。そうだ、この店は前にめいと二人で来た店だ。なんと偶然にも、男はここを選んだらしい。
……モヤモヤする。
「どうしたの?もしかして来たことある?」
「えっと……とりあえず、頼もう?」
「あ、うん」
めいは気まずそうに濁している。そんなに俺と行ったのが言いたくないのか?ああ駄目だ、思考が纏まらない。何故かムカついて、悲しくなる。
吐き気がして、しばらく俯いていた。
そうして、時間は過ぎていく。
「出よっか」
「……うん」
二人が席を立っても、俺は後を追えずにいた。なにもする気が起きなく、強く握りすぎて白くなった拳を見つめていた。
すれ違う時にめいと目があった気がしたが、それは気のせいだろう。めいは俺なんか見ていない、あの男と付き合ってるんだから。
さっきから何をイライラしてるんだ?友人だろ?応援すればいいじゃないか。何でこんな、
「悲しいんだよ……」
……そうか。俺は好きなんだ。めいのことが。
そもそも友人のデートをつけるという時点でお察しだ。俺は馬鹿だった。結局難癖つけてどうにか二人を引き離したかったんだ。本当に最低だ。
自己嫌悪と失恋の痛みに耐えられず、俺は二人が去ってなお席を立つことが出来なかった。
「……たかくん!」
どのくらいそうしていたのか、聞こえるはずのない声がすぐ側から聞こえてくる。
「…………めい?」
柔らかいはねっ毛が目に入る。間違いなくめいだった。
「本当もう……何してるのさ」
めいが呆れたように息を吐く。
そうだ、そんな顔も好きだった。怒っている顔も、悲しんでいる顔も、笑った顔も、全部好きだった。いつも放課後が楽しみだった。
「えーっと……」
「……?」
めいは何かに言いたそうに、しかしどう言えばいいかわからないというような様子だ。
そうして突然、めいはぴんと背を伸ばし、早口で言葉を放った。
「結論から言うと、やっぱり彼氏はいらない!」
「…………え」
「その、おためしみたいなこと言われて軽々しく了承しちゃってたけど、それって違うから……。それに、まあ……たかくんといる方が楽しいし」
「!」
照れくさそうに言葉を続けるめいに、さっきまでのことが嘘の様に気分が高揚する。
「あ、友達として楽しいってことね!」
「そう……」
少しだけ落ち込む。が、口角は自然と上がっていた。
こほん、とめいが咳払いをする。
「……なんか食べよっか?」
「じゃあ……シャーベットで」
無意識に頼んでいた。めいは驚いた顔をして、その後「じゃあ私はショートケーキだね」と笑った。いつもと同じで最高に可愛かった。
俺達はその日、お互いのお菓子を食べあった。