Story2-Shion2
クソ能天気悪魔は答えた。
「いや、失礼。名前を聞かれるなんて何百年ぶりだろうと思って。」
side Shion
俺は剣を構えた。
予想していた状況とは違う、恨みや憎みのない正当な勝負だ。
この世間知らずの悪魔にどれだけの力が通用するだろうか?
死んだ父さんには悪いが、少しわくわくしている自分がいることを自覚していた。
「へぇ、立派な剣だね。しっかり手入れもされているようだし、構え方もいい。相当修行を積み重ねたんじゃないかい?」
「ああ、よく分かったな。そうだ。父さんが死んでからというもの、俺は剣術にばかり身を打ち込んできた。本当ならお前を倒すために、な。まぁ今となっては少しそれは違うが。」
「そうか、君も僕を憎んでいたんだった...やっぱり僕は人間にとって、ただの悪役でしかないようだね」
そのときのこいつの顔はとても悪魔とは思えないほどに寂しい顔をしていた。
*****
少しずつ間合いを詰め、剣が届く距離までに至った。
悪魔はぴくりとも動く気配がない。
ただ余裕綽々な顔をしている。
俺は渾身の力を込めて剣を振りかざした、が。
(...っ!?)
当たっていない。悪魔は無傷だ。
何故だ、と思うがよく悪魔を見ていると
「いつの間に離れて...!?」
俺と悪魔との距離が、明らかに先程より離れている。
こいつはいつ俺と距離を取ったんだ?
それすら分からない。まるでこいつが瞬間移動したみたいだ。
「クソッ...」
そのままの距離で、構える。そして俺は、勢いよく剣を振った!
剣に風が叩かれて、その風はかまいたちとなり悪魔のほうへ一直線に襲いかかる。
しかし悪魔は、その強烈なかまいたちを目にすると右腕を持ち上げて左の方に移動させ、自分にあたる直前にその腕を思い切りかまいたちにぶつけた。
あんなことしたら、腕が引きちぎれるぞ?
そう思ったが実際には、
悪魔は、
かまいたちを、
右腕を振りかざすだけで打ち消したのだ。
「何で...」
「さて、と...次は僕からいくよ?」
呆気にとられていたがなんとか気を引き締めて、相手の出方をしっかり見極めるが、次の瞬間には目の前に悪魔がいた。
「はっ?」
「...やぁ、ちょっと失礼するよ」
急いでやられないように剣を構えて防御しようとしたが、それを瞬く間に弾かれる。
遠くにとばされた剣が音をたてるのが聞こえたのは、悪魔の拳が俺の鳩尾に向かう途中のことだった。
あー...全然かなわなかったな。くっそ、...痛そうだな
そんなことを思うが、拳は鳩尾にぶつかる直前で止まった。
「...?」
「ここまで、で...いいよね?僕は暴力が嫌いなんだ。出来れば傷つけたくないのさ」
「...ああ、いいぜ。俺の完敗だよ」
*****
「それじゃあ、本当の本当に悪魔になってくれるんだね!?」
悪魔は目をきらきらと輝かせている。初めての人間の悪魔だよ!と言っていたりどこからともなく喜びの声とかが聞こえてくる。
「あぁ、完敗だったしな。...いいからとっとと悪魔にしてくれ。」
「男気溢れるねぇ、じゃあいくよ!」
空気ががらりと変わる。すこし悪寒が走るような、不気味に近い雰囲気。
俺、死なないよな...?という不安な気分になってくる。
『世界樹の導きありて、今この魂を魔のものとする。
禁忌を裏切りの罪として、悪魔の正義を貫け!』
「...っ!グッ」
ーー閃光。自分の周りに現れた怪しい光にたまらず目を閉じる。
一瞬の光の中、それはもう恐ろしいほど美しい女性と、その女性が大事そうに抱えた若々しい苗木が視えた。...ような、気がした。
「..オ..ン、シオン!」
「っ!?」
「大丈夫かい、ぼうっとしていたみたいだけれど。」
「あ、ああ...大丈夫だ。」
「ふぅ、兎にも角にも、成功して良かった。人を悪魔にしたのは始めてだったから...。これでようやく第一歩を踏み出せたって感じだよ。本当、長かったなぁここまで...いやこれからが長いんだけど。」
「...。」
悪魔は心の底から嬉しがっているようで、その歪な尾を揺らし、長くとがった耳と同じく長い黒髪を無造作に跳ねさせている。...まるで子供だ。
更に自分を見てみると、悪魔と同じように長くとがった耳と歪な尾がついていることがわかった。しかし尾はこの悪魔の折れ曲がった枝のようなものとは異なり、真っ直ぐ伸びており先端が枝分かれしている。この尾は悪魔によって違うらしい。
そこでもうひとつ、知っておく必要がある事柄があることに気付いた。
「なぁ、あんた」
「なんだい、質問ならどんどん受け付けるよ。」
「...名前は、何て言うんだ?」
「あ、あぁ...そうか。ふふ...。」
「なんだ?」
「いや、失礼。名前を聞かれるなんて何百年ぶりだろうと思って。今いるもう一人の仲間ももとから僕の名前を知っていたし。わかった、教えるよ。
僕の名前は、ユグヴィフという。...ああ、言いにくいよね。そうだね...ユグとでも呼んでくれればいい。」
「わかった、改めて、俺はシオンだ。よろしくな、ユグ。」
「うん、よろしく。」
いきなり始まったそれはもう歪な友情|(といって良いのかすら分からないが)。これからどうなるのかは分からない。それほどまでにころころと状況が変わりすぎていた。
なぁ父さん、悪いな。俺はこれからこのクソ能天気悪魔と行動するよ。父さんが憎んだあの悪魔だ。けど、俺も父さんも、憎むことや恐れることは誤解だった。
『人は見かけによらない』ように、悪魔も見かけによらない。
それを教えてくれたのは、あろうことかこのどこか抜けたユグだった。
夜は明け、朝日が昇ってくる夜の色と朝の橙色の薄明かりの中、俺は歪な尾ととんがった耳を風で微かに揺らした。