最終話 自己満足の旅
(見え、なかった……! 回避はおろか防御すら間に合わなかった……! こ、こんな馬鹿なッ……! 俺は六年前、確かに奴の技をこの目で見て学んだはずッ……!)
半月天舞を受けたことによる回転力を逆に利用し、初速と有効射程距離を大幅に向上させた帝国式対地投剣術――飛剣風「疾風」。その技の速度と威力は、六年前にゼオドロスが目撃した投剣術を遥かに上回っていた。
自分の知見をさらに超えた技を目の当たりにした彼は、わなわなと震えながら両膝を着いてしまう。常軌を逸した衝撃力を防御する間も無くまともに受けたことにより、立つことすら叶わないほどのダメージを負っているのだろう。
「……はぁッ!」
「ま、まさかっ……あの回転からっ……!?」
「しっ……信じられん……!」
一方。「疾風」の直撃が生み出した衝撃波を空中で浴びていたダタッツは、その猛風が身体の回転を阻止するブレーキとして機能したことにより、強烈な回転の勢いから解放されていた。
滞空中に体勢を立て直した彼は跳ね返って来た剣をキャッチすると、その場でくるりと一回転して軽やかに着地してしまう。半月天舞の衝撃力を打ち消すほどの「疾風」の威力と、その鮮やかな身のこなしに、ラフィノヴァ達は揃って驚嘆している。そんな彼女達の驚きを他所に、ダタッツは怜悧な眼差しでゼオドロスを見据えていた。
「……あなたが独りで憎しみを拗らせていた、この六年間。ジブンがただ遊んでいたとでも?」
「ぬ、うぅうぅうッ……! き、貴様ぁッ……初めから回転力を利用するつもりで、わざと半月天舞を正面からッ……!」
帝国に報復するために練り上げた自分の技を、よりによって帝国勇者に利用されるという屈辱に震えるゼオドロスは、憎悪に満ちた眼光でダタッツを睨み上げていた。彼はその巨躯を大きくふらつかせながらも、斧槍を杖代わりにして立ち上がって来る。
(まだだ……まだ終わってはいない! 俺はここで倒れるわけには行かんのだ……! あの戦争の報復を果たすまではッ……!)
歯を食いしばり、血走った眼でダタッツを凝視するゼオドロス。彼を突き動かす執念の力が、肉体の限界を凌駕しようとしていた。その並々ならぬ闘志とタフネスを目の当たりにして、ダタッツも頬に冷や汗を伝わせている。
(……ラフィノヴァ団長の月鋭剣を真っ向から受け止めた上に、「疾風」が直撃しても倒れないなんて……信じられないタフさだな)
「はぁッ、はぁッ……! 貴様は、貴様だけはこの俺がぁああッ……!」
(こうなったら……仕方ない。出来ることならこの場で使いたくはなかったが、「螺剣風」で終わらせる!)
こうなれば周囲に被害が及ぶとしても、確実かつ強制的にゼオドロスを無力化させるしかない。その結論に至ったダタッツは、地を踏み締めて大きく腰を捻り、帝国式投剣術の「奥義」を繰り出す構えを見せる。
「お、俺はッ……ま、だッ……!」
「……!」
だが、その一撃が繰り出されることはなかった。ダタッツが「奥義」を撃ち出そうとする直前で、ゼオドロスはついに白目を剥いて力尽きたのである。轟音と共に倒れ伏した彼はようやく斧槍を手放し、そのまま気を失ってしまった。
「……守るべきものがある人は、多くの命と責任を背負って戦っているんだ。報復を口実に、生きることさえ投げ出してしまった今のあなたとは……戦う理由の『格』が違う」
ダタッツはその姿を目にして深く息を吐き、腰の鞘に剣を納めて行く。その際に鳴り響いた金属音が、この戦いの終幕を告げていた。
「まさか……あのゼオドロス殿を一撃で昏倒させてしまうとはな。何にせよ、君には礼を言わねばなるまい。……騎士団を代表して、礼を言おう」
その光景を目の当たりにしたラフィノヴァは、驚嘆の表情を浮かべて立ち上がって来る。ようやく半月天舞のダメージも回復して来たらしい。女騎士達に肩を借りている彼女は、複雑な様子で昏倒したゼオドロスを見下ろしている。
「構いませんよ。入団試験でのいざこざである以上、ジブンも無関係ではありませんから」
「ふっ……当然のことかも知れんが、やはり君は変わり者だな」
自分達の眼前で凄まじい剣技を披露しておきながら、あくまで「一介の入団試験参加者」という立場を崩そうとしないダタッツ。そんな彼の物腰に苦情を溢すラフィノヴァは、白々しくも常人振ろうとしている彼の横顔を優しげに見つめている。
「……し、信じられない……! ラフィノヴァ団長でも敵わなかったあのゼオドロスを一撃で……! あの人、一体何者なの……!?」
「それにさっき……帝国式投剣術、って……!」
「ねぇ、それってさ……前の戦争で、あの帝国勇者が使ってたって言われてる……!」
「……」
一方。周囲の女騎士達はダタッツの剣技や先ほどまでのやり取りを通じて、彼の「正体」に気付きかけていた。今や過去の遺物である帝国式投剣術を使う剣士など、帝国軍のバルスレイ将軍を除けば一人しか居ない。
その結論に行き着いた女騎士達は、畏怖と敵意を混ぜ合わせた表情でダタッツを睨み付けていた。当のダタッツはそんな彼女達の視線に気付いている上で、肯定も否定もせず沈黙を貫いている。自分に対する判断も対応も彼女達の心に委ねる、という意思表示なのだろうか。
「……違うな」
「えっ……!?」
そんな中。部下達の肩を借りているラフィノヴァが、静かに口を開いた。怜悧な眼差しでダタッツを見つめる彼女は、周囲の女騎士達も思わず息を呑むほどの覇気を纏い、艶やかな声色で言葉を紡いで行く。
「確かに彼の技は帝国式投剣術のものであったが……速度も精度も帝国勇者のそれとは全く違う。恐らく、六年前の戦争で目撃した帝国勇者の技を模倣して、独自に習得したものなのだろう」
「ラフィノヴァ団長……!?」
「そ、そうなのですか……!?」
「先の戦争で帝国勇者の技を実際に見た私が言っているのだぞ。それとも、私以上に根拠を持った者が他に居るのか?」
「い、いえ……そのようなことは……」
実際に帝国勇者の戦闘を見たことがあるのは、この場においてはラフィノヴァしか居ない。その彼女が別人と言い切っている以上、部下の女騎士達もこれ以上ダタッツの正体について追及することは出来なかった。
それでも何人かはダタッツに疑惑の視線を向けており、ラフィノヴァもそれを察して目を細めている。ダタッツの方に視線を移した彼女は、その蠱惑的な双眸で自らの真意を語っていた。
(……この場は私が時間を稼ぐ。話が長引いてボロが出る前に、ここから立ち去るがいい。私に出来るのはここまでだ)
(……ありがとうございます)
ダタッツの正体に勘付いた上で助け舟を出そうとしているラフィノヴァ。そんな彼女の気遣いを察したダタッツは、深く頷き感謝の意を示す。その反応を見届けたラフィノヴァは、部下達が抱いている「疑惑」が「確信」に変わる前に状況を動かそうと口を開いた。
「さて……立っているのは見学者の君一人。そして他の参加者はゼオドロス殿も含めてこの有様。此度の入団試験は、これでお開きということになるな」
「そうですね……。それで、彼はどうするつもりなのですか? よろしければ、ジブンが城下町の宿まで運んで介抱しますよ。牢屋でも構いませんが」
ラフィノヴァの言葉に頷くダタッツは「自然な成り行き」でこの場から離れるべく、ゼオドロスの処遇について口にする。しかし返って来たラフィノヴァの答えは、思いがけない内容だった。
「……いや。彼の身柄は我々聖国騎士団が引き取る。君にも行かねばならない目的地があるのだろう? これ以上、彼のことで悪戯に引き留めるわけにも行くまい」
「えぇっ!?」
「こんなのをウチで引き取る、って……本気なんですか!? ラフィノヴァ団長!」
「あれほどの危険思想を振り撒いていた人間なのだ。聖国騎士として、看過するわけには行くまい。ならば入団試験の合格者として取り込み、我々の管理下に置く方がむしろ安全と言えよう。私に一撃を入れるという合格条件を満たしているのは事実だしな」
「だ、だからって……! 昔の戦友って話も聞いたことはありますけど、さっきあんな目に遭ったばかりなのにっ……!」
ゼオドロスの身柄を騎士団で預かり、管轄下に置こうと言い出したラフィノヴァの発言に、女騎士達は瞠目して声を荒げている。本来なら即刻牢屋に叩き込むべき危険人物だと言うのに、ラフィノヴァは敢えて彼を騎士団に引き込もうと言うのだ。しかし当のラフィノヴァ自身は全く引く気配もなく、自信に満ちた凛々しい美貌を輝かせている。
「戦場に二度目はない。一度手の内を見抜かれた者の技は、もはや『必殺技』ではなくなる。……彼自身がそう言っていた通り、私も半月天舞はすでに見切ったさ。例え彼が目を覚ました途端に暴れ出したとしても、その時こそ私の手で止めて見せる」
「……分かりました、ラフィノヴァ団長。あなたの技を『見学』させて頂いた身として、その御判断を尊重致します」
「あぁ……ありがとう」
ラフィノヴァの気高く凛々しい双眸から、その胸中の覚悟を汲み取ったダタッツは、彼女の決断を受け入れることに決めた。国防の重責を担う彼女自身が、豊かな胸を張ってそう決めたのならそれが全て。そう判断したダタッツの言葉に、ラフィノヴァも感謝の意を込めて一礼していた。
「最後に一つだけ聞かせてくれ。今の君がそうやって、独りで旅をしている理由は何だ? 何故私達のために戦ってくれた?」
「……」
すると。踵を返して立ち去ろうとしたダタッツの背中に、ラフィノヴァが乳房を揺らして声を掛けて来る。
部下達の肩を借りずとも立てるようになるまで回復した彼女は、自身の白く艶かしい両脚でダタッツの背に歩み寄っていた。くびれた腰をくねらせて歩む彼女の爆乳と巨尻が、ぶるんぶるんと左右に揺れ動いている。
「彼と同じですよ。無くした誇りを取り戻したい。旅をしているのも、行く先々で戦うのも、そのための自己満足です」
そんな彼女の美貌に振り向いたダタッツは、彼女と共に倒れ伏したゼオドロスを一瞥する。彼の生き方に心のどこかで「共感」していたダタッツは、「勇者」という役割に相応しい生き方を欲している自分の胸中を、静かに吐露していた。
「……そうか。ならばその自己満足が果たされた時こそ、君は本当の意味で『勇者』になれるのだろう。……達者でな」
彼の胸の内に秘められた思いを、騎士の一人として察していたラフィノヴァは、彼が旅の中で目指しているものを悟ると――白く優美な掌で、彼の背を優しく押し出して行く。
「……ありがとうございます」
その温もりを感じ取ったダタッツはラフィノヴァと穏やかに微笑み合い、この場から立ち去って行くのだった。そんな彼の旅立ちを、「白金の女騎士」は慈愛を込めて見送っている。周囲の女騎士達も僅かな疑念を抱えつつ、手を振って彼の出発を見届けていた。
(……帝国勇者。君は、やはり……)
悪魔などではない。人間兵器でもない。自分達と変わらない、心を持った一人の人間なのだろう。その結論に至ったラフィノヴァは、ダタッツの背が見えなくなる瞬間まで、その場から動くことなく優しげな笑みを浮かべていた――。
◇
――私達が暮らすこの星から、遥か異次元の彼方に在る世界。
その異世界に渦巻く戦乱の渦中に、帝国勇者と呼ばれた男がいた。
人智を超越する膂力。生命力。剣技。
神に全てを齎されたその男は、並み居る敵を残らず斬り伏せ、戦場をその血で赤く染め上げたという。
如何なる武人も、如何なる武器も。彼の命を奪うことは叶わなかった。
しかし、戦が終わる時。
男は風のように行方をくらまし、表舞台からその姿を消した。
一騎当千。
その伝説だけを、彼らの世界に残して。
◇
――そして、男が再び帝国の大地を踏み締めた時。
新たなる伝説が、幕を開けるのだ。
第1話の前書きの通り、この後の物語は断章「生還のグラディウス」に続きます。読了ありがとうございました!




