第2話 白金の女騎士
「はぁっ……うぅっ、あぁっ……!」
晴れやかな青空と太陽の輝きに照らされた、荘厳な王城。その上階に位置する一室で、一人の美女が悪夢にうなされていた。白いシーツを握り締める艶やかな手指にも、大量の汗が滲んでいる。
「……はっ!?」
やがて。艶やかな金髪を振り乱して、彼女はベッドから飛び起きる。その弾みで豊満な爆乳がばるるんっと上下に揺れ動き、瑞々しい汗の滴が白い果実から飛び散っていた。汗ばむ頬や桃色の唇に張り付いた髪先からは、芳醇な「女」の香りが漂っている。
「……まさか、今になってあの日の夢を見るとはな」
一糸纏わぬ姿で眠りに耽っていた彼女は、六年前の凄惨な「体験」を悪夢の中で味わっていたらしい。白く豊満な柔肌は隅々までしとどに汗ばみ、彼女が夢の中で体験した「蹂躙」の凄まじさを物語っている。豊満な爆乳は荒い吐息に合わせて、ゆさゆさと上下に揺れ動いていた。
「……ラフィノヴァ団長。間も無く『入団試験』のお時間です」
「あぁ……分かった、すぐに準備する」
その時、入り口のドアの向こうからノックの音が響いて来る。部下の女騎士からの呼び掛けに応えた美女――ラフィノヴァは、この自室に飾られた自身の専用軽装と両手剣を一瞥し、鋭く目を細めていた。
「あの日の『恥辱』を忘れてはならない。我々は……強くならねばならんのだ」
◇
――六年前の戦争では王国と同盟を結び、帝国の侵略に反抗していた聖国。王国の領土と隣接しているこの小国には、事実上女性のみで結成されている精鋭の騎士団が居た。
先の戦争で壊滅した旧騎士団の生き残りであるラフィノヴァによって再編された新生聖国騎士団。類稀な美貌と武術の才能に恵まれ、男性顔負けの実力を持つ女騎士達で構成されたこの騎士団は、諸外国にもその強さと美しさが知れ渡るほどに「有名」であった。
絶世の美貌と抜群のプロポーションで有名な現女王「ジルフリーデ」にも劣らぬ美女揃いと知られている彼女達は、今や国内外を問わず絶大な人気を博している。特に、二十五歳という若さでこの騎士団を率いているラフィノヴァ団長の人気は抜きん出ていた。
しかし女性ばかりと言っても、聖国騎士団に男子禁制というルールがあるわけではない。戦力増強のため実力主義を徹底した結果、男性騎士よりも遥かに優れた女傑ばかりが集まり、「女だけの騎士団」が生まれたに過ぎないのだ。偶然にも同じ時代に生まれ合わせた、百年に一人の逸材達がこの聖国に集まっていたのである。
だが団長のラフィノヴァは、それで満足することはなかった。先の戦争での消耗によって現在は沈静化している帝国の侵略行為が「再開」された場合に備え、さらに騎士団の戦力を増強する必要があると考えたのだ。王国との戦争で疲弊した今の帝国では聖国までは支配出来なかったため、この国は辛うじて独立を維持している。しかしその平穏も、長く続く保証は無いのである。
そこで彼女は「見目麗しい美女だらけの騎士団」という評判により、半ば偶像崇拝に近しい方向性で人気を集めている現状を敢えて利用する作戦に出た。身分も国籍も問わず、騎士団への入団希望者を実力のみを基準に募る「試験」の場を設けたのだ。
想定通り、その入団試験には希望者が殺到した。無論、集まったのは男ばかり。荒くれ者の傭兵や、この試験のために除隊した他国の元兵士、果ては美女を求めて国さえ捨てた元騎士に至るまで。聖国騎士団の女傑達に近づくために入団を希望した男達が、我先にと群がって来たのである。
普段はそのような浮ついた理由で自分達が評価されていることに憤慨していたものだが、今となってはその風潮にも利用価値がある。聖国史上最強と謳われている今の騎士団でさえ、その戦力は盤石であるとは言い切れないのだ。
数日前にとある山賊団を征伐しに赴いた際も、彼らが根城にしていた遺跡の奥で罠に嵌められ「不覚」を取ったこともあった。あの帝国勇者が復活したという噂も立っている今、少しでも戦力を高めるためには手段を選んではいられない。ラフィノヴァはその一心で、今回の入団試験の試験官役に臨もうとしていた――。
◇
「へへ……おい見てみろよ、あの色々溢れ落ちそうな破廉恥軽装! 上玉揃いで有名な聖国人の女達があんな格好してるんだから堪らねえぜ……。国外で『噂』になってるのも納得の絶景じゃねぇか」
「そこらの男なんかじゃ歯が立たねえ女傑ばっかりが集まってる騎士団……ねぇ。そうは言っても、地元の剣技大会で負け知らずだった俺には通用しねぇさ。楽しみだぜぇ……騎士団全員、俺の女にしてやらぁ」
ラフィノヴァ団長に一撃でも当てられた者は入団を許可する。その至極単純な条件に口角を釣り上げた男達は、「所詮は女」と侮りながら試験会場となる王城内の練兵場に集まっていた。扇情的な専用軽装を纏う城内の女騎士達に鼻の下を伸ばしている彼らは下卑た笑みを浮かべ、場内を練り歩く彼女達の肢体を舐め回すように見つめている。
かつて栄華を極めていた聖なる森人族の遠い末裔と言い伝えられている聖国人。彼らは生まれながらにして恵まれた美貌の持ち主であり、特に聖国人の女性は他国の女性と比べても一際美形であると言われている。それは聖国騎士団の女騎士達も例外ではなく、他国から集まった男達は蠱惑的な軽装を纏う彼女達の美貌とプロポーションに釘付けになっていた。
「……全く、どいつもこいつもイヤらしい目でジロジロと。私達が気付いてないとでも思ってるのかしら?」
「やる前から分かり切ってはいたけど、やっぱり下心しかないゲス共ばっかりが参加して来てるじゃない。ラフィノヴァ団長も一体何を考えて入団試験なんて……」
「我々がこの前、山賊団との戦いで『不覚』を取ったのは事実だからな……。戦力の増強が必要であることは否めなかろう。あの遺跡に仕込まれていた卑劣な罠のせいとはいえ、この我々が全滅しかけたほどの戦闘だったのだから」
「あーあ。よっぽど信用ないのねー、私達。ちょっとショックかも」
「そう不貞腐れるな。案外、見込みのある奴が一人くらいは居るかも知れんぞ」
一方、その視線に気付いていた女騎士達は、試験参加者の男達に冷たい侮蔑の眼差しを向けている。中には興味深げに参加者達を見つめている女傑も居たが、彼女達の多くは参加者達に大した期待はしておらず、冷ややかに一瞥するだけだった。それでも男達は構うことなく、彼女達がゆさゆさと揺らしている乳房や桃尻の膨らみに目を奪われている。彼女達の柔肌から漂う甘美な女の芳香が、男達の鼻腔を絶えず擽っているようだ。
「待たせたな、入団希望者の諸君。私が此度の試験官を務める聖国騎士団団長……ラフィノヴァだ。試験内容は知っての通り、この私に一撃でも当てられれば合格とする。御託は無用だ、さっさと始めるとしよう」
そして、白銀の専用軽装と両手剣を装備したラフィノヴァが練兵場に現れた瞬間。男達はどよめきながらも興奮した表情で鼻の下を伸ばし、彼女の豊満な肢体を舐め回すように凝視していた。
先ほどまで他の女騎士達の扇情的な軽装姿を眺めていた彼らは、果てしなく「規格外」なラフィノヴァの肉体に目を奪われてしまっている。凛とした美貌と気高い面持ちに対して、あまりにも刺激的かつ蠱惑的な白い身体。その肉体美に男達は釘付けにされていた。
「おぉっ……! あれが新生聖国騎士団の団長……! 『白金の女騎士』ラフィノヴァか……!」
「す、すっげぇ身体……! 乳も尻もとんでもねぇデカさ……! なのに、あの引き締まった腰つき……!」
「しかもあの美貌……! た、たまんねぇ……!」
口々にラフィノヴァの肉体を評価する参加者の男達。彼らを冷たく見渡しているラフィノヴァは、鋼鉄の刃のような鋭い眼光で「見所のある者」が居ないか探っていた。その背中に装備している巨大な両手剣は、彼女の力強さを雄弁に物語っている。
(……身の程知らずの不埒者ばかりか。この分では望み薄だが……言い出したのは私だ、しっかり全員相手してやらんとな。今の騎士団では、まだまだ戦力不足であることは事実なのだから)
艶やかなブロンドのロングヘアをポニーテールで束ねた絶世の美貌。白く瑞々しい柔肌は雪のようであり、天から降り注ぐ陽の光が、その美しさと鎧の光沢を際立たせている。
そんな彼女の絶対的な美貌は、同じく試験官役を担っている部下の女騎士達でさえ息を呑むほどであった。だが、参加者の男達が注目しているのは、彼女の怜悧な美貌だけではない。
その首から下にある肉体は、凄まじいほどにまで扇情的であった。極限まで軽量化され、機動性を追求した専用軽装によってほとんどの柔肌が曝け出されており、その「絶景」は男達の視線を大いに惹き付けている。身動ぎするだけでゆさゆさと弾んでいる豊満な爆乳と巨尻に、男達は大盛り上がりだ。
「……」
しかし、その中でただ独り。最後方からラフィノヴァの体躯を観察していた独りの青年だけは、彼女の鍛え抜かれた筋肉と荘厳な両手剣に視線を向けていた。
王国騎士団の正規団員の証である、一角獣の兜。鋼鉄の盾や鎧に、青い柄の剣。その装備一式を纏い、赤いマフラーを靡かせている黒髪の青年。彼の存在と視線に気付いたラフィノヴァは、「見所のある者」に声を掛けようと口を開く。
「そこの君、いい眼をしているな。君から掛かって来るか?」
「いえ……ジブンは記念受験で参加しただけで、ほぼ見学者ですよ。『白金の女騎士』の剣技を、是非近くで学ばせて頂きたいと思いましてね」
「ふっ、記念受験というには随分と気合の入った格好ではないか。その装備……王国騎士団の出身か?」
「ご想像にお任せしますよ」
ここに来た理由を記念受験と言う黒髪の青年。彼の飄々とした佇まいから只者ではないと察しつつも、ラフィノヴァはそれ以上追及することなく他の参加者達の方へと向き直って行く。
「ちっ、なんだよアイツ。冷やかしに来ておいて……気に食わねぇぜ」
「何が見学だ、スカしやがってよ」
「お喋りはそこまでだ。試験を始めるぞ」
「だってよ! あんな奴ほっとけほっとけ! そんなことより……合格するのは俺だ! 絶対入団してやるぜ〜……!」
ラフィノヴァの方から声を掛けられた青年に忌々しげな視線を送っていた男達は、気を取り直すと「待ってました!」と言わんばかりの表情でいきり立っていた。すでにその手には、各々が得意とする武器が握られている。
「最初に言っておくが……女だからと侮るような観察眼では、この試験を通過することなど到底叶わんぞ」
ラフィノヴァは男達を見渡しながら、背中の両手剣を勢いよく引き抜く。彼女の豊満な爆乳と爆尻が、その弾みでばるるんっと上下に大きく揺れ動いた。
その一瞬の動作だけで、辺りには抜剣による風圧が吹き荒れて行く。猛風の波動を真っ向なら浴びせられた男達は、思わず眼を剥いてのけ反ってしまう。
「うおぉっ……!? な、なんだ……この風圧ッ……!」
「こっ……この迫力……これじゃあ、まるで……!」
手にした剣を一振りするだけで、数多の敵兵を薙ぎ払ったというアイラックス将軍。彼の伝説を彷彿とさせるラフィノヴァの両手剣に、男達は瞠目して慄いていた。彼らはここでようやく、自分達と彼女の力の差に気付いたのである。
精鋭揃いと言っても、所詮は女だらけの騎士団。男から見ればお飾りの偶像のようなものだろう。そんな慢心が彼らをここに誘ったのである。無論、その代償は軽いものではない。白く優美なラフィノヴァの手指で握られた両手剣の柄から、無慈悲な金属音が響いて来る。
「……怖いか? ならハンデをやろう。君達全員で掛かって来るがいい。それで意味があるのなら、な」
その冷たい一言と共に。ラフィノヴァは容赦なく、渾身の力を込めて両手剣を勢いよく振りかぶる。次の瞬間、爆乳の躍動と共に振り抜かれた一閃による猛風が、男達を紙切れのように吹き飛ばしていた――。
◇
「……興醒めだな。数日前に我々が征伐した山賊共の方が遥かに手強かったぞ」
ラフィノヴァの美貌と肉体に目が眩み、己の実力すら見誤った参加者の男達。彼らは両手剣を振り抜いたことによる風圧だけで、呆気なく全滅していた。最後方から静観していた青年を除く全員が、ラフィノヴァの足元に死屍累々と倒れ伏している。
敢えなく気絶してしまった彼らは、ラフィノヴァと同じ専用軽装を纏う女騎士達によって、次々と練兵場の外へと放り出されていた。その様子を眺めていた黒髪の青年に、ラフィノヴァは神妙な眼差しを向けている。
「さて、見学しに来たと言っていたが……せっかくだから君も掛かって来たらどうだ? 私の剣技を学びたいというのなら、実戦を通して体験出来るまたとない機会……だ、ぞ……?」
この光景を前にしても動じた様子を見せない精神力。黒く艶やかな髪。美麗でありつつも精悍な印象も受ける顔立ち。そして、その勇壮な双眸。そんな青年の姿に「既視感」を覚えたラフィノヴァは、瞬く間に一つの「仮説」に辿り着き――瞠目した。
「……君は……!?」
その「仮説」が真実だったとしたら。帝国勇者が復活したという噂が、眉唾物ではなかったのだとしたら。自分は今ここで、恐るべき暴力の象徴と対峙することになる。その可能性が脳裏を過った瞬間、ラフィノヴァは「実戦」の顔付きを露わにして両手剣を構え直していた。
「団長……!?」
「あの見学者が一体どうしたというのですか……!?」
そんな団長の剣呑な様子に気付いた他の女騎士達は、何事かと目を見張り鋭い表情を見せる。あの黒髪の青年に、一体何があるというのか。ラフィノヴァの脳裏に過った「仮説」を知らぬまま、女騎士達は団長の横顔からただならぬ雰囲気を察して各々の武器を引き抜こうとしていた。
――すると、その時。
「……見事な一閃だったな、ラフィノヴァ殿。六年前よりもさらに冴え渡っている」
「なっ……!?」
他の参加者達と共に倒れ伏していた1人の大男が、女騎士達に助け起こされる前にゆらりと立ち上がって来た。二メートルはあろうかという長身の持ち主である黒尽くめの大男は、周囲の女騎士達が思わず乳房を揺らして仰け反ってしまうほどの覇気を纏っている。
「しかし、随分と刺激的な装備を着用しているのだな。聖国の剣技は王国のそれよりも遥かに素早く流麗なものであったが……その軽装の賜物であったということか?」
「君は……いや、貴殿はまさか……!?」
大男の口から発せられたその「声」は、ラフィノヴァにとっては決して忘れられない者のそれであった。男の「声」からその正体を察した彼女は、驚愕の表情で目を剥いている。
そんな彼女の姿に薄ら笑いを浮かべる長身の美男子は、漆黒の外套を一気に脱ぎ去り――筋骨逞しい肉体を見せ付け、橙色の髪を靡かせた。年齢は三十歳前後と言ったところだろうか。
かつての王国騎士団で採用されていた鎧は黒く燻んでおり、ベールと同じく闇に染まったかのような印象を与えている。しかしその手に握られた巨大な斧槍は、六年前と変わらぬ刃の輝きを放っていた。
「六年振りだな……ラフィノヴァ殿。御壮健で何よりだ」
「ゼオドロス殿……」
そんなかつての戦友――ゼオドロスの姿を前にしたラフィノヴァは、六年振りの「再会」だというのに剣呑な表情を崩さない。暗澹とした彼の双眸から漂う妖艶な気配が、彼女の第六感に警鐘を鳴らしていたのだ。




