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ダタッツ剣風 〜悪の勇者と奴隷の姫騎士〜  作者: オリーブドラブ
第3章 贖罪のツヴァイヘンダー
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第47話 王国勇者ダタッツ

 そうして、帝国騎士に新たな時代が芽吹こうとしている頃。


「やはり、行かれるのですか」

「……はい」


 王国では、一人の男が新たな旅立ちの時を迎えようとしていた。

 青い服に袖を通し、首に赤いマフラーを巻く若者の眼前には――煌びやかな新緑のドレスに身を包む、美しいブラウンの髪を持つ姫君の姿がある。

 かつて、この国の騎士だったダタッツ。かつて、この国の姫騎士だったダイアン姫。二人は今、互いに新たな道へと歩み出そうとしていた。


 二人の後ろでは、町の人々や騎士達が入り乱れ、破壊された王宮の復興に奔走している。


「あれほど王宮が破壊されたとあっては、国民に全てを隠し通すことも出来ません。ジブンが本性を露わにして暴れていたところを、駆け付けたヴィクトリア様が追い払った――としておくのが、一番の理想でしょう」

「……否定は、できませんわね。事実、民衆は皆、あなたを疑っていた……」

「ダイアン姫。短い間ではありましたが、お世話になりました。ヴィクトリア様が正気に戻られ、王国への帰還を果たした今、ジブンの力はもう必要ありません。今の王国ならば、必ず立ち上がっていける。ジブンは、そう信じています」

「……えぇ。ヴィクトリアもあれから随分、騎士団の指導に精を出しているようですし。もう、わたくしが姫騎士として剣を振るう必要もなくなってしまいましたわ」


 ――あの死闘の後。


 治療を受けたダタッツが意識を回復させた頃には、すでに数日が経過していた。戦いで破壊された王宮は、有志の民衆や騎士団の手で復興が進められ、バルスレイがその指揮を執っている。


 それと並行して、騎士団ではヴィクトリアによる激指導が始まり、団員達は来る日も来る日も彼女のシゴキに悲鳴を上げる羽目になっていた。


 そんな彼女の手には今、父の形見である両手剣が託されている。

 一度は持つ資格がないからとダタッツに譲ろうとしていた彼女だったが、彼自身の「その剣で人々を守って欲しい」という頼みに応じ、今では父の形見に見合う騎士になることを目指し、騎士団をシゴく傍ら、自らにも苛烈な修行を課している。


 また、ヴィクトリアによる猛特訓に、唯一弱音を吐くことなく耐え続けているロークは、既に弱冠十四歳の若さで小隊長の座を掴んでいる。

 ダタッツが騎士団に入ってから今日に至るまでの短期間で、飛躍的に実力を上げた彼女に注目している人間は非常に多く、一部では次期団長になるとも噂されていた。


 一方、あの死闘でダタッツの右腕を治すために魔力を使い切ったダイアン姫は、自身の両腕に後遺症を残すことになり――剣を振るえない身体となってしまった。以来、彼女は病床の父に代わりこの国を治めるべく、政を学んでいる。

 結果として、彼女の身体には消えない傷が残ることとなったのだが――今の彼女は、憑き物が落ちたように笑顔を多く見せるようになり、その美しさに見惚れる者達が続出するようになっていた。


 ――そうして、少しずつこの国が前に進んで行こうとしている、この時に。

 ダタッツは、王宮破壊の罪を被る形で――この国を立ち去ろうとしているのだ。


「とにかく、国民にそう発表した以上、ジブンがここにいるわけには参りません。では、達者で――」

「――お待ちください!」


 踵を返し、短い挨拶だけを残して立ち去ろうとするダタッツ。その手を握り、引き留めるダイアン姫の眼差しは、かつてないほどに熱い。

 それが女の顔であることを察するダタッツは、無言のまま彼女の様子を伺う。伝えたい言葉がある、と言いたげな彼女が、勇気を振り絞る時を待つために。


 だが、出てきた言葉は。


「あなたの、その旅に……このダイアンも、お供しとうございます。わたくしも、連れて行って頂くわけには――参りませんか?」

「ダイアン姫……」


 ダタッツの予想を、大きく超えるものだった。剣も盾も失い、姫騎士を引退して父の政治を支えるようになった彼女。

 今、ダイアン姫が王国を抜けてしまえば、ただでさえ不安定なこの国が、さらに傾いてしまう。 彼女の発言は、王女としての責任を放棄しているようなものだ。


「……それは、不可能です。あなたは、この国にはなくてはならない方。今の王国には、あなたの力が必要なのです」

「そんな……ひどい」

「あなたの、そのお気持ちだけは――有り難く、頂きます」


 ゆえに、多少冷たく突き放すことになろうとも。ここで彼女の想いを受け取るわけにはいかない。

 ダタッツは彼女と目を合わせないよう顔を伏せ、立ち去ろうとする――が。


「ふ……ふふふ」

「……?」


 ダイアン姫の、笑いを堪えるような声に、思わず振り返ってしまう。その視線の先には、悪戯っぽい笑みを浮かべる年相応の少女の姿があった。


「ダタッツ様ったら、今の言葉を真に受けるなんて。本当に単純なのですから。そんなことでは、いつか悪い女に騙されてしまいますわよ?」

「……それは、あなたではありませんか。冗談が過ぎますぞ」

「――冗談では、ありませんわ。あなたをお慕い申し上げているのは、本当です」

「……!」


 からかうような笑みから一転し、真剣な眼差しを見せるダイアン姫。一途なその瞳に、ダタッツも目の色を変える。


「ですが――あなたが仰る通り、わたくしは王女としてこの王国を支える柱とならねばならない。きっと、これを叶わぬ恋と呼ぶのでしょう」

「……」

「だから――せめて。わたくしだと思って、持って行って頂きたいものがありますの」

「……?」


 すると、ダイアン姫は視線を後方へと移し――その先から、ヴィクトリアが現れた。

 王国騎士団の正規団員の証である、一角獣の兜。鋼鉄の盾や鎧に、青い柄の剣。その装備一式を、全て両手に抱えて。


「ダタッツ殿。例え、この国を去ろうとも――王国のために戦い抜かれたあなたは間違いなく、誉れ高い王国の騎士だ。その証明として、この装備を捧げたい」

「受け取ってくださいますか? ――帝国勇者などとは違う、王国勇者のダタッツ様」

「ヴィクトリア様、ダイアン姫……」


 彼女達の真摯な言葉に、ダタッツは僅かに逡巡し――決意を固めた面持ちで、それを受け取る。次いで、その装備を素早く身に纏い、雄々しい騎士の姿となった。


「……やはり、ダタッツ殿にはよく似合う。予備団員の鎧では、様にならんからな」

「素敵ですわ……ダタッツ様」

「――ありがとうございます」


 見惚れるように頬を染める二人に、ダタッツは僅かにはにかむと――気を取り直すように踵を返し、赤いマフラーを靡かせる。

 今度こそ、立ち止まることはない。


「――さぁ。行ってくださいませ。あなたの、思うままに」

「ダタッツ殿。――ご武運を」


 彼女達の、別れの言葉に深く頷き。黒髪の騎士は、一歩、また一歩を足を進め――この国から、立ち去って行く。

 声を殺して泣き崩れる姫君にも、その細い肩を優しく抱きしめる女騎士にも。振り返ることなく。


 一つでも多くの笑顔を守るために。自分にある力で、一つでも多くの希望を守るために。彼は、終わることのない旅へと、その身を投じて行く。


「……ありがとう」


 姫君が、涙ながらに残した最後の言葉を、耳にして。


「ローク君、良かったのか? 見送りに行かなくて」

「別に。オレはまだまだ未熟だからな。次にダタッツに会って、あいつをビックリさせてやる日までは――修練あるのみ、さ。あんたこそ弟子の門出だってのに、ここで油売ってる場合かよ」

「……その必要はない。もうあの子は――いや、彼は。見送りが必要になるような男ではあるまい」

「はは、違いねぇな」


 その頃、喧騒の中で復興に尽力していたバルスレイとロークは。互いに笑い合いながら、別れを惜しむ必要などない、と言わんばかりに。今の自分達が為すべき使命に、奔走していた。


(私は、彼の父にはなり切れなかった。だが、せめて……彼の強さだけは、信じてやりたい。もはや、私にできることはそれだけだ)


 息子のように想ってきた青年の行く末を憂う一方で、彼の選択を尊重したいとも願う。そんな矛盾した思いを胸中に抱えるバルスレイが、一瞬だけ弟子がいるであろう方角を見遣る時。


「ローク君、バルスレイ様! そろそろお昼にしませんかー!」


 遥か遠くから自分達を呼ぶ大声が轟いてくる。元気が取り柄と評判の、料亭の看板娘だ。


「よーし、そいつはそこに積んでくれ! ……ふう」

「どーしたんでぇ、親父さん。ため息なんてらしくもねぇ」

「……いや、なに。いなくなっちゃいけねぇ奴がいなくなる――そんな気がしてよ」


 彼女の隣では、彼女の父代わりが男達を率いて、復興を進めていた。――明るく、豪快なようで。その面持ちは、どこか儚い。


「む、もうそんな時間か。……行くか、ローク君」

「おう、行く行く! 朝っぱらから荷物だの何だの運んでばっかで、腹ペコなんだ!」


 その一方で。彼女の呼び声に応じるように、二人は歩み出して行く。希望に溢れた、笑みを浮かべて。――また、暖かい食事を持って彼らを迎える茶髪の少女も。


(きっと……理由があったんだよね。私は信じるよ、ダタッツさん。――だからどうか、元気で……ね)


 人知れず。あの日、恋い焦がれた黒髪の騎士に思いを馳せながら――この国の人々に尽くす日々を送っていた。


 ――そして、さらに数日が過ぎた頃。


 帝国の使者がこの国に訪れた頃には――既に予備団員ダタッツは、騎士団の名簿からその存在を抹消されていた。


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