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003

 その後、ボーリングという名のピンへの破壊行為がひどくお気に召したお嬢様は六ゲームも元気ハツラツと爆音を轟かせていた。四ゲーム目からは凉花の腕が悲鳴を上げてしまい、彼女の分まで真冬が投げた。つまり実質九ゲームも休憩せずに七キログラムの重りを投げ抜いたのである。ただそんな怪物のような彼女を乾いた笑みで迎えるしか出来なかった。

 六ゲームが終わった頃にはもう夕暮れ。それに気付くと真冬は申し訳なさそうに謝罪した。


「いいって、私も見てて楽しかったよ!まぁ、

途中恐ろしかったけどね」


「なによ、人を化け物みたいに!……でも本当に申し訳ないわ」


「もういいよ~なんか調子狂うから」


「そうだ!お礼に夕食をご馳走したいのだけれど」


 手をパンッと叩き、閃いた真冬は笑顔で提案する。――笑顔が眩しすぎるとはこの事か!


「い、いいよ、そんな!逆にこっちが申し訳ないって言うか……」


「遠慮しなくていいわよ!少し待っててもらえる?」


 そういうと彼女は携帯を革製のバッグから携帯を取り出し、慣れない手付きで誰かへ電話をかける。


「……もしもし、真冬よ。今日遊んでくれた友人にお礼がしたいのだけれど。……ええ、そうね。彼女の格好?ええと、黒のロングスカートに白のカットソーよ。……ええ、わかったわ。ありがとう、森さん。大丈夫よ、ご飯を食べたらすぐに帰るわ」


「……誰に電話したの?」


「家政婦さんよ。ここから近いらしいの!早く行きましょ!」


 珍しくテンションが上がっている、まるでボーリングの疲れを見せない彼女に感心しながらやれやれと言った様子で着いていく。そんな彼女もどこか浮かれたような笑みを見せるのであった。




 そのフレンチレストランはビルの最上階に君臨していた。街を見下ろすような一面硝子張りの壁、それでいてシックで落ち着く店内、ゆとりのある席の配置、テーブルにはシルク製のテーブルクロスが敷かれている。もちろん、白色だ。かっきりとしたスーツや晴れやかなドレスを着た紳士、淑女達がおしとやでいてにこやかに食事する様を見るに――少なくとも高校生二人で食事にきていい場所じゃない!


「ね、ねぇ、ここ高そうだし……」


「真冬お嬢様、お待ちしておりました」


 凉花が話すのとほぼ同時。白いコック帽を被り、かっきりとした調理服、襟元に赤いスカーフを巻いたご年配の男性が柔和な笑みを浮かべ深々と礼をしてきた。


「長谷川おじ様、お嬢様扱いは困りますわ。お顔を上げてください。むしろ突然お邪魔させて頂き、申し訳ありませんわ……」


「ほっほっほっ、なにを仰っいますか。真冬お嬢様にご友人を連れて来店して頂けるなど、誠に光栄で御座います。申し遅れました、当店の料理長を任せて頂いております長谷川と申します」


 長谷川は凉花に手を差しのべる。


「あ、えと、三島凉花です。今日はすみません」


 凉花は焦りながらも自己紹介をするとその手を握る。長谷川は優しく頷きながらグッと包むように優しい力でその手を握り返した。


「さ、こんな所で立ち話も何ですし。お席へ案内させて頂きます、どうぞこちらへ」


 長谷川が店内の奥へと歩き始める。慣れたようにいつものピンとした背筋で真冬が着いていく。店内の雰囲気に萎縮してしまった凉花は彼女に背中に隠れように着いていくので精一杯だった。


「本日のお席は此方になりますが、どうでしょうか?」


「わぁ……」


 案内されたのは窓側の角席。一面硝子張りのそれから見下ろす街はまるでイルミネーション。動く自動車や、信号の光までもが飾りとなっていた。凉花が感嘆の声を上げてしまうのも無理はない。


「とても素敵な席ですわ」


 真冬はにこりと長谷川にお礼をする。その様子に満足気に頷いた長谷川は席を引いて二人をエスコートする。


「本日は如何致しましょうか?フルコースもご用意出来ますが」


「凉花、好きな料理はある?」


「え、ええと……」


「何でも仰って下さいね」


 ――わ、私、こんな所の料理なんて分からないよ!?え、なに?キャビア?フォアグラ?トリュフ!?


「凉花」


「は、はい」


 その様子に察したのか真冬が声を掛ける。


「貴女が自宅で嬉しい事があった時に作る食べ物って何かしら?」


「嬉しい事があった時……」


「そうね、例えば期末テストが終わった時の自分へのご褒美とか?」


「あ、ハンバーグ」


 ふと声に出した凉花はしまったと口を紡ぐ。こんな所で子供っぽい事を言ってしまった。


「ハンバーグですか」


「凉花、ハンバーグでいいかしら?」


「う、うん」


「ハンバーグお願い出来るかしら?」


「勿論ですとも。お飲み物は如何致しましょう」


「ミネラルウォーターを二つ」


「畏まりました。すぐにお持ち致します」


「ええ、ありがとう」


 そう言うと長谷川は深々と頭を下げて調理場へ戻っていく。凉花は肩の力が入りっぱなしで、その様子を真冬が見るとふふっと笑う。


「貴女、緊張し過ぎよ」


「だってこんな所初めてだし、て、てかハンバーグってこのお店にあるの?」


「さぁ?多分ないんじゃないかしら?」


「ないって……うわぁ、私やっちゃったなぁ」


「そんな事ないわ。長谷川おじ様はお客様の好きな料理を作るのがプロだっていつも言ってるもの。あまり見くびらない方がいいわ」


「そ、そんなこと」


「それより良い景色よ。ほら、あそこが駅ね。ちょうどあの辺りに立ってたのよ」


「ふふっ、四十分もね」


「もう馬鹿にしないでよ。遅刻したくせに」


「うわぁ、まだ言うか!?」


「ふふ、お互い様ね」


「そうだ、この後またプリクラが撮りたいわ。あの時は緊張していたし……それにクレーンゲームっていうのもやってみたいの!」


「しょうがないなぁ。付き合いますよ、お嬢様」


「もう!その呼び方やめってたら!」




 ――その日、長谷川さんが特別に作ってくれたハンバーグは私が批評するのもおこがましい位に世界一美味しいハンバーグだった。でもきっとそれだけじゃない。真冬と二人で食べたハンバーグだから、もっと美味しく感じられたんだ。なんてね。


 凉花は自室のベッドで今日二度目に撮ったプリクラを眺める。その一枚には達筆な字で、


「『ありがとう』か。真冬らしいなぁ」


 二人は満面の笑みだった。

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