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002

「駄目よ……恥ずかしいわ……」


 少女は頬を朱に染め、目を伏せる。


「何言ってんの、一度や二度は経験あるんでしょ?」


 少女は後ろから彼女を抱き締める。


「あ、あるけど、こんな所では初めてだし」


「大丈夫だって。ほら、本当の自分をさらけ出しなよ。二人だけなんだからさ……!」


「あっ……だめ……!」


 そして少女達は……


 なんて展開があるわけもなく、凉花すずはなは真冬を羽交い締めにする。暴力的に眩しいライト達に囲まれて、彼女達は攻防を続けていた。別に凉花が弱っている真冬を虐めているわけでも、二人でイケない花を咲かせている訳でもない。


 プリクラ機のスピーカーからパシャッと小気味よい音がすると、前面に設置されたモニターに笑顔で羽交い締めする凉花と目を固く瞑る真冬が映し出された。


「真冬、目瞑ってんじゃん!あっはっは!」


「あ、貴女が無理矢理私を抑えるからでしょ!?」


「だって真冬が逃げようとするからさ〜。あっ、ほら、真冬!二枚目!ちゃんと笑ってね」


「え、あ、え、」


「…………あっはっは!なんで私の方見てんの!しかも口開いてるし!!もうほんとやめてお腹痛い……!」


「し、仕方ないじゃない!写真と違ってなんだかこの機械、タイミングが分かり辛いのよ!」


 ひぃぃ、と肩を震わせ目に涙を浮かべる凉花。まるで日本を知らないどこか外国の現地住民にジャパニーズカルチャーを教えてる気分になりながら、おどおどとする真冬に笑いが止まらない。


「さっ、三枚目だよ…!ぷぷっ…今度はちゃんとピースしてね!いくよ〜、せーのっ」


「……」


「……おお!可愛いじゃん!ぎこちないけど」


「なんだかこの写真おかしいわよ。私の脚なんて棒になってるし、なんだか目が大きすぎて不自然だわ」


「いいの、いいの。それがプリクラなんだから。ほら、次落書きコーナーにいくよ」


「……なんだか狭いわね」


「なに?プリクラの落書きコーナーの中ソファかベッドでも置いてあると思った?」


 馬鹿にしないでよ、とは言うものの遠からずれてはいないのか図星を付かれたような反応をする真冬。――多分、真冬は本物のお嬢様……しかも大切に育てられた箱入り娘という奴なのかもしれない。でもここまで物を知らないって有り得るのか?街にさえ出たことがないなんて、正直考えられない。


「凉花?なにか考え事?」


「あ、いやいや。何でもないよ!これはね、このペン使ってこうやって書くの。んで、スタンプ使いたい時とかはここ押してね」


「何を書けばいいのかしら?」


「お互いの名前とか、『今日は○○行ってきた楽しい〜』みたいな」


「わかったわ」


「じゃあ、こっちの可愛い顔してるやつは真冬書いてね」


 ええ、と呟くと真冬は一瞬考え込んで意を決したようにペンをモニターに走らせる。その様子を確認すると、次はどこに連れてこうかなぁなんて少し浮かれた気分で適当に落書きを。――そういえば友達と休日遊ぶなんていつ以来だっけ。少なくとも高校に入ってからは一度もない。こんなに楽しかったけ。




「はい、これ。真冬の分。大切にしてね?」


「あ、ありがとう」


「そして、次はここね!」


「私、初めてよ?」


「大丈夫、私も得意じゃないけど教えてあげるよ」


 ゴロゴロと鈍く低い音をたてながら、ボールがピンへと当たる。パカァンッと気持ちの良い音をしてピンが弾け飛んだ。二人が次に訪れたのはボーリング場である。


「見ててよ、こんな感じで……よっと」


 凉花が投げたボールは大きく右へずれていく。レーンの半分を超えた辺りで溝へ落ち、何事もなくピンを通過していく。ガーター。そして訪れる静寂。


「……ねぇ」


「何も言わないで、何も言わないで真冬。こっちだってドヤ顔で投げてガーターとかすごい恥ずかしいんだから」


「あっちのレーンの人を参考にすればいいのかしら?」


 真冬の指さす方を見ると白いサポーターを付けたご年配のおじいさんが流れるような綺麗なフォームでボールを放つ。ガーター?そう思った瞬間、ボールが意志を持つようにクイッと真ん中へ曲がっていく。――パカァンッ、気持ちの良い音がボーリング場へ響き渡る。


「あ、あれは流石に無理じゃないかな…」


「やってみるわ」


 真冬が16ポンドの黒色に鈍く輝くボールを片手でヒョイっと持ち上げる。……ん?16ポンド?


「ちょっ」


 『ちょっと真冬』、凉花の静止より早く彼女は一歩目を滑らすように踏み込む。二三歩の助走を付けて、白く細い右腕に余りにも似つかない黒色の玉を後ろへ高々と引く。その勢いを生かして、先程のご年配よりダイナミックなフォームで右腕を振り切った。


 ボールから雷鳴の様な轟音が轟く。先程のご年配の数倍は速いそのボールは、一直線へ右ガーターの方へ向かっていく。ガーターか。そう思われたのとほぼ同時。意志を持ったようなんて生温い。まるで生き物のようにその黒色の何かは真ん中へのピンと襲い掛かる。


 刹那、爆音が場内に鳴り響いた。場内の全員が固唾を飲んで音の発信源を見つめる。何も無い。ストライク。畏れ多いなにかを讃えるように、場内からまばらに拍手が起きたかと思うと、次第に全員が大きな拍手を送る。

 恥ずかし気に真冬はぺこりと方々に礼をすると、各所で「今の凄くなかった?」「めっちゃ綺麗なフォームだったな…」「てかあの子可愛くね?」「モデルじゃない?」「俺、声掛けに行こうかな!」「お前じゃ無理だって!」と声が上がり始める。


「な、なんだか恥ずかしいわ……」


 真冬は肩を竦めて凉花の隣へ座ると、緊張したのか手持ち無沙汰にジュースを手に取ると一口だけストローに口を付けた。


「い、いや、あの、真冬さん?」


「なにかしら?」


「ボーリングは初めてって……」


「ええ、そうよ。あのお爺様を真似て見たんだけれど、上手く全部倒れてくれて良かったわ」


「ボ、ボールの重さ、一番重いやつだよね?」


「あら、アレが一番重いの?男性の方は軽すぎないかしら。私で少し軽い気がするのに」


「真冬と取っ組み合いしたときに勝った自分が我ながら恐ろしいよ……」


「あの時は……その、告白しようとしてて緊張してたし……それに貧血気味だったから……」


 ぞっとする。私は生きてる今が奇跡なのだ、怪力の真冬が万全の状態で私に襲いかかっていたら……凉花は昼下がりから真夏の恐怖体験をしつつ、二度と真冬との取っ組み合いは辞めようと心に誓うのであった。

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