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001

 夏休みに入って数日。携帯電話がけたたましく鳴り響き、凉花すずはなは目を覚ました。寝惚け眼で時計を見ると、もう時刻は正午になろうとしている。

 凉花は枕元にあった携帯電話に視線を落とすと、そこには彼女の知らない電話番号が表示されていた。思い当たる節のない凉花はおずおずと面倒そうに着信を切る。大きな欠伸を一つすると、気持ち良さそうな綿のタオルケットに身を包んで目を瞑った。

 しかし、それを知ってのように携帯電話が再び凉花の幸せを阻害する。苛立つように携帯電話を荒く手に取ると、凉花は不機嫌そうに電話に出た。


「…はい、三島です」


「あら、私の電話を切るなんて数日の夏休みですっかり偉くなったものね。その声から察するにまだ寝ていたみたいだけれど、随分と遅くまで勉強でもしていたのかしら?」


 嫌味ったらしく皮肉を言うその聞き覚えがある声。反射的にベッドから身体を起こして脳を覚醒させる。


「え、え!?真冬!?」


 驚きの声を上げると真冬は呆れた様に溜め息をついた。


「貴女、まだ寝ていたの?夏休みだからって何時までも寝ているつもり?」


「え、いや、なんで私の電話番号知ってるの!?」


「連絡網があるじゃない」


 あぁ、と凉花は納得する。小さなアパートに一人暮らしをしている凉花は固定電話なんてあるはずがなく、連絡網には携帯電話を記載していた。最近はなんだか連絡網の奴に驚かされてばかりだと凉花は一人心の中で悪態をつく。


「それで、今日はどうしたの?なにか用事?」


「ええ、今日は貴女に頼みがあって」


「おお、珍しい。なに?」


「宮守さんと遊ぶ練習に付き合って欲しいの」


 寝起きで回りきらない頭をフル回転させる。少なくとも『友達と遊ぶ練習』なんて経験もなけれぱ、聞き覚えすらない。私の聞き間違えか?新手の呪文かなにか?


「ごめん、もう一度お願い」


「あら、貴女、夏休みに入って数日でとうとう脳だけでは飽き足らず、耳も腐らされてしまったのね。なんて可哀想なの」


 およよ、とオーバーに泣き真似をする真冬。


「もういいから!それで、なんて?」


「宮守さんと遊ぶ練習よ。そうね、一時間後に駅前で待ち合わせをしましょう」


 それじゃあ、と一方的に電話を切られる。傲慢な態度に怒りを覚えるのすら忘れた凉花は、呆然と切られた電話の音を聞き続ける。今日も何かが起こりそうな気がする、凉花はざわつく胸の高鳴りを感じつつ洗面所へと向かうのであった。




「遅刻よ」


 太陽光を反射させるような純白のワンピースにカンカン帽を被った、その美しい少女は怒っていた。袖から伸びる白く滑らかな腕を胸元で組み、大きく凛々しい目を吊り上がらせ、整った高い鼻をふんっと鳴らし、愛らしい唇をへの字に曲げる。


「いや、二分だよ!?これでも走ってきたんだからね!」


「全く。これだから電柱は。人の告白を邪魔したと思えば、待ち合わせにすら遅れるなんて。犬にマーキングされる事しか脳がないのかしら?」


「電柱じゃないわ!」


 ありったけの罵声を滝のように浴びせる真冬はどうやら御機嫌が斜めらしい。よく見てみると日陰にいるにも関わらず、じんわりと汗をかいてるようにも見える。


「……真冬、どれくらい待ってたの?」


「そうね、40分前くらいかしら」


「はぁ!?なんで!?」


「友達と遊ぶなら最低でも10分前には着かなきゃならないじゃない?でももし貴女が10分前に着ていたら待たせてしまうかもしれないし、私が迷子になって遅らせたら申し訳がたたないわ。だから30前に来ようと思ってたのだけれど、友達と遊ぶなら30分前には集合かしらと思って、それの10分前には着こうと思ったの」


「え、ええと……」


 真冬の思考の異常性を感じた凉花はおずおずと申し訳なさそうに口を開く。


「遅刻した分際で言いにくいけど、真冬それおかしいよ…」


 そう言うと真冬は途端に頬を赤く染め、目を伏せて口を尖らせた。


「しょ、しょうがないじゃない。その、『友達』と待ち合わせするなんて、初めてなんだもの」


 もじもじとしながら恥ずかしげに真冬が呟く。内心凉花は「ええええ!?」と声を大にして驚いていたがどうにもそんな真冬を目にすると声には出せなかった。


「え、と。失礼かもだけど、もしかして友達と遊ぶのも初めて、なの?」


「え、ええ。小さな頃には公園とかで遊んだことならあるけれど……街で遊ぶのは初めてだわ」


 ようやく凉花は理解する。『友達と遊ぶ練習』とはカラオケの練習やボーリングの特訓などでは無い。文字通り、『友達と遊ぶ練習』なのであると。


「そっか。じゃあ今日は遅刻したお詫びにこの街を案内しちゃおうかな!と言ってもここに来たのは四月からだから、私も大して知らないんだけどね!」


「あら、そうなの?実は私も小学校六年生の頃にここに引越してきたのよ」


「え!?そうなの!?」


「ええ、前は隣の県に住んでいたわ」


 二人は他愛もない話をしながら熱気を帯びた暑い街を歩き始めた。すっかり機嫌が直った真冬は上機嫌に凉花に着いていく。まるで旅行先ではしゃぐ子供のように。



 そして凉花は真冬の無知ぶりに驚愕を隠しきれなかった。二人は轟々と煩く鳴り響く、乱雑とした空間にいた。


「ねぇ!?ここ何!?ちょっと煩すぎるわ!!耳がおかしくなるわよ!!」


「何って、ゲームセンターだよ」


 二人はゲームセンターにいた。真冬は雑音がらんちき騒ぎをする空間に混乱しているようだった。そんな彼女が面白くて凉花はけたけた笑う。


「ゲームセンター知らないって、真冬今までどんな生活してたのさ」


「し、知ってるわよ!馬鹿にしないで。うちの家政婦から聞いたことがあるわ」


 どこから突っ込めばいいのやら。凉花は目を丸くしながら質問する。


「家政婦って…あの、家事をお手伝いしたり、犯人の顔を目撃しちゃうみたいな、あの家政婦?」


「犯人は目撃したことがないと思うけれど、その家政婦よ」


「……もしかして、真冬ってお嬢様?」


「違うわよ、家政婦には『お嬢様』とは呼ばれるけれど。普通の家庭よ」


 普通ってなんだっけ、と思いつつ凉花は少なくとも普通の家庭には家政婦がいない事を脳内で再確認する。


「……家が広いの?」


「確かに広いかもしれないわ。でも特別広いなんて事は無いと思うけれど。マンションだし」


 不思議そうに真冬の顔をみる凉花の疑問が伝わったのか、あぁ、と真冬が続けた。


「両親は仕事で忙しいのよ。なにせ隣の県に会社があるから。半月帰ってこないこともザラなの。だから住み込みで家政婦を雇っているわ」


「住み込み!?真冬って本当にお嬢様!?」


「だからそんなんじゃないってば」


「半月も帰ってこないって真冬は寂しくないの?」


「全然そんな事は無いわ。それに、お母様とお父様は私の為に引っ越してくれたのだから、我侭言ってられないわよ」


「ん?真冬の為に引っ越したって?」


 しまった、と真冬が口を手で塞ぐ。


「ど、どうでもいいでしょ。貴女だって察されたくない事はあるでしょ?聞き流しなさい」


「あ、あるけどさぁ」


「それより、この煩い空間の『楽しみ方』を教えないよ。まさかこれで終わりじゃないでしょうね」


 話を強引に逸らした真冬に切り替える凉花は納得いかなそうな態度を見せるも、着いてきて、と歩き始める。真冬がぱしっと凉花の腕に抱き着く。驚く凉花に慌てて真冬が身体を離す。


「ご、ごめんなさい!あの、私、そんなつもりじゃなくて…!こ、こういうところ初めてだから、その、怖くて、ごめんなさい」


「え、いや、どうしたの?大丈夫?」


 この凉花の問いかけは抱き着いてきた件にではない。震える真冬に対してだ。何かに怯える様に身体を震わす真冬。いきなりの豹変ぶりに凉花が戸惑う。真冬は小さく、ごめんなさい、ごめんなさい、と謝罪を繰り返すばかりで一向に様子がおかしい。


「おーい、真冬?」


「私、そういうつもりじゃ…!」


 凉花は真冬が言い切る前にぎゅっと手を握る。はっとした真冬は凉花を見遣ると悪戯ぽく彼女が微笑んだ。


「ほら、怖くないでしょ?」


「で、でも、私、女の子の事が好きで、貴女にとっては、気持ち悪、」


「はいはい、何言おうとしてるかは知らないけど、友達同士で手を繋ぐなんて今時の女子校生なんて普通ですからね〜。抱き合ったり、キスとかしちゃう子達もいるんだから」


「で、でも…!」


「でもでも煩い!さ、行くよ〜」


 強引に手を引きながら、大きく歩み始めると慌てて真冬が付いてくる。おずおずと恥ずかしげに着いていくるいつもと違う愛らしい彼女にどこか可笑しさを覚えながら凉花はぎゅっともう一度手に力を入れた。ひんやりと冷たい彼女の手に熱が伝わる。

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