表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪女と咲かせる花は百合なのか?  作者: 花井花子
葬式ランチタイム
5/34

002

 翌日、事件は会議室ではなく教室で起こる。


 明日に控えた夏休みに思いを馳せながら授業に身が入っていないような、そんな教室の空気が昼休みに入るとわぁっと破裂する。各々、仲間と机をくっつけ合ったり、弁当を広げたりと浮かれた雰囲気の中、二人だけは違った。


「な、なんで私が宮守さんを誘うのよ!貴女が誘ってくれるんじゃなかったの!?無理よ!!ぜっっったいに無理!!自慢じゃないけど彼女の前で騰がった私は何を言うかわからないわよ!?」


 凉花と真冬は顔を近づけあい、クラスメイト達に背を向けるようにしてこそこそと作戦会議をしていた。傍からみると“雪女”と“その手下”が今にもクラスメイトを洗脳せんと悪巧みしてる様にも見える。


「違うって!これには深い理由わけがあるんだって!」


「なによ!理由次第ではクラスメイト達の前で公開処刑になるのを覚悟しなさい」


 真冬は凉花のシャツの襟をグイッと片手で掴み上げる。それを見ていたクラスメイト達は「ひぃっ」と情けない悲鳴を上げた。クラスメイト達からは冷酷な雪女の怒りを買い、凉花が脅されてる様にしか見えない。そして悲しいかな、それは事実である。

 そんなやり取りにも慣れたのか、理由に自信があるのか。凉花は臆せず、雪女に語る。


「いい?まず、宮守は私達の事を大きく勘違いしてるでしょ?それは真冬にもわかるよね?オーケー続けるよ。そんな状況で宮守に私からご飯を誘うと、あいつはいつもの調子で『二人の時間を私には邪魔できないきゃー』とか言って逃げ出すと思う」


「…それで?」


「だからこそ、宮守をいつもの調子にさせなければいいってわけ。つまりは…」


「わかったわ。断られないように誘えばいいわけね」


「え!?ちが…ちょ、ちょっと真冬!?」


 任せなさいと言わんばかり凉花の話を途中で切り上げると最短ルートでグイグイ宮守に近づいてくる。凉花は見逃さなかった。彼女が混乱して瞳に蒼く冷たい炎を揺らりと燃やしたのを。


 クラスメイトは騒然とした。唐突に歩きだした雪女に。まるで教室を侵略する様な威圧感を放ちながら、怯えて泣き出しそうな“獲物”の宮守の前にその恐怖が立ちはだかった。


「え、え、あの、あの私、あの…」


 パニックになりながら机にしがみつく宮守を依然として真冬はまるで飢えたライオンが餌を見つけたように、その獲物をべろりと凶悪な瞳で舐め回す。

 その様子を凉花は知っている。そしてある意味クラスメイト達とは別の危機感を持つ。こいつパニックになってやがる、と。


「そ、その、ごめ、ごめんなさいぃ!」


 意を決してその場から逃げ出そうとする宮守。そして思わずがっちりとその頭を掴む真冬。教室内に緊張が走る。


「着いてきなさい」


 その教室を真冬は吹雪でも吹かせたように凍らせる。宮守なんて気絶しかけてる。唐突な呼び出し。傍から見ると『てめぇ気に触るんだよ、ちょっとツラ貸しな』と言わんばかりである。


「ちょっと待ったぁ!」


 そこにグイッと凉花が割り込み、真冬の手を宮守の頭から引き離す。その手は零度のように冷たく、少し汗ばんでるようにも感じた。


「え?なになに真冬ってば宮守さんとお昼ご飯食べたい?まじ?友達になりたいみたいな?はっはっはっ、だってさ、食べよっか!ね!宮守!ね!」


「わた、わた、わたし、美希ちゃんと、は、春香ちゃんと、食べ、食べ、約束、」


「じゃあ皆で食べよ!ね!はい、机くっ付けて〜!」


 冷や汗をかきながら凉花は強引に約束を取り付ける。とばっちりを受けた美希と春香は小さく悲鳴を上げた。ご愁傷さまである。


 そして真冬にとっては夢にまで見た、彼女達にとって地獄の底のような昼食会が開かれる。

『まるでお葬式のようだった』。後に同級生達はこの地獄めいた茶話会をこう語る。

 その鬱々とした雰囲気から逃れようと凉花は躍起になっていた。


「えーと、自己紹介しようか!学校にあまり来てないから馴染みないかもだけど私は三島凉花みしますずはな。んで、こっちは私の友人・・の雪代真冬ね」


 宮守に当てつけたように『友人』の部分を大きく誇張する。紹介された真冬は黙々と弁当を摘んでいく。


「わ、私はみゃーもりの友達の春香です…」


「同じく美希です…すみません…」


 ポニーテールの少女と眼鏡の少女は尋問されてるうに緊張しながら名前を述べた。何故か美希に至っては謝罪付きである。


「わぁ、宮守って『みゃーもり』って呼ばれてるの!そうかぁ、可愛いね!ね?真冬?」


 笑顔という仮面を顔に瞬間接着剤で固定させた凉花が無理矢理真冬に話題を振る。ピタリと箸を止めた真冬。すると妖しく口角を引き攣らせ彼女も笑顔を試みる。


「ええ、そうね」


 短く、それだけ。口角こそ上げてるものの、まるで笑っていないその目からは『てめぇら、私の食事を邪魔してんじゃねぇ。次はねーぞ?』と言わんばかりだ。全くそんな事はないのだが。


「え、えーと、んでこっちの小さいのが宮守。宮守、宮守、えーと。あれ?そういえば宮守の下の名前知らないや。なんて言うの?」


五十鈴いすずよ」


 間髪入れずに真冬が即答する。何を言ってるの貴女、と言わんばかりに即答した。早押しクイズ名人よりずっと早く、食い気味に即答した。真冬が。

 四人が一瞬にして文字通り凍りついた。真冬はその様子を不思議そうに眺め、『あっ』と声をあげて気付いた頃にはもう遅い。


「な、なんで私の名前…」


 宮守は最近ではお馴染みになった青ざめた顔で顔で真冬に問いかける。その問いに無表情を貫く真冬。彼女の脳は考える事を放棄して仮死状態に移行したようだ。


「名簿!連絡網の名簿でね!?それで見かけたんだよね、真冬!」


「ええ、そうよ」


 さながらプロレスのタッグマッチのように、宮守にスリーカウントを取られそうな真冬に助太刀をしてカットに入る宮守。二.九!カウント二.九!と脳内のレフリーが雄叫びを上げる。助けられた真冬は這いながらコーナーまで戻ろうとする。

 しかしこれはあくまでもタッグマッチ。宮守側の味方もいるわけで。


「でも、うちのクラスの連絡網って名前書いてなくないですか?すみません」


 気の弱そうな眼鏡の美希がおずおずとチーム雪女に鋭い一撃を見舞う。そうなのだ。凉花のクラスでは連絡網の表記は名字と名前の一文字。つまり宮守であれば『宮守(五)』と表記されてるのである。

 そのカウンターを喰らった凉花と真冬はリングへ倒れ込む。思わぬ伏兵、眼鏡をかけた秀才風の美希が魔王の側近に見えているのは気のせいだ。


「…いいじゃない」


 ぽつりと雪の結晶が地上に落ちるくらい小さな声で真冬が呟く。まずい、と凉花が止めようとした頃にはもう手遅れ。


「別にどうだっていいじゃない」


 無表情のまま、絶対零度の瞳で、その禍々しい威圧感で、宮守らを凍り付かせる。仲間の凉花すら凍り付かせる。カァーンッカァーンッカァーン。けたたましいゴングがなる。レフリーがスリーカウントを取り、満身創痍の真冬の右腕を天高く突き上げた。『勝者、チーム雪女!』と会場を沸かせる。


 勝負に勝って試合に負ける、この言葉の意味が痛烈に凉花と真冬に突き刺さった。凉花に至っては心労で今にも眩暈がしそうな気分である。


「う、うん、どうだっていいよね、みゃーもり?あは、あはは」


 場の空気を保とうとポニーテールの春香が緊張気味に声を震わせ口を開いた。


「別の話しよっか!ね!」


 凉花が「終わり!」と言わんばかりに両手をパチンと合わせる。まだ納得のいかない様子の宮守だがここで追求するほど、彼女も馬鹿ではない。


「皆、どこで遊ぶの?カラオケとか?私はあまり友達いないからそういうとこいかなくてさ〜」


 凉花が強引に話題を逸らすと、正気に戻った春香がポニーテールを揺らしながら驚く。


「ええ!?凉っちってめっちゃ遊んでそう!!」


「…凉っち?」


「あ、ごめん。凉花ちゃんって言いづらかったから…嫌だった?」


「いや!全然!むしろウェルカムだよ!それで、なんだっけ。あぁ、そうそう。私、学校とかサボったり、髪染めたりしてるからそう思われるかもだけれど、ほんっとにないんだよねぇ」


「意外です。宮守さんとは遊びに行かれないのですか?」


 目を丸くした眼鏡の美希が宮守の顔を見やる。宮守はその視線でようやく「はっ」とこちら側へ戻ってきたようだ。


「そうだね!凉花ちゃんとは遊んだことないね!今度、皆で遊ぼっか!」


 まるで聖女のような笑みを浮かべる宮守。凉花はここだと言わんばかりに目をギラリと怪しく輝かせ、口を開く。


「じゃあさ、夏休みみんなで遊ぼうよ!予定、今から立てちゃお!」


「おー!なんだから乗る気だね、凉花ちゃん!」


「真冬もくるよね?ね?」


「私は…」


 凉花は真冬に話題を振る。真冬は困った様に眉を潜めた。何処か遠慮をしてるようで、今にも「私は遠慮しておくわ」なんて言ってしまいそう。そんな真冬を察した凉花が軽く脇腹を小突く。小突く、つもりが焦った勢いで思い切り鋭いブローをレバーへと叩き込んでしまう。

 横目で見ていたクラスメイト達がざわつく。後に語られる、従者の裏切り、「雪女本能寺の変」である。


 ぐふっと、呻く凉花は凍り付かせた自らの無表情を力づくで笑顔に持っていく。片側だけ引き攣らせた怨念を持ったようなその口。今にも人を殺さんとする、その狂気の瞳。凉花を睨みつけながら真冬を声を震わせる。


「…ええ、そうね。私も参加させて頂くわ。たっっぷり遊びましょうね、三島・・さん」


 ひぃっと、凉花以外からも悲鳴があがる。仕方が無い、仕方が無いじゃない真冬!ちょっと力加減間違っただけじゃない!と言った目線を真冬に送るも事態は手遅れ。放課後が思いやられながら駆け抜けていくランチタイムの出来事であった。




「貴女のパンチ、本当に痛かったんだからね」


 終業式を迎えて浮き足立つ学校を背にして、早めに帰路へついている真冬は凉花に向かって恨めしい視線を送る。


「だから、ごめんって!でも、そうでもしないと真冬、あの時断ってたでしょ?」


「そ、そうだけど…」


 真冬も凉花の善意が伝わっているのか、夏休みの雰囲気に当てられているのか、少し角が丸くなったようにしおらしくなる。


「でも、良かったじゃん!宮守と遊べる約束も取り付けれたし!」


「宮守さんと、お出掛け…宮守さんとデート…宮守さんと、二人きりで…」


「待て待て、戻ってこーい、真冬〜、事実が改変されてるぞ~」


「ふふ…」


 柄にもなくだらけきった柔和の笑みを見せる真冬。その優しげでやんわりとした顔からは“雪女”の欠片も見られない。多分、この顔を知ってるのは私だねなんだろうな、と凉花はふと思う。得体の知れない優越感に浸っていると凉花は途端にブンブンと頭を振った。


「私、今何考えてた!?」


「な、なによいきなり」


 急に動き出した凉花に、素に戻った真冬が引き気味に驚く。真冬と会ってからの私は何かおかしい、なんで真冬に独占欲みたいのが湧くんだ!?私はアホなのか!?と凉花はぐるぐると目を回した。


「…ねぇ、ちょっと凉花ってば。なんだか貴女変よ。暑さでその少ない脳みそがとうとう蒸発しちゃったのかしら」


「誰が少ない脳みそだ!」


「あら、あそこで野良犬にマーキングされている電柱。無駄に背だけは高い貴女にそっくりよ」


「なんだとー!!」


 すっかりいつもの調子に戻った真冬に触発されて、先程の悩みが嘘のように忘れてしまう凉花。じゃれつきながら歩いていく。雲はゆらゆらと高い空を泳ぎ、太陽光は痛いくらいに地上を殴り続ける。蝉達は少ない人生を大声で謳歌して、凉花の夏休みが幕を開けた。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ