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002

「さて、と」


 切り替えるように凉花は息をついた。その様子をナディーヌは小首を傾げて見つめる。


「ナディが謝りたいってさ、真冬」


「え!?」


 扉がある建物の後ろ側に声をかけるように、凉花は呼びかけた。すると少し置いて、おずおずと真冬が「よくわかったわね」と諦めたような笑いを含んで出てくる。


「ま、真冬、いらしたの!?」


「まさか、バレてたとはね」


「まぁ、真冬もここくらいしか来るとこないしね」


「それもそうね」


 目を白黒させて動揺するナディーヌを置いてけぼりにして、くすくすと二人は笑い合う。


「真冬、ナディの話聞いてた?」


「……ええ、まぁ。大体は聞いたわ」


 少し抜が悪そうに真冬は目を逸らす。ナディは今までに見せなかった張り詰めた面持ちで、唇を固く結び、真冬の前に立った。


「あの、真冬……ええと……」


 制服のスカートをぎゅっと握り締め、ナディーヌは声を掛ける。落ち着かない様子の真冬は、目をきょろきょろと色んな方向へ動かすが、頑なにナディーヌだけは見ようとはしなかった。

 その様子を怒っていると勘違いしたナディーヌは、次の言葉がうまく出てこずに、ぱくぱくと口を動かすのみ。

 いくら待てども動きのない二人に痺れを切らした凉花は、スカートを軽く払って立つ。


「真冬、顔怖いぞ〜」


「なっ!?」


「ほら、ナディも。真冬、待ってくれてるよ?」


 優しい笑みをした凉花の言葉にこくりと頷く。覚悟を決めたように、ナディは口を開いた。


「今まで真冬を傷つけてごめんなさい! わたくし、自分のことばかりで大好きな貴女が見えていませんでしたわ」


 そして頭を下げた。あのナディーヌが頭を下げた。その様子に真冬は目を疑った。驚きで声が出ない。

 しかし、驚きで声が出ないなんて今初めてのことではなかった。凉花とナディーヌの会話を聞いていた時、あまりの衝撃的な真実に、何度心臓に杭を打たれただろうか。

 それと同時に後悔もした。あの頃の自分はナディーヌ以外の初めての友達に浮かれて、ナディーヌの気持ちも考えずに嬉々と話していたのだ。ナディーヌを差別していた人間と仲良くしているのを、何度も、楽しそうに、話していた。


 なんて残酷な事をしていたんだろう。


 被害者とばかり思い込んでいた真冬も、小学生とはいえナディーヌに酷い仕打ちをしていた。

 正直なところ、そんな事を考慮するなんて幼かった真冬にとっては酷な話だろう。しかしながら、“悪意のない悪意”はお互いの関係を残酷にも蝕んでしまった。その発端が真冬にもあるなら、それは――


「顔をあげて夏紀。私も、ごめんなさい。貴女の気持ちが分からずに、随分と酷いことをしてしまったわ」


「……許して、頂けるの?」


「お互い様ってことよ。仲直りしましょう?」


 照れくさそうに真冬はナディーヌに手を差し伸べた。その手に、面を食らったようなナディーヌは差し伸べられた手と、恥ずかしげな真冬の顔を交互に何度も見る。

 恥ずかしいから早くしなさいよ、と真冬に催促されたナディーヌは凉花を見る。そして、凉花が満悦の微笑みで頷くと、嬉しさに揺れる笑みでナディーヌは真冬に抱き着いた。


「ありがとう、真冬!!」


「な、夏紀! 貴女ねぇ!?」


 首に手を回して、子供のように抱きつくナディーヌに驚く真冬。しかしながら、その顔は笑顔でいっぱいだった。

 止まっていた古びた時計の指針が、ようやく動きだした瞬間だった。


「良かったね、ナディ」


「ええ、三島さんのおかげですわ!」


「あ、そ、それでね、夏紀」


 はしゃいで抱き着くナディーヌを多少強引に剥がして、真冬は羞恥が全身を駆けめぐるような感覚に目を伏せがちに告げた。


「こ、告白の事なんだけれど。私、他に好きな人が出来て……その、貴女の好意はとても嬉しいのだけれど……改めて、ごめんなさい」


 そうか、その事もあったのかと凉花は視覚をつかれたように唖然とした。ナディーヌと真冬の仲直りのことばかり考えていて、失念していた。

 焦るような気持ちでナディーヌを見る。

 彼女は笑っていた。


「大丈夫ですわ、真冬。ううん、むしろ良かったかもしれないですわね」


「夏紀……」


「わたくし、他に好きな人が出来ましたの」


「はぁ!?」


 その言葉に驚きの声を思わず重ねてしまったのは真冬と凉花。ナディーヌは晴れやかな笑顔のまま、胸を張って高々と宣言した。


「大好きですわよ、三島さん!」


「うぇ、わ、私!?」


「きっと貴女を落としてみせますわ!」


「な、夏紀、貴女何を言ってるの!?」


「告白の宣言ですわよ?」


 当たり前でしょ、何を言ってるの?

 そんな様子のナディーヌを二人は呆然と見ることしか出来なかった。一難去ってまた一難とは、まさにこの事だ。


 不意に屋上にあがってこようと階段を駆け登る足音がする。その音に振り向いて気付いた時には時すでに遅し。

 重い扉が勢いよく開かれ現れたのは、二人組の教師だった。


「お前ら! こんなとこに居たのか!」


「着いてきなさい、あなた達のせいで先生方どころか学校中は大騒ぎよ。処分は免れなさそうね。特に雪代さんは」


 キツそうな中年の女性教師がキッと凉花達を睨む。観念した三人は素直にそれを受け入れた。

 しかしながら、三人の誰一人浮かない顔はしていない。それどころかすっきりとした顔で笑いあっていた。その様子を少し気味悪がってみる教師達。


 凉花は屋上を出る間際、空を見上げる。


 今朝の雷雲轟く雨空は嘘のように消え去り、雲一つない晴天の太陽がさんさんと輝いていた。


◇◇◇


 結局、校長室でこってりと絞られた三人。

 凉花とナディーヌは反省文だけで済んだが、椅子に机に黒板まで壊した真冬だけはそうもいかなかった。一週間の停学処分を下された。はずだった。

 凉花やナディーヌ、それになんとあの若い体育教師やクラスメイト達までがそれに抗議。処分を言い渡された校長室の前に陣取り「自分達がレズビアンと騒ぎ立てたせいだ」「雪代さんは悪くない」「俺達にも処分が必要だ」等と座り込みを行ったのだ。


 後にこの主導は宮守とわかるのだが、それはまた別のお話。


 この抗議のおかげで、真冬は器材の弁償と一週間の反省文。クラスメイト達は一人一枚の反省文の提出という採決に覆った。


 覆った瞬間はまるでクラスメイト達全員がお祭り騒ぎ。その様子に野次馬が集まり、これまた大変な騒ぎとなる。


 そして、一人、また一人とクラスメイト達は真冬に頭を下げて謝った。それに驚きつつも、恥ずかしげに真冬は自分が悪いのだと逆に丁寧に謝っていた。その好感がもてる対応に、クラスメイト達の誤解が少なからず、少しは解けたようだ。

 真冬が“雪女”と呼ばれなくなる日も遠くはないのかもしれない。


 ようやく落ち着いて学校から解放された頃には、もうすっかり日が沈んでしまっている。

 そんな動転な一日を笑いあって凉花と真冬は帰路についていた。


「すっかり寒くなったねぇ。秋とはいえ、もう冬も近いなぁ」


「……そうね」


 何か煮え切らない反応の真冬。


「ん? どうかしたの?」


 凉花は違和感を感じて真冬を見る。思いつめたような顔をする真冬。独り言のように話し始めた。


「夏紀も勇気を出して謝ってくれたわよね」


「え、あぁ。うん」


「クラスメイトの皆も、勇気を持って行動してくれた」


「そうだね」


「凉花も勇気をだして、私達を追いかけてくれた」


「いや、それは勇気っていうか、心配でね?」


「私も勇気、出さなきゃな」


「……真冬?」


 明らかに様子の違う真冬に、凉花は思わず歩みを止める。心が大きな波音を立ててざわつく。少し先を歩いていた真冬が、決意を固くした眼差しで振り向いた。


「私、明日の放課後、五十鈴に告白する」


「え」


 言葉が出せなかった。頑張ってね、応援するよ、そんな簡単な一言が、出てこない。いや、出せないのではない。出したくなかった。

 あまりにも突然な宣言に、酷く眩暈がする。


「じゃあ、ここでお別れね。また明日、迎えに行くわね」


 どうしてこんな突然。な、何とかしなくちゃ。何とかって? 真冬の恋路を邪魔するってこと? 違う、違うんだ。そうじゃない、そうじゃないけど――


「凉花?」


「え、あ、うん。ま、また明日ね」


「え、ええ。また明日」


 軽く手を振って、分かれ道を進んでいく真冬。どんどん遠くなっていくその背中に、凉花の胸は茨で締め付けられるような錯覚を覚える。もどかしいこの気持ちの正体は、まだ分からない。

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