表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪女と咲かせる花は百合なのか?  作者: 花井花子
解凍メモリアル
24/34

001

「ちょっとは手加減してよ……」


 両手でこめかみを抑えながら、頭を抱えて項垂れるのは三島凉花。自業自得とばかりに鼻を鳴らして、真冬は蔑んだ。


「それで、どうしてあんな状況になったか説明して頂戴。答えによっては貴女は地獄行きだけれど、嘘をついたら分かってるわよね?」


 怒りが収まらない様子の真冬は、腕を組んで、蒼炎を瞳に揺らす。周りの熱を奪い去るような錯覚に、凉花は悪寒を催す。


「わ、わかってるよ。えぇとね……」


 朝の事を思い出すように、眉間に皺を寄せて目をつぶった。


「八時くらいかな。突然、ナディが来てさ。で、寝起きで機嫌悪かったから無視してベッドに入ったら、ナディも寝てきて。そして、その……」


 言いづらそうに真冬の顔を伺うが、「おら、早く言えよ、本物の地獄をこの世で見せてやろうか」と言わんばかりの形相に小さく悲鳴をあげて、観念したように続ける。


「それで、無視して寝ようと思ったら、なんかうなじ噛まれたり、服の中に手入れられたり……」


「……抵抗はしなかったのかしら?」


「いやぁ、多少はしたけど……絶対構ってやるもんかって意地になったっていうか……面目ないです」


 抜が悪そうに苦笑いをして頬を掻く。真冬の怒りは今にも臨界点に達しそうで、凉花はタオルケットを盾の代わりと言わんように握り締めた。


「まるでサカった猫ね。発情変態猫」


「そ、そこまで言う?」


 文句あるの?と言わんばかりに、真冬はそのギラギラとした猟奇的な視線を凉花に飛ばす。反射的に「すみません」と謝ってしまう凉花。


 そもそも、なんでこんなに真冬は怒っているんだ?


 凉花は一抹の疑問を持つ。

 正直な所、不順異性交遊、いや、不順同性交遊に対して、真冬がこんなに怒っているとは思わない(交遊もしていないが)

 ナディと寝ていたから?

 もしかして――


「嫉妬してる?」


 ハッと思わず口を抑える。思わず声に出してしまった、その一言。咄嗟に顔の前に手を出して、ぎゅっと目をつぶって、防御体勢を取る。殺される!! 冗談ではなく、凉花は危惧した。


 しかし、いくら待てども攻撃がこない。

 それどころか、真冬は言葉すらかけてこなかった。

 恐る恐る、目を開ける。


 ちらりと確認した真冬は、まるで沸騰したように顔を真っ赤に染め上げていた。若干、瞳を潤して、羞恥と怒りが混在した眼差しで凉花を睨む。


「……悪かったわね」


「い、いや、別に、悪くは、ないよ」


 まさか本当に嫉妬してたなんて。凉花は予想打にもしない状況に、思わず言葉が途切れ途切れになってしまった。

 暫しの静寂。気まずい空気が流れる。


「じゃ、じゃあさ、真冬も私と二人で寝てみる? な、なんちゃって」


 あははは、とあまりにも凉花のぎこちない作り笑い。空気が淀むと、自分が何とかしなくてはと思うのは凉花の癖だった。

 流石に神経を逆撫でしてしまったか。

 俯いてしまった真冬を不安そうに見遣る。真冬はおもむろに口を開いた。


「……する」


「へ!?」


「する!!」


「お、おう!!!」


 思わず男らしい返事を。

 なんと言うか、いつも振り回されてばかりだが、今日の真冬は特に掴めない。

 正直、こっちも聞きたいことは山々だが、どうにも凉花のターンはまだまだ回ってきそうにはなかった。


「ええと……じゃあ、寝るね?」


 動きの少ない真冬を見やりつつ、凉花はベッドへ横になる。無地の白い壁が、凉花の視界を単色に塗り替えた。

 それに続くように、もぞもぞとぎこち無い動きで、真冬が寄り添ってくる。遠慮がちに距離を少し開けるせいで、真冬の緊張が伝わってくる。

 そこまでして私と寝たいものなのか?

 少なくとも一友人と寝たいなんて考えは、凉花には持ち合わせていなかった。


「頭。少し上げて」


 不意にかけられた言葉に、凉花は素直に応じる。

 凉花の頭の下には腕枕が敷かれた。至り尽せりである。気恥しさと申し訳ないなさが混在する気持ちで、その腕に静かに頭を降ろした。


 気まずい静寂が、二人を包む。


 ナディーヌの時とは、明らかに違う気分の高揚。僅かな困惑も、真冬に伝染してしまいそうで、無意識に凉花は息を飲んだ。


「……申し訳ないわね」


 静寂を絶ったのは真冬だった。


「なにが?」


 緊張を悟られぬよう、平然を装って真冬が応える。


「私って、狡い女だわ。本当はこうしたかったのに、凉花の優しさを利用しちゃうの。本当の私は、嫉妬深くて、卑怯で、弱い」


 幻滅よね、と真冬は続けた。淡く、切なく、小さなその声は、どこか真冬が初雪のように消えてしまうようで。胸が締め付けられた。


「ねぇ、真冬」


 凉花は真冬の方に身体を向けた。目の前には驚く真冬の顔。吐息さえ生々しく感じられてしまう、一歩踏み出せば、唇だって触れ合ってしまいそうなその距離。

 きっと私は林檎よりも、マグマよりも、真っ赤に顔を染めているんだろう。凉花は、恥ずかしさを押し込める。


「真冬の事がもっと知りたい。昔のことも、今のことも。真冬の全部が知りたい」


 意を決したように、想いを伝えた。今まで避けていた事。怒られるかもしれない、嫌われるかもしれない、そんな事は今はどうでもよかった。


――真冬を知りたい。


 距離を置かれたら、置かれる程ふつふつと湧くその感情。自分自身ですら理解し難い、初めてのその感情。初めて真冬に包み隠さずぶつけた、その感情。


 真っ直ぐと真冬を見つめる。


「……手、繋いでいいかしら」


 その言葉に凉花は頷くと真冬の手を優しく包む。ひんやりとしていて、繊細で、柔らかい、真冬の手。思わず笑みが零れた。


「ふふ、何笑ってるのよ」


「へへへ、なんか久しぶりだなぁって思って」


 額を合わせて、二人はくすくすと笑う。今まで凍っていた想いが、雪解けのように溶けていく。


「……いつかはね、話したかったんだけれど。何も知らない凉花に八つ当たりばかりしてて、ごめんなさい」


「ううん、大丈夫だよ。まぁ、話しかけても無視されるのは流石に堪えたけどね」


 ごめんね、と眉を潜めながらも真冬は笑った。

 久しぶりに見た真冬の笑顔は、やっぱり特別に好きな笑顔だった。


「昔のことなんて、ゆかり以外には初めて話すわ」


 確かに真冬は頑なに自分の事を語ろうとはしなかった。それどころか、隠していた。

 真冬の秘密。凉花はきゅっと口を結ぶ。


「面白いことなんて一つないわよ」


 そう言うと、真冬は過去を思い耽るように伏し目がちになる。


「そうね、ナディーヌと出会ったのは本当に小さい頃。確か、小学校に上がる前――」


 そして明かされる、秘密の過去。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ