002
ほんの少し開けられた窓から入り込むのは、やや涼し気な微風。その柔らかな風が、締め切れたカーテンを戯れようとするように微かに揺らす。
聞こえるのは遠くで鳴く蝉の声、心地よい風を健気に送り続ける扇風機の風を静かに切る音。
肌を包むのは、柔らかな感触の薄いタオルケット。そして、温もりを持った少女の手。
最後の一文さえ無ければ、最高の睡眠環境だった。凉花はナディーヌを部屋へ入れてしまった事を目を瞑りながら深く後悔していた。
凉花が「邪魔したら追い出す」と宣言してから何分経っただろうか、時間感覚があまりない。
目を瞑ったまま、凉花は背後のナディーヌに露骨に警戒していた。
しかし、一方で置かれた手は臍の下辺りまで下ろされるとピタッと止まっていた。
頭に敷かれた腕枕も、なにかアクションを起こすわけでもない。
不意に、首筋へ弱々しく規則正しい息がかかるのを感じた。
すぅ、すぅ、とゆっくり深く、小さな寝息をたてる。
「……ナディ、寝たの?」
恐る恐る、ナディーヌに尋ねる。
しかし、その答えは返ってこなかった。
凉花は安堵して、大きく息を吐いた。
「おやすみ」
ようやく睡魔と安心して夢の世界へ逃避行。凉花は自然と目を瞑り直して、ナディーヌの腕に頭を預けた。
こうして身体を預けてみると、これがどうにも安心感というか幸福感に満たされるのを凉花は感じ取った。
良い匂いがするナディーヌの細い腕は実に寝心地が良かったし、臍の下に置かれた手は適度に暖かくて気持ちがいい。
なんだか一人で寝るより幸せな気分かもしれない、凉花は満足気に眠りについた。
が、それは一瞬にして終わる。
眠りについたと思われた瞬間、ナディーヌの手がじりじりと動き始める。
気が付くと寝息は止まっていた。
……狸寝入りかよ!!
凉花は心の中で悪態をつくが、無視を決め込むことに決めた。決め込んだというよりは、ナディーヌを制止するよりも、このまま寝てしまいたいという欲求に逆らえなかったのが真意だが。
それならそれで好都合とばかりに、ナディーヌの手はどんどん凉花の下半身へ向かう。
とうとうハーフパンツのゴムまで辿りついたその手は、少しずつ脚の付け根の太腿骨へずらされる。
細い人差し指をハーフパンツに浅く潜り込ませると、太腿骨をなぞるように愛撫し始めた。
そのくすぐったいような、焦れったいような感覚に凉花は思わず口から吐息を漏らす。
ハッとして後ろの気配を感じる。
ナディーヌのにやにやとしたいやらしい笑みが容易に想像出来たのが悔しい。
万が一、億が一、兆が一、これ以上手が先に進んだら腕の一つでもつねってやろうと凉花は心に決める。
だが指はそれ以上先へは進まなかった。
しかし、今度はビキニラインの窪みを這うよにじりじりと人差し指が降りてくる。
凉花は吐息が漏れぬよう、下唇を噛んだ。
時々、爪で弾かれるように触られると弱い電流が下半身に走るようなくすぐったさを覚える。
意識がナディーヌの指に触れる皮膚だけに集中してしまう。なんだか悔しかったが、「ここで声を出したり、構ったらさっきの二の舞」と何度も心の中で繰り返す。
そんな焦らしが何分続いただろうか。眠気と快感の狭間で弄ばれた凉花は胸をロープでキツく縛られたような苦しさを感じていた。
その時だった。指がハーフパンツから上へ、上へと這っていく。Tシャツに直接潜り込ませたその指は、肌に触れるか触れないか、微妙な力加減でナメクジのようにずうずうと。
触れられていく肌から鳥肌が立つ。もう何でもいいからどうにかして欲しかった。
不意に首筋に柔らかい感触を感じる。それがナディーヌの唇と認識するまで時間はかからなかった。
むにむにと、うなじを食べるように摘んだり、小鳥が餌を啄むように何度も軽く唇を付けたり。声を抑えるので凉花は精一杯だった。
その時、うなじに歯を突き立てられる。
「ぅあっ……!!」
昼休みに首筋を噛まれそうになった時とは違う、言ってしまえば『快感』とも呼べる波状が凉花を襲った。
自分でも発した事の無い、甘ったるい声に驚きを覚えると共に、羞恥心で身体が轟々と燃え上がっていく。
背後のナディーヌは首筋から唇を離して、くすくす笑っていた。
気が付くと這っていた指は胸の下まで辿りついていた。首筋に集中していたせいか、全く気が付かなかった。
これ以上手が上へこないように、ナディーヌの手の平をぎゅっと脇で挟んだ。
むにゅりとした感覚。どうやら手遅れで指は到達してしまったようだった。
「あら? 寝る時は下着をつけないのね」
無視だ、絶対に無視。
「ねぇ、起きてるんでしょ三島さん。わたくしと遊んで下さいな」
誰が遊んでやるもんか、夜まで寝てやる。
「……ふーん、いいですわ」
すると人差し指が円を描くように、ゆっくりと動き始めた。掌は押さえつけられたが、指だけは自由と言わんばかりに氷の上を滑るような、滑らかな動きが凉花の胸を刺激する。
親指を噛んで、指の動きに耐える。しかし、時折、胸の突起物の近くまで触られると、自分の意思と関係なく身体がぴくりと反応してしまう。
切ない。とにかく胸が切なかった。心臓は今にも張り裂けそうだし、脳はこれ以上の快感を要求している。身体は熱を帯びて、その熱は決して気温のせいでは無かった。
ふと凉花の太腿の間に強引に、ナディーヌは脚を入れる。冷たいナディーヌの太腿が気持ちいい。そんな事とは裏腹に、ナディーヌの太腿に凉花は少し腰を押し付けた。
……は!? 今なにしてた!?
無意識だった。無意識に本能のまま快感を求めてしまった。凉花はゾッとして、頭に冷水をぶっかけられたように冷静になる。
気付くとナディーヌの手は、凉花の胸を覆うようにがっしりと掴んでいるし、これはもう駄目だろと。
「ナ、ナディ、ちょっとこれ以上はヤバいって」
応答は、ない。
「ナディ……? また狸寝入り?」
もしかして、脚を入れてきたのは寝返りかなにかだった……? 凉花は溜め息を吐く。
なんで寝たかった私よりナディが先に寝るんだよ、と怒り半分呆れ半分で言葉も出てこない。
火照る身体が邪魔だが仕方が無いと、凉花は今度こそ眠りにつこうとする。
快感を求めてた脳では、ナディーヌを引き剥がすとかそんな事は考えられなかったようだった。
それが命取りになるとは知らずに。




