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雪女と咲かせる花は百合なのか?  作者: 花井花子
初恋ランデブー
20/34

003

「嘘……?」


 思わずぽつりと漏らした。なんとも間抜けな一言であった。

 そんな凉花にナディーヌは眉を曇らす。


「あの子の事、何も知らないのね」


 可哀想ね、と言わんばかりに。同情する様な、何とも言えない目で憐れんだ。ナディーヌは続ける。


「真冬と知り合ってどれくらいなの?」


「……一ヶ月と少しくらいだけど」


「あぁ、それなら仕方ないわね。一ヶ月くらいで友情なんてものが築ける程、人間って簡単な生き物じゃないもの」


 挑発等ではなく、それが世界の真理、常識としてナディーヌは事実を凉花に押し付ける。

 心が騒がしい。凉花は胸を抑える。


「上辺ではいくらでも仲良くなれるわ。でも、心から信頼するのには、時間がかかるもの。しょうがないわ、三島さんと真冬ではその程度の関係なの」


 ナディーヌは止まらない。


「真冬の好きなものは言える? 嫌いな食べ物は? 家族関係は? 趣味は? 小さい頃の話は?」


 何も分からなかった。言葉が出てこない。

 突きつけられていく現実に、真冬と過ごした一ヶ月が儚くも霞んでいく。

 そんな様子の凉花を、夏の空より高く、深海よりも深い青色の悲壮染みた目でナディーヌは見下す。一つため息を吐いた。


「……申し訳ないけれど、わたくしは全部言えますわ。そうね、もっと言うと、あの子と会っていない四年間。彼女の四年間も言い当てれる自信だってありますわ」


 最後に凉花の心にナイフを突き刺す。


「だって、貴女と違って、わたくしは真冬の事を知っていますもの。恋人であり、友達だから」


 ナディーヌはにこりと微笑んだ。「さぁ、お昼にしましょう」と、今までの話がなかったように凉花の隣にお淑やかに腰掛けた。

 凉花は頭が真っ白になる。真冬が虚空となって、実体を失ってくような感覚に陥った。


――真冬の事を、何も知らない。


 ナディーヌの言葉を反復する。

 何も知らない。真冬の事は知ろうとはした。現に夏休み中に真冬自身の事を何回も聞いた。……なにも教えてはくれなかったけど。

 それは信頼関係が築けてなかったからだとしたら、一人で盛り上がってた私は何なのだろうか。

 一方的に仲良くなったつもりだったのか。わからなくなってきた。


「……ねぇ、ナディ」


 ぽつりと呟く。


「何かしら、三島さん」


 赤くなった目でナディーヌを見つめる。


「真冬のこと、教えて」


 恥を偲んで教えを請う。

 真冬のことが知りたい。その思いは確かだった。

 仲良くないならそれで結構と、凉花は決意したようにナディーヌに向き合う。

 意外な言葉に、些かナディーヌは呆気に取られる。

 数秒の静寂後、くすくすと彼女は笑い始めた。


「……じゃあ、一つ提案がありますわ」


「なに?」


「わたくしと、お友達になって頂ける?」


「うん」


 即答した。


「あら、いいのですか? わたくしの事が嫌いじゃなくて?」


「嫌いだよ。人を馬鹿にするような態度も、同情するような目付きも、真冬のことを追い詰めるような事をするのも」


「別に追い詰めてるわけではないですわ」


「でも、真冬のことを知りたいから。だからナディの事も知りたい」


「わたくしの事も、ですか?」


「うん。だから、友達になろう」


 睨みつける程、真剣な面持ちで凉花は言い放った。

 その様子にナディーヌは「ぷっ」と吹き出した。


「三島さん、『友達になろう』なんて言うような顔じゃないですわよ」


「え、あっ、ご、ごめん」


「いいわ、わたくしも貴女の事が知りたくなってきた」


 白魚のような白く、細い指を差し向ける。


「え?」


「仲直りと親愛の握手、しましょう?」


 ナディーヌは美しく微笑む。凉花は決まりが悪そうに照れ笑いすると、おずおずとその手を握った。


「はい、仲直り」


「うん……それで! 真冬のこと!」


 気持ちを新たに、食い気味で食らいつく。


「あら、わたくしの前に真冬のこと?」


「あ、ごめん……ええと、なんで転校してきたの?」


「真冬のことが好きだからよ」


「はぁ!?」


 思わず声を荒らげる。


「まぁ、嘘よ」


「びっくりさせないでよ……」


「まぁ、好きは好きよ? あの子って虐めたくなるくらい可愛い顔をするの。ゾクゾクするわぁ」


 ナディーヌは夢の世界に陶酔するようなうっとりとした顔を見せる。

 うんざりしたように凉花は促す。


「……で、なんで転校してきたの」


「うーん、秘密」


「えぇ……?」


「じゃあ、次はわたくしの番ね。貴女は真冬のこと好きなの?」


「へっ!?」


「好きなの?」


「いや、まぁ。うん、仲良くなりたいよ」


「それは友達として?」


「も、もちろん」


「じゃあ、わたくしが真冬のこと貰っていいのね」


「貰う?」


「恋人として、真冬の側にいていいのね?」


 何だろうか。心に靄がかかる。

 その感情が分からず、凉花は答えに困った。


「ふふふ、はい。おしまい」


「ま、待って! 最後に真冬のこと何か教えてよ」


 強制的に質問を終わらそうとするナディーヌに慌てて静止をかける。凉花にとってはこっちが本題なのだ。


「うーん、そうねぇ。じゃあ一つだけ」


 そしてナディーヌは悪戯っぽく笑いながら、凉花に告げる。


「小学六年生の時、付き合いたいって言ってきたのは真冬の方からよ」


 頭痛が走るくらい衝撃的な一言だった。





「雪ちゃん、結局戻ってこなかったね」


 放課後。ナディーヌを取り巻いて皆出ていってしまった教室。ぽつんと寂しく残された宮守は、上の空の凉花に肩を落として呟いた。


「……うん」


 心ここにあらず。凉花は真冬の席をぼんやりと頬杖を突きながら見つめる。


「ナディちゃんと昼休み何話したの?」


「……うーん」


「おーい」


 反応が乏しい凉花の目の前で手を何度か振る。

 しかし、相変わらず凉花は何処かに旅立ったままだった。


「はぁ、駄目だこりゃ」


 呆れた様に宮守がため息をつく。

 当分、動かなさそうな凉花に呆れつつ、宮守は窓の外を眺めた。何時もより真っ赤な夕日が、怪しくグラウンドを照らしていた。

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