002
商店街の途方もなく長い道には、所狭しと屋台が軒を連ねていた。
人という人が雑踏を奏でながら、前に歩くのさえ精一杯というくらい行列。油っこく、濃いソースの匂いが鼻腔をくすぐる。
「こ、こんなに人が多いのね……」
初めての祭に真冬は少し動揺していた。
「はぐれないようにしないとね! はぐれたら会えそうにもないなぁ」
宮守はその小さな身体をめいいっぱい伸ばして、遠くを見つめる。奥まで行くには三十分程はかかりそうだ。
その言葉を耳にすると、真冬は不安そうにおろおろとしている。凉花は思い切って、真冬の手を握った。
「大丈夫だよ、真冬」
真冬の手はいつもより冷たかった。人の群れに相当臆しているのだろう。
「わぁ、いいなぁ」
「私達も手を繋ぎますか?」
ゆかりが人一倍背の低い宮守を心配そうに気遣う。宮守は人見知りすること無く、元気にお礼を言うとゆかりの手を握った。
「雪ちゃん食べたいものある?」
「え、ええと、何があるのかしら」
「真冬が好きそうなのはりんご飴かな」
ゆかりが少し考えて提案する。じゃあ、それを食べてみようかしらと真冬が、訳も分からないといった様子で頷いた。
「りんご飴は……もうちょっと先かな」
凉花は高い身長を生かして、りんご飴の旗を見つける。「じゃあ、出発〜!」と宮守が元気に歩き出した。歩いたと言うよりは、人の群れに押し出されているだけだが。
祭なんて何年ぶりだろうか、凉花は懐かしみながら祭特有の雰囲気に身を委ねる。
学校でさえ、いや、クラスの小さな世界でさえ、人が得意ではなかった凉花は中学生のときはことごとく理由をつけてイベント事を断ってきた。
(いや、そんな頻繁に祭とかに誘われなかったか)
地元では友達が少ないわけでは無かったのだが、決して多くはなかった。学校やクラスメイトが嫌いというわけでは無かったが、決して好きではなかった。
部活にだって入っていたし、気の合う仲間だっていた。でも、中学校までの凉花は『自分ではあり、自分ではなかった』。無難にやり過ごし、心を決して明かしてこなかった。
“誰にも嫌われたくない”という思考から、彼女は自ら日常の“背景”となる道を選んだのだ。
(今の私には考えられないなぁ)
これも真冬のおかげかな。なんて無意識に少し強く真冬の手を握った。
それに反応するように真冬が前を見たまま、その力よりもほんの少し強く握り返す。
この人集りの誰も、宮守やゆかりにさえも分からない。二人だけの秘密のやりとりをしてるようで、凉花の鼓動は少し速くなった。
「凉花、ありがとう」
凉花にしか届かない小さな声で真冬が呟く。
「え?」
「手を握ってくれて、ありがとう」
その言葉に気恥しさが混みあげて、照れたように凉花が笑う。
祭が終わるまで真冬の手を握っていたい、心からそう思った。
刹那、空から発砲音のような大きな爆発音がした。
「花火だ! うわっ!?」
それを皮切りに人集りが一気に動き出す。皆、商店街の奥にある河川敷を目指しているようだ。
揉みくちゃにされながらも、決して真冬を離すまいと身体を抱き寄せる。
「す、凉花ちゃん! 真冬を頼むね!」
後ろからゆかりが叫ぶように伝えてくる。
振り向くと宮守を庇いながらも、人の波で凉花らと離れ離れになっていた。
「携帯で連絡します!」
そんな声は果たして届いたのか。
あっという間にゆかりと宮守は見えなくなってしまった。
胸に抱いた真冬を見下ろすと辛そうな顔をしている。慣れない下駄も履いて、どうにも動きづらいようだった。
「真冬、もうちょっと頑張ってね」
「え、ええ」
凉花は小さな路地を視界に入れ、人混みを無理矢理掻き分けながらそちらに向かった。依然、花火は鳴り止む事はなく、空にその音を木霊させる。
「助かったわ……」
路地に入って、真冬は地面に置いてあったビールケースに腰をかけた。
「驚いたぁ。大丈夫? 足とか踏まれてない?」
「ええ、それより凉花は大丈夫? 私を庇いながら、随分と人にぶつかってたようだけれど」
申し訳無さそうに真冬は眉を潜めた。
「平気、平気! それより花火見せてあげられなくてごめんね……多分、終わり頃には人混みなくなって見れるかもだけど……」
真冬はくすりと笑うと、首を横に振る。
「平気よ。来年、一緒に見ればいいもの」
瞬間、身体が一緒で燃え上がるような感覚と、何かが這うようなくすぐったさを覚えた。
もちろん、芋虫が身体を這ってる訳ではない。
嬉しさと恥ずかしさが混在するような、複雑な感情が込みあがった。
「……うん! 約束だよ」
「ええ。約束」
真冬が微笑みながら小指を差し出してきた。
その様子に、今まで曇天模様だった心が少し軽くなるのを感じた。
――やっぱり真冬には適わないなぁ。
指を切る。二人だけの約束。
「……実はね」
真冬が静かに口を開いた。
「実は、私。宮守さんと、」
「う〜わめっちゃ可愛い子達発見〜!」
「ほら、言ったべ! こういう所に居んだよ」
「ぎゃははは! おめー勘やべぇな!!」
真冬が真剣な表情で何か大切なことを伝えようとした瞬間、路地から三人組の男達が汚い笑い声と共に凉花達に近付いてきた。




