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雪女と咲かせる花は百合なのか?  作者: 花井花子
真夜中サランラップ
14/34

003

「ふぁ〜さっぱりした〜!」


 ごしごしと頭をタオルで拭きながら、宮守がシャワーから上がってくる。凉花から借りた、サイ

ズのあってないぶかぶかのTシャツ一枚の姿は小さな容姿とよく似合っていた。


「なんか宮守、ツインテールじゃないと雰囲気変わるね〜」


 先にシャワーを浴び終えていた凉花と真冬は、ソファに座って深夜のバラエティ番組を鑑賞していた。


「そうかなぁ?」


「若干、大人っぽいよ。若干ね」


 『若干』に大きなアクセントを置いて、意地悪そうな顔で凉花が褒める。宮守はその『若干』に不満気に口を尖らせた。


「はいはい、どうせ私は子供っぽいですよ〜」


 その子供染みた拗ね方に真冬がくすりと笑みを零す。

 そんな事は露知らず、宮守は凉花と真冬の間へ無理矢理腰を下ろしてきた。二人掛けのソファは一杯一杯である。


「ちょっと宮守、狭いんだけど」


「凉花ちゃん太ったんじゃない?」


「は〜何を〜!?」


 凉花が宮守の濡れた髪をタオルで手荒く拭く。頭がぐわんぐわん動いている宮守はけらけらと笑いながら楽しそうだった。


「それでなんだけど」


 宮守が不意に言葉を紡ぐ。


「何かしら?」


「キスの事なんだけどさ」


「ふぁあ、眠い。私、先にベッド行くね〜」


「あら、奇遇ね。宮守さん、髪をしっかり乾かしてからベッドに来るのよ。おやすみなさい」


「え!? ちょっと待ってよ〜!」


 間髪入れず、大袈裟な欠伸をして凉花がその場から逃げる。後を追うように真冬が寝室へと逃げ込んでいく。

 置いてかれた宮守は慌てて髪を乾かした。

 タブー視されていたキス事件に関しては、まだ宮守だけはその話題に執着していたようだ。


◇◇◇


「ねぇ、やっぱり狭いわ」


 真冬がベッドで不満気に呟いた。


「そう? 私は思ったより余裕あるよ」


「雪ちゃん、もうちょっとこっち来ていいよ?」


 真冬は一人悶絶していた。隣には想い人と最近気になる彼女。寝返りはおろか、身動きさえ取れなかった。

 宮守に至っては真冬に抱き着くように寝ているし、凉花はこちらを向いて横になっている。


 友達なんだから、これくらいは普通。そう言い聞かせるものの、息をするのさえ今の真冬には精一杯だった。


「でさ〜、キスの事なんだけど」


 宮守が懲りずに話題を出す。諦めたように凉花は溜息をついた。


「なに、キスしたいの? 宮守は」


 宮守は一つ息を飲むと、静かに口を開く。


「実は、そうなんだよね」


 水を打つような静けさ。


「はぁあ!?」


 凉花がベッドから飛び上がった。真冬は宮守の発言に頭を殴られたような衝撃を覚える。開いた口が塞がらないとはまさにこの事。


「み、宮守さん、何言ってるのかしら?」


「キスって、気持ちいいのかな!?」


「いいから!! 寝ろ!! 宮守は頭がどうにかしてる!!!」


「頭がどうにかしてるのは赤点取る凉花ちゃんの方でしょうが!!」


「絶対に許さない!!!」


 真冬を挟んで、取っ組み合いが始まった。

 バタバタと揉みくちゃにされる真冬。その攻防が数分に渡り続いた。


「はぁ、はぁ……て言うか、宮守。あんた、キスした事あるって言ってなかったっけ……」


「……実はない」


「やっぱりか。私もない」


 疲労からがっくり項垂れる二人。そして巻き込まれた真冬もぐったりしていた。もしかすると巻き込まれた真冬が一番疲れているかもしれない。


「ねぇ、雪ちゃん。キスって気持ちいいの?」


「じ、実は私も……ないわ……」


 頬に朱を入れて真冬が告白する。その言葉にがっくりしたように宮守が言葉を漏らす。


「なんだ、誰もないのか……」


「てか、その『気持ちいい』は何処からきたの?」


「お姉ちゃんが気持ち良さそうだったの」


「宮守さん、よく肉親のそういう所見てられるわね……」


「ねぇ、キスしてみようよ!」


 真冬の言葉は無にし、宮守が痺れを切らしたように本題を突き出した。


「は、はぁ?」


「大丈夫、友達はノーカンだから」


 得意げに謎理論を披露する宮守。


「ねぇ、キスしてみようよ〜」


「あ、あんたねぇ……」


「雪ちゃんは興味あるよね?」


「え!?」


 唐突に話を振られて身体を硬直させる。

 興味あるかないかで言えば、正直ないとは言い切れなかった。特にこう何回も『キス』という単語を出されれば、意識してしまうのも無理はない。

 現に今日、何回か凉花と宮守の唇を見てしまった自分がいた。その後、自己嫌悪に陥ったのは言わずもがなだが。


「大丈夫、私“これ”を持ってきたの」


 続けて宮守が得意げに、ベッドの横から細長い箱を取り出した。暗闇のそれを何とか目視しようと、凉花と真冬は目を凝らす。


「宮守、なにそれ……」


「ふっふっふ、“サランラップ”だよ、すず太くん」


 某国民的ロボットの真似をして、いや、全く似てないが、とにかく真似をして宮守がその正体を明かした。


「サランラップ……?」


 真冬が眉を潜めて反復する。


「そうそう。これをさ、こうやって。例えば、雪ちゃんの首に貼るでしょ?」


 真冬の首に小さく切ったサランラップを貼る。少しひんやりとするサランラップ。なにをするか分からない二人は宮守を凝視する。


「そして、こう」


 刹那、真冬が生暖かく、柔らかい感触を首に感じる。


「っ!?!?」


 理解するまでに時間はかからない。

 宮守がサランラップ越しに真冬の首に口付けをしたのだ。


 筋肉という筋肉が縮小するような錯覚。息をする事すら許されない。心臓は今にもはち切れそうだ。


「な、何やってんの宮守!?」


「へっへっへ、キスしたと思った? でも大丈夫! サランラップ越しなのです!」


 凉花はそういう事じゃないと叫びたかったが、あまりの宮守の得意げな声に呆れて物が言えなかった。


「これがあれば、ね? お願い!」


 これでもかと言うくらいに縋る宮守。


「わ、私は……」


「雪ちゃん、お願い! ちょっとでいいの。ね?」


「で、でも、」


「友達なら普通だよ、こんな事。ね? ちょっと、『ちゅっ』ってするだけ。ね?」


「……普通なの?」


「そうそう、こんな事みんなやってるよ。しかも、今回はサランラップ越しだからそれよりも軽いよ〜?」


「……それなら、いいかな……」


 とうとう真冬が陥落した。アダルトなスカウトを彷彿させるような宮守の話術で。


「ちょっと真冬!?」


「実際、凉花ちゃんも興味あるでしょ?」


「うっ」


 その言葉に凉花は怯んだ。確かに無いわけではないが。良心がそれを邪魔をする。


「いやでもさ〜……」


「じゃあ、凉花ちゃんは見てたらいいよ。そうやって事前練習を怠って、将来好きな人と歯と歯をぶち当てるような最悪なファーストキスを経験するといいよ。きっと、そのファーストキスは生肉の味がするね。しまいには涎でべっとべと」


「あぁ!! わかったよ、しますよ、はいはい!」


 陰鬱な文句に痺れを切らした凉花が、とうとう宮守に屈してしまった。


「じゃあ、まずは雪ちゃんと私ね」


「はぁ!?」


「え? なにか問題ある?」


「いや、別にない、けど」


 途切れ途切れに言葉を継ぐ凉花。

 心が少しざわつくのを感じた。心が、黒雲の影に覆われるような不吉さ。

 暗闇の中に佇み真冬を見る。はっきりとは分からないが、彼女も不安げに凉花を見上げていた。


「……雪ちゃんも、いいよね?」


 宮守は考える様に一つ間を置くと、静かに真冬に同意を求める。


「え、ええ」


「じゃあ、凉花ちゃんあっち向いて。あと耳塞いでね」


「え、なんで?」


「見たいの?」


 その質問が凉花の心に大きなさざめきを起こす。


「……見たく、ない」


「ん。雪ちゃんもそれでいいよね」


「ええ……」


 凉花がおずおずと反対側を向いて、耳を両手で強く塞ぐ。


 ――なんか、嫌だ。


 漠然と浮かぶ、その想い。

 決してその正体は分からないが、確かにその想いは確かに心にぽっと灯る。

 独占欲、いや違う。違うけれど、何か……


 ぎゅっと瞑った目に力が入りすぎて、少し痙攣する。手に力を込めすぎて、轟々と流れる血流の音が激しさを増す。心のもやが凉花自身を支配しそうな恐ろしい感覚に襲われる。


 いくら時間が経ったろうか。それは数秒かもしれないが、凉花には永遠という言葉すら短く思えた。


 不意に肩が揺らされる。


「終わったよ、凉花ちゃん」


「え……あぁ、そう」


「もう終わりにしよ!」


「え?」


「そうね、眠くなってきたわ」


「ええ?」


「じゃあ、おやすみ、雪ちゃん、凉花ちゃん」


「ええ、おやすみなさい、五十鈴、凉花」


「お、おやすみ……」


 煮え切らないまま、終わりを迎える。

 別にキスをしたかった訳ではないけれど、なんでか残念に思ってしまったのは何故だろう。

 凉花は小さく首を振ると、瞼がくっついて離れなくなる程目を瞑り、必死に寝ようと試みた。


 眠りにつけたのは、夜と朝の中間地点くらいの時刻であった。

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