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雪女と咲かせる花は百合なのか?  作者: 花井花子
真夜中サランラップ
13/34

002

「お〜い、真冬〜、戻っておいで〜」


 凉花がひらひらと手を真冬の前で振る。

 真冬はハッと気づいて、意識を取り戻した。


「もしかして、雪ちゃんって照れ屋さん?」


「そうなんだよ、真冬ったらさ〜」


 宮守の問いに対して、何故か凉花が嬉々と語り始めた。普段の真冬なら、自身の事を語られるなんて羞恥心から怒っている所だが、もうこの際どうにでもなれと一線振り切ったようだった。


 凉花の綻ぶ顔を見るとどうにも安心する。


 女の子は笑顔が一番の魔法なんてのは良く言ったもので、凉花の笑顔はどうも癒される。

 笑うと小さく出る笑窪も、少し高くなる声色も、全て好きだと感じる。


(あぁ……まただ)


 また彼女に見とれてしまった。

 大好きな人がすぐそこにいるのに。


「ねね、真冬はどう思う?」


「え?」


「雪ちゃんぼけっとしてたね」


 けらけらと宮守が笑う。可愛い。


「宮守がさ、今日皆で寝るって言ってんの」


「絶対そっちの方がたのしいよ〜」


「え、一緒のベッドでって事かしら?」


「そうそう、狭いよね?」


「でも、さっき見たら凉花ちゃんのベッド大きくない?」


 凉花に同意を求められた。確かに凉花のベッドはシングルサイズではない。恐らくセミダブルくらいだろうか。高校生の一人暮らしにしたら、随分と豪華なものだ。

 ……まぁ、いけなくはないのかなとも思う。

 宮守は小柄であるし、凉花も女子にしては大柄とは言え、線は細い。

 うーん、と悩んでると宮守が「いいでしょ?」と念を押してきた。

 上目遣いがなんとも可愛らしい。


「え、ええ」


 その可愛さに怖気づいたように同意してしまった。宮守は小さな子のように喜び、凉花は眉を大げさに潜めて嫌な顔をしたが、実際のところどちらでも良さそうだった。


「じゃあ、私は雪ちゃんの隣で寝るね!」


「え!?」


 いきなりの提案に真冬が驚く。


「だって雪ちゃん、冷たいんだよね?」


 冷たい?あぁ、体温の事か。

 そう言えば、凉花に見とれていたとき、二人はそんな話をしてたような気もする。


「えー、じゃあ私も真冬の隣で寝ようかなぁ。宮守って寝相悪そうだし」


「絶対に凉花ちゃんの方が悪いよ」


「なんだと〜!?」


 二人できゃっきゃっとじゃれ合う。

 そんな様子がおかしくて、真冬は気付くと笑っていた。凉花に出会ってから、笑顔が増えたような気がする。


「あ、それとも〜、あれかな? 二人は付き合ってるから私はお邪魔虫かな?」


 宮守が小悪魔のような笑みを浮かべて、口を隠す。


「まだ言ってんのか、宮守〜!!」


「……もし、付き合ってたらどう思う?」


 あ。

 自分が口走った事を理解した時には、もう全てが遅かった。


「え? 本気で?」


 宮守が真顔になる。凉花は呆然とこっちを見ていた。 

 なんて事を言ってしまったんだろう。普段の真冬なら絶対に言わない一言だった。

 気分が高潮していたのか、それとも我慢出来なかったのか。ここはどう取り繕えばいいのだろう。

 真冬は自分の中で、さぁっと血の気がひくのを感じた。


「な、何言ってんの、真冬」


 あはは、と笑って凉花がフォローをいれてくる。

 そのフォローすら真冬を焦燥へと追い込んでいった。何か言わなくては、何か……


「う〜ん」


 宮守が腕を組んで、小さく唸った。


「女の子同士で付き合う事ってあるのかな?」


 ずきり、心に針を差し込まれる。


「き、気持ち悪いよね、そう言うのって」


 真冬は自虐という防御姿勢を取る。

 後には戻れなかった。この場から逃げさりたかった。


「いや、でも私は別に何も思わないけどな〜? 結局はその人の事が好きだから付き合う訳でしょ? 妥協して選んだんじゃなくて。凉花ちゃん、どう思う?」


「え、私?」


 話を振られて少し動揺する。真冬の方を軽く一瞥すると、笑顔こそ取り繕ってるものの、瞳の奥から悲しみが伺えた。


「私も……男だからとか、女だからとか関係ないと思うな。宮守と同じだよ」


 曖昧な笑みを浮かべる。本当だったらもっと言いたいことがある。

 真冬と過ごして、考えも少しずつ纏まってきた。

 出会った頃はそう言うのは分からなかったけれど、今なら何となく理解できてる。と思う。


 でも、この場で何を言っても、真冬を追い込んでしまうだけだと言うのも理解していた。


「真冬ちゃんは女の子同士は気持ち悪いと思う?」


「わ、私は……」


 言葉が詰まる。心の底から不器用な自分を今日ほど呪ったことはないだろう。


「私は……そう言うのは分からないわ」


 結果、自分に止めを刺した。

 何をしてるんだろ。あんなに楽しかったのに。

 真冬は激しい自己嫌悪に陥る。


 そんな真冬をみて宮守が突拍子もなく口を開いた。


「じゃあ、凉花ちゃんとキスしてみたら?」


 ……。


「「は?」」


 思わず声が重なった。凉花も真冬も、全くもって宮守の真意が分からない。

 宮守がそんな二人の様子を見て、「なにかおかしな事言ったかな? 」と少し慌てている。


「いや、あのね宮守。ちょっと話が飛躍しすぎて、私達置いてぼりなんだけど」


「だってさ、なんか雪ちゃん煮え切らないっぽいしさ。これで凉花ちゃんとキスして嫌だったら、女の子同士は無理って事でしょ?」


「いやいや、そうはならなくない!?」


「そ、そうよ。何言ってるの宮守さん」


「いやいや、それがね。今日、相談事あるって言ったけど、少しこれが関係するんだな」


 宮守が真剣な表情で自身の言葉に頷く。


「そう言えば、なんなの相談事って?」


「実は、お姉ちゃんが今日彼氏と部屋でキスをしてるのを覗き見してしまいまして」


「な、なんか、複雑ね」


 真冬の先程までの悩みは何処へやら。そんなことが吹っ飛ぶくらいの宮守の衝撃発言にペースが何となく崩れてしまう真冬。


「ていうか、覗き見するなよ」


「まぁ、凉花ちゃんのド正論は置いておこう。でね、二人って誰かとキスした事ある?」


「いや、えぇ?」


 凉花と真冬は顔を見合わせる。ほら、お前から言えよと押し付け合うような互いの目線。

 普段なら笑って流せる話題も、宮守の真剣な表情がそうはさせてくれない。


「あぁ、私は小さい頃〜」


「ちなみに、小さい頃お父さんととか、ワンちゃんととか、そういうお約束はいらないです」


「うぐっ」


 凉花に大きく腕でバッテンを作る宮守。

 傍から見たらギャグだが、何度も言うように本人は至って真面目。


「ま、真冬はどうなの?」


「凉花こそどうなのよ」


「てか、宮守は!?」


「私が質問してるの!」


 再び訪れる静寂。三者三竦みの均衡。

 正直、誰もキスなんて甘ったるい経験はなかったし、それは三人とも何となく察している。

 だが、万が一にも自分以外の二人が経験あるとしたら……そんな思惑が地を這う芋虫のように蠢いている。

 宮守はちらりと凉花を見る。凉花は小さく頷いた。


 ――まずは真冬を攻めよう。


 三竦みの均衡を破るには、二者が結託して一人を蹴落すのが最善策である。

 ここに卑怯な二人の狡猾めいた同盟が結成された。


「真冬から言うべきだね」


「はぁ!?」


「そうだね、雪ちゃんから聞きたい」


「み、宮守さんまで!?」


 真冬は二人を困ったように見遣るが、両者は目を閉じてうんうんと頷くばかりである。

 これには真冬も少しばかりカチンときた。


「わ、私は……」


「私は……?」


 凉花と宮守がごくりと固唾を飲む。


「私は、あるわ」


 出来るだけ平然を装って、少し胸を張って言った。ただの虚勢である。


「え、えええ!?」


「あるの!? 真冬キスした事あるの!?」


「え、ええ。高校生だもの、勿論よ」


 真冬はふんっと鼻を鳴らして、遠くを見る。

 頭に血が登った真冬が出した答えは、二人がキスを経験しているという万が一に備えての“嘘”を選択したようだった。

 いつもなら、凉花はすぐに嘘と分かるだろうが、妙な緊張感で思考が麻痺している。宮守に至っては、衝撃発言に心臓を抑えて息を荒くしていた。


「ま、まさか二人はないのかしら? 高校生だもの、まさかねぇ」


 その様子を見て、一転攻勢に移る真冬。

 さっきまで恋愛で悩んでいた少女の姿は、まるで嘘のようだ。

 さも当然でしょ?という様な態度。


 こうなると追い込まれるのは結託した二人。

 早々と同盟を解散して、仲間だった彼女達は犬猿のライバルと化す。


「宮守からどうぞ」


「いや、なんで私? 私は質問してる立場なんですけど?」


 くっ、と二人は鍔迫り合いを一度解く。

 お互いに手強いと思考を張り巡らせる。

 すると凉花に名案が思い浮かんだ。


「まぁ、それは置いておいてさ! 宮守、話の続きは?」


 三島流伝家の宝刀“無かったことにする”作戦。

 凉花は赤点を取った時によく使うこの秘奥義を、見事に応用したのだ。

 それを察した宮守が話を進めようとする。


「そ、そう。それでね、」


「ちょっと待ちなさいよ」


 そうはさせまいと真冬が一言で静止をかける。

 凉花と宮守が恐る恐る真冬の顔を見た。


 瞳の奥に揺らりと灯す、蒼き冷たい炎。


 ――雪女だ。


 二人を絶望に陥れる、その怒りと殺意を彷彿させる瞳。学校で見覚えのあるその瞳の奥の灯火。


「貴女達、まさか私にだけ言わせて終わるつもり?」


「は、ははは、まさかねぇ?」


「じゃ、じゃあ『いっ、せーのっ』で言うおよ、凉花ちゃん」


 己の身の危機と感じては、流石に引くに引けなくなった凉花は宮守の提案に小さく頭を縦に振る。


 二人は覚悟を決めた。


「いっ、せーのっ」


「「ある」」


 バッと二人は顔を見合わせた。あるの!?と言わんばかりの二人の視線。そして、その様子を見る真冬が嘘をついて良かったと一人安堵する。


「あるの、宮守……」


「す、凉花ちゃんこそ……」


 気まずい空気が流れる。


「ご馳走様、私はお皿を洗ってくるわね」


 それに耐えきれず、すっかり瞳の炎を消化した真冬が食器を持ってシンクへ逃げ込んでいった。

 時刻はまだ十一時。見栄を張った乙女達の戦いは、まだ始まったばかりである。

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