001
「おはよう、雪代さん」
「な、なんで……」
「ごめんね、驚かせちゃったよね」
「な、なんで!?」
思わず悲鳴をあげる。
何故!?、そう思うのも無理はない。
「なんで宮守さんがいるの!?」
ぶはっと凉花が吹き出す。
宮守は笑いながらも少し眉を潜めて、申し訳なさそうにしていた。
まさか、寝起きから、こんな夜から、宮守と会うなんて夢にも思わなかった真冬。
「ねぇ、凉花ってば!!」
先ほどから笑ってばかりで状況を説明してくれない凉花に詰め寄る。
「ね? 真冬って面白いでしょ?」
「うん、意外だけど」
そんな真冬は置いてけぼりにして、凉花は居間のソファに座る宮守に話しかける。
「ね、ねぇ、凉花ってば」
「あ〜、ごめんごめん」
「こ、この状況はどういうことなの……」
「いやね、七時くらいに宮守から急に電話きてさ。相談したいことがあるとか言い出して、直接会いたいって言われたから、じゃあ泊まりにくれば?みたいなね」
「雪代さんいるの知ってたら遠慮したんだけど、凉花ちゃん教えてくれなくて……」
「いいじゃん、これを機に二人共仲良くなりなよ!」
「私はいいんだけど、雪代さん大丈夫?」
「え、ええ……な、なんで貴女教えてくれなかったのよ。私にも心の準備が……」
「ほら、真冬に『宮守が居間で待ってるよ』なんて言ったら、絶対に緊張して“雪女モード”入っちゃうからさ」
「そ、そうだけど……」
「でしょ!? ほら、座った座った!!」
そう言うと真冬を強引にソファに座らせる。
二人がけの小さなソファ。宮守と肩が触れ合う距離。高鳴る心臓。心臓の音が聞こえるんじゃないかと真冬は気が気がじゃない。
「ごめんね、雪代さん。大丈夫?」
「だ、だだだ、大丈夫……」
「あっはっはっ! 真冬、緊張し過ぎ!」
誰のせいだ、誰の!!、真冬はそんな言葉をぐっと飲み込む。
相変わらず凉花は笑いが止まらなかった。
「そう言えば、ゆかりさんと会ったよ」
午後十時も過ぎて、凉花と真冬は遅い夕食。
冷しゃぶに舌鼓を打ちながら、凉花は思い出したように口にした。
「あ、そうよ。だからゆかりの事知ってたのね」
「ゆかりさんって?」
「真冬の家政婦さん、だよね?」
「ええ」
「ほぇ〜、雪ちゃんってお嬢様なんだね」
一時間もすれば、すっかり真冬に慣れた宮守。
既にあだ名で呼ぶようになっていた。
「お嬢様じゃないわよ」
「い〜や、お嬢様だね」
「違うったら」
「いいなぁ、お嬢様憧れるなぁ」
いくら真冬が否定しても事実は変わらない。
宮守も真冬の反論はなんのその、すっかり“お嬢様”に夢を見ていた。
「でも、割とうちの学校ってお金持ち多いよね」
「まぁ、中高一貫校だからね。私と凉花ちゃんは違うけど、エスカレーター組はそうなるよね〜」
「それにしても、凉花はよくうちの学校に入れたわね。それなりに偏差値は高いはずよ?」
「あ、確かに。凉花ちゃん凄い頭悪いのに!」
「凄い悪いは言い過ぎだって!!」
「貴女、夏休み前の期末テスト何位だったの?」
「え〜? う〜ん」
「その様子から見るに、聞かなくても察しがつくわね」
「うわ〜ん、宮守えもん〜、真冬が虐めるよ〜」
しくしくと泣き真似をする凉花。
「自業自得だよ、すず太くん」
くすくすと笑う宮守。
真冬はこの場にいられるのがとても幸せだった。
大好きな友人と大好きな人に囲まれる。
一ヶ月前には想像も出来ない光景だった。
「あ、そうそう! でね、ゆかりさんと公園でお話しして来たんだよ」
「え!?」
一瞬で現実へ戻される。
ゆかりには散々色々な話をしてきた。
もしあの話やこの話をされてたら……
「え〜、コミュ障なのに凄いね、凉花ちゃん!」
「うぐ、今日の宮守は刺々しいね」
胸を抑えて苦しむ振りをする。
別段、凉花自身は人見知りをする性格でもないと自負していたが、高校からの行いを省みたら、そう言われても仕方が無いようにも思えた。
「そ、それで、何を話したのかしら?」
焦るように凉花を急かす。困るような話題はしてないと記憶しているが、聞かれたら恥ずかしい話は五万とある。特に最近は、ゆかりに凉花の話しかしてないのだ。それを話されたらと思うと……
真冬は一人悪寒を催した。
「ん〜、特になにも。世間話かなぁ」
「そ、そう……」
ほっと一息をつく真冬。そんな真冬が凉花は可愛く見えてしまった。
きっと本人は私の話をいつもしてるという事を知られたく無かったのだろう。それは凉花でも察しがついた。いつもうえの立場にいる真冬の弱みを握ったようで、少し悪戯心も出るのは凉花の悪い所か。
「あ、でも〜」
わざとらしく、顔をにやにやと綻ばせながら口を開く。
「真冬は友達が出来て嬉しがってるって、ゆかりさんが言ってたよ」
「なっ!?」
「え〜、雪ちゃん可愛い!!」
「か、かわ、かわい、かわっ」
「あっはっはっ!」
ボッと真冬が赤面した。
(宮守さんに可愛いって、可愛いって言われた!)
正直な所、真冬は容姿を褒められるのが好きではない。若干釣りあがったような怖い目と血色が全くない白い肌は、特にコンプレックスである。
親やゆかり以外に褒められたことがあまりないのも影響してるだろう。
高校に入学してからは、たくさんの異性に告白されたが何故自分に告白してくるのかも良く分かってはいなかった。最初の頃は一種の“罰ゲーム”と思っていた程だ。
「真冬って、宮守にほんと弱いよね〜」
意地悪そうに凉花が茶化してくる。
宮守がいなかったら鉄拳を喰らわせている事だろう。
「は、初めて可愛いって言われたわ……」
「え? みんな言ってるよ? ねぇ、凉花ちゃん」
「うん、私も真冬と会うまでは全然知らなかったけど……なんていうの? 高嶺の花みたい存在だよね。てか、私可愛いって言ったこと無かったっけ?」
「……ないわよ、だって可愛くないもの」
「うーわ、それって酷くない? 宮守さん、この子ったら嫌味かしら?」
悪役の令嬢ぶって宮守に取り付く凉花。
「まぁまぁ、三島さん。この子はきっと私達の苦労を知らないのよ」
「か、可愛いわ!」
「え?」
「宮守さんも凉花も……可愛いわ」
鼓動が速くなるのを感じる。顔も心なしか熱い。
普通、だよね。友達なら。うん。と、自分に言い聞かせる。
お世辞なんかではない、普段から思ってたことだ。
ちらりと二人の顔を見ると、二人共にんまりしていた。
「え、なになに真冬デレ期?」
「わぁ、雪ちゃん可愛い、大好き!」
凉花はそんな真冬が面白くて笑いを堪えていた。
宮守に至っては抱き着いてくる。
ふわっと甘い凉花と違う匂いが鼻腔をくすぐる。
「あ、あわ、あわわ……」
真冬は壊れる寸前だった。幸福の限界値が振り切ったように、視界がぐるりと廻る。世界が廻る。
「ちょ、真冬!?」
そのまま気を失った。
場が静まり返る。
「え、雪ちゃん……?」
「……真冬って変にスキンシップに弱い所あるよね」
そんな言葉も当人にはちっとも届いてはいない。
冷しゃぶを箸に持ったまま、真冬は遠い夢の国へ旅立ってしまったのであった。