三幕
~不可解な事件という名の劇 三幕~
「あの~、こ、ここは探偵事務所ですか?あの有名な」
黄色の女性はゆっくりと話してそう尋ねた。
栗栖が答える。
「有名かどうかは知らないけれど探偵事務所よ。とりあえずおかけになってください。では、まずこの探偵事務所のシステムの説明からしますね」
淡々と進める栗栖に向かって折原が言う。
「待て~い、クリスティーナよ」
「何よ、さっき説明は私の仕事って言ったじゃない。それとも折原が説明するの?」
「違う。お茶が切れた。買ってくるがいい。後知的飲料であるドクペもだ。お嬢さんお茶とドクペだとどっちがいいですか?」
折原は黄色の女性に話しかける。黄色の女性が言う。
「いえ、お構いなく。なんか私にそこまで気を使ってもらう必要は」
最後まで言い終わる前に折原は栗栖に「では、クリスティーナよ。ドクペを買ってくるがいい。下の自動販売機に置いてある。さぁ、行くがいい」と伝え、応接の椅子にどしりと座った。手にはタブレットを持っている。栗栖は観念したのか「わかったわよ」とだけ言って事務所を出る。折原が言う。
「では、この事務所のシステムを伝える。まず依頼を受けるかどうかは内容を決めてから判断させていただく。なので話しを聞いたからと言ってすべて依頼をうけるわけでないことだけは理解しておいてほしい。次に依頼を受けた場合だが、2日ごとに報告書を提出する。その報告書を見て継続するか、打ち切るか判断してください。そして料金ですが、実費分つまり交通費や調査費についてはどういう結果になったとしてもお支払をお願いしています。解決した場合にのみ解決金をいただく形となります。解決金は相場もありますが、結果に納得いただけたときはお支払いただければと思います。以上ですが、不明点があれば質問ください。なければこの書類にサインをしてください。後は情報の取り扱い事項も書類には記載しておりますので、よく読んだ上でサインしてください。それと、申し遅れました私はこの小南探偵事務所研究所で所長を務めております折原といいます。あなたのお名前は?」
ここまで一気に話した折原を不思議そうに黄色の女性は見ていた。黄色の女性が言う。
「一気によく話せますね~。すみません。ちょっと感動して。え~と、私の名前は衛藤久実といいます」
名前を聞いて折原は立ち上がった。
「あの~、どうかしましたか?」
衛藤久実がそう話す。折原は「気にせず続けてください」とだけ伝えた。その時栗栖が帰ってきた。
「あ、折原。ドクペ売り切れていたからあんたコーラーね。すみません。今お茶出しますので少しだけお待ちください」
「おおぃ、ちょっと待て。クリスティーナよ。なぜコーラーだ。俺はドクペを買って来いといったのだ」
「だから売り切れていたと言っただろうが」
栗栖はミニキッチンでコップに氷をいれてお茶を注いでいる。もちろん折原にはコーラーの缶をそのまま渡しただけだ。折原は手に取ったコーラーを飲みながらこう言う。
「そこはほかに探しに行くというものがドクペ愛だろうが」
「知らんわ。そんなものは。それにこの近くでどこに後売っているというのだ」
「うむ。それすらも知らないというのか。お前は探偵の助手に向いておらぬようだな。3丁目にあるコンビニにおいてあるわ」
「ここからどれだけ離れていると思っている。ゆうに10分は片道かかるわ。それにそんなにいやならそのコーラーも飲むな」
折原はぐびぐびコーラーを飲みながらこう言った。
「うむ。もう飲んでいる。では、お茶を衛藤久実さんにも早く出すように」
その名前を栗栖は聞いて一瞬手が止まった。そして、何事もなかったようにお茶を出して栗栖も応接の椅子に座る。手にはノートを持っている。折原が言う。
「では、相談したい内容をお願いします」
だが、衛藤久実は少しもじもじしながらなかなか話し出そうとしない。折原は何を言わずタブレットで何かをしている。しばらくして衛藤久実が話し出した。
「あの、何から話したらいいかわからないのですけれど、実は高崎惣さんの事件についてお調べしてほしいんです。といっても、その、調べてほしいと言ってもただ、漠然と調べてほしいというわけじゃなくて、ちょっととある人とこの高崎惣さんの事件の関係性を調べてほしいんです」
折原も栗栖も本日3回目の高崎惣の事件についてだ。折原は頷きながら「まず、衛藤さんと高崎惣さんとの関係を教えてもらえますか?」と尋ねた。
栗栖はそんな折原を見て何かを言いたそうだった。衛藤久実が言う。
「え~と、あの、私はあの報道の中に出ていた高崎惣さんと付き合っていた3人の女性のうちの一人です。なんだかテレビとか雑誌とかで色んな書かれ方していますけれど、私たちは真剣だったんです。高崎惣さんが誰を選ぶかを。でも、高崎惣さんは誰も選びきれなかった。だからおかしな関係が続いていたのです。本当は悩みました。でも、あきらめきれなかったんです。だからあんな関係になっていました」
折原が言う。
「高崎惣さんの魅力って何なんですか?」
「優しさですかね?今思えばおかしな話なんです。でも、私たちは高崎惣さんがいたからこそ今こうやっていられます。多分いなかったら誰もこんな感じで笑うなんてこと出来なかったと思います。だから、何かを返したかったんです。私も蓮田さんも、くるみんも」
そう言う衛藤久実はどこか遠くを見ながら涙を流していた。そっと流れる涙を見て折原が言う。
「そうですか。それだけ思いがあるんですね。ならば気になるのでしょう。高崎惣さんを殺した相手が誰かが」
その言葉の後衛藤久実がいきなり豹変した。
「ええ、そうですよ。憎いです。誰が殺したのか。でも、疑いたくない。疑いたくない。疑いたくない。でも、思ってしまうんです。高崎惣さんを殺してしまう可能性が誰かを考えたら一人しかいないんです。思いたくないけれどだって、だって、そうだもの。ありえない。だって高崎惣さんを殺そうなんて思うのはくるみんしかありえないもの」
衛藤久実はそう言って肩で息をしている。折原が聞く。
「どうして、そのくるみんが犯人だと思うんですか?もう一人の蓮田さんの可能性や、目撃されているセーラー服の女性の可能性だってあるんじゃないですか?」
衛藤久実は震えながらこう言ってきた。
「もう一人のセーラー服の女性ですって?そんな子がいるわけないでしょう。私たちと会うのをキャンセルしてまで会いたい子なんているわけない、そう絶対にいるわけないんです。誰ですか、その子。いたら連れてきてください。いたらそいつが犯人ですよ。絶対に。でも、そんな子はいない。ううん、いたらダメなんです。だって、いたら約束したことが実現してしまっていることになりますもの。そう『3人からは選べないよ。でも、もし3人以上の子が出てきてしまったら僕はすべてをリセットするから』 なんて高崎惣さんは言っていたんです。そんな今までどれだけ私は、私は尽くしてきたと思っているんですか?言われたらなんだってやってきました。他の二人がやらないことだってやりました。私にはそれくらいしか取り柄がないから。蓮田さんみたいに美人じゃないし、料理もできない。くるみんみたいに胸だって大きくないし。だから、お願いされたらなんでもしてきたわ。そんなもう一人が出てくるなんてことあったらダメなんですよ。わかりますか?探偵さん」
折原は「ああ」とだけ言った。衛藤久実はさらに続ける。
「それに、蓮田さんはありえないです。あの人どちらかというと普通なんです。といっても、私からみたらですけれど。だって、蓮田さんに人殺しができるとは思えませんもの。性格は表裏ありますし、わがままなところはありますけれど、高崎惣さんを殺すとは思えません。蓮田さんが人を殺すのなら私とくるみんだと思います。それならば可能性がありますが、蓮田さんは私と同じくらい高崎惣さんに言われたらなんでもしていたと思います。一番なのはくるみんです。くるみんは多分3人のなかで一番この関係に耐えられなくなってきていたのだと思います。それに、、、」
そこまで話して衛藤久実は黙りだした。折原が言う。
「何かあるのですね。疑惑の決め手となるものが」
だが、それでも、衛藤久実は黙っていた。しばらくして衛藤久実は立ち上がり窓の方に歩いてから話し出した。
「3月22日。そう高崎惣さんが亡くなったことが報道された日ですが、私とくるみんは一緒にいたことになっています。けれど、くるみんから電話があって今日一緒にいたことにして、私は久実の家にいた。一緒にDVDを見ていたということにしてと言われたの。そして、そのことを証明するために私は家から出るなと言われたの。だから久実は22日どこかで何かをしていたの。それは聞けていない。なんだか聞くとすべてが終わってしまいそうだから。疑いたくないけれど、こんなことがあったら久実を疑うでしょう」
折原は顎に手を当てながら話し出した。
「そのことは警察にはいいましたか?」
「いえ、言ってません。だって、初めに一緒にいたと証言したのに、証言を変えたら私も疑われてしまうかもしれないからです。だって、久実と一緒じゃなかったってことは私が家にいたことを証明することもできなくなりますから。ずっと家に一人でいた。そのことを証明してくれる人なんていません。私これ以上疑われたくないんです。それに、親からもいろいろ言われてるし。もう、どうにかしたいんです。探偵さん。どうにかしてください。私、このままだったらどうにかなってしまいそうです。それこそ、くるみんを問い詰めるために監禁してしまうかもしれません。どこかの山奥に。そんなことをする前に探偵さんにお願いしたいんです。くるみんが犯人でないことを証明してください」
衛藤久実はいきなり上目使いで折原にすり寄った。「こほん」栗栖が咳払いをして衛藤久実は距離を開けたが、すり寄るような目つきはやめなかった。だが、折原は目を閉じて何かを考えているようだ。折原が言う。
「わかりました。依頼をうけましょう。ただし、これから何点か質問をさせていただきますがいいですか?」
「はい」
「では、まず、高崎惣から言われてセーラー服をきたことはありますか?」
栗栖は折原の足を思いっきり蹴った。
「痛いな、クリスティーナよ。足癖が悪いのはわかったがおとなしくしておけ」
「はぁ?一体何聞いているのよ?依頼人に」
「ん?大事なことなんだ」
「どうだか」
栗栖はそう言って訝しげに折原を見た。折原は衛藤久実に聞く。
「で、どうなんですか?」
衛藤久実は少し恥らいながら話し出した。
「セーラー服は着たことあります。ほかにチャイナドレスやメイド服、ナースも。コスプレっていうんですよね。そういうことはしました」
「ふむ、その時のセーラー服ですがスカートは何色でしたか?」
「紺だったと思います。報道であった目撃情報についてですよね?」
栗栖ははっとした表情になった。そして栗栖は折原に言う。
「趣味で聞いたんじゃなかったんだ」
「安心しろ、クリスティーナよ。そこまで言うならあとでコスプレをさせてやろうじゃないか」
「だれがしたいと言った。やはり趣味か?変態が」
だが、折原は栗栖を無視して衛藤久実にさらに質問した。
「その、コスプレは衛藤さんだけがしていたのですか?」
「よくわかりません。けれど絶対くるみんはしていないです。ものすごく嫌がっていたから。蓮田さんはわかりませんけれど、あの人ならやる可能性はあります」
折原はまた考えていた。そして顎に手を当てながら話し出す。
「でも、それだと近隣住民がみた白いセーラー服の女の子は蓮田さんってことになるのではないのですか?」
そのセリフでまた衛藤久実はスイッチが入った。
「だから、そんな子は存在しないのです。たかが4人が何か言っているだけです。ウソをついているだけかもしれません。そんな女の子がいたと証言するように誰かが言ったんです。きっとそうです。そうじゃないと、私の今までは一体何なっだというんですか?どう責任とってくれるんですか?それとも私があの4人をどうにかすれば解決するんですか?そうですよね。だって、そうすれば証言する人がいなくなるんですから。なんだ解決じゃないですか。ですよね、探偵さん」
怖い目をしながら笑っている衛藤久実がそこにいる。折原が言う。
「まず、落ち着いてください。そうですね。そのセーラー服の女の子は警察でも特定できていません。そうなると存在しないと判断するのも一つだと思います」
「ですよね。存在なんてしないですよね。よかった」
衛藤久実は落ち着いたようだ。折原は目を強く閉じてから質問した。
「3月18日のことについて聞きたいのですが、その時衛藤さんは何をしていましたか?」
衛藤久実は今度は違うスイッチが入ったみたいだ。
「その日は、その日が私と高崎惣さんが最後に会った日です。どうしてその日のことを知っているんですか?探偵ってなんでも知っているんですか?そう、あの日私は高崎惣さんと会っていました。大学に行くと言っていたので朝家に行って朝ご飯を作って一緒に大学にいきました。私はT大ではないけれど、キャンパスまでは一緒に行きました。そしたら高崎惣さんの携帯がなって、すごいあわてて、『悪い、急用ができた』と言ってどこかに走っていきました。私も追いかけようとしたのだけれど、いつのまにか見失ってしまって。それから高崎惣さんの家で待ってました。家で一人で。でも、その日帰ってこなかったんです。日付が変わる前に家を出ないとヒステリー起こした蓮田さんが乗り込んでくる可能性があるから私は家に帰りました。何度も、何度も携帯に電話をして、メールもしたんです。それこそ、もう1分おきくらいにメールと電話をしました。でも、高崎惣さんはでてくれないんです。というか携帯はずっと圏外なのか電源が入っていないのかわからない状態でした。多分、あの日に何かあったはずなんです。あの日私が見失わなければこんなことにならなかったはずなんです。そう、私が悪いんです。私が。私さえしっかりしていればこんなことになんてならなかったんです」
そう言いながら衛藤久実は泣き崩れた。折原は言う。
「つらいことを聞いてすみませんでした。依頼は受けさせていただきますのでよろしくお願いいたします。依頼内容は、高崎惣殺しの犯人が浮島くるみであるかどうかの調査でよろしいですね?」
そのセリフを聞いてすぐに衛藤久実は笑顔になって「はい、お願いします」と言ってきた。
立ち上がり折原が衛藤久実を送ろうとする。ドアのところで折原が衛藤久実に聞く。
「3月18日、高崎惣さんの家に行った時荷物は何がありましたか?」
「いろいろありました」
「その後、高崎惣さんの家から何がなくなっていましたか?」
「いろいろなくなってました」
「そうですか。ちなみに、コスプレ衣装は?」
「なくなっていましたね」
「お気に入りのものってありましたか?」
「どれも好きでした。なくなったのは残念です」
「わかりました。それでは」
短い会話をして、衛藤久実は出て行った。衛藤久実が出て行って栗栖が言う。
「折原、どうして依頼受けたの?というか、あんなのにかかわりたくない」
「クリスティーナよ。依頼を受けない探偵がいると思うか?では、まず助手がどれだけ今回のことを理解できているのかまとめたものを聞いてみようじゃないか。後、もちろん助手だからすでに仮説も立てているだろう」
折原はタブレットを使いながら栗栖にまとめを求めた。




