演劇祭
~演劇祭~
5月になり体調も良くなり程よく暖かくなってきた季節。その時に学校でイベントがある。それが演劇祭だ。演じることは生きていくうえで大事なことだというのが校長の教えにある。そのため、この高校では文化祭や体育祭と同じように演劇祭というものがある。
学校では生徒という役を演じて、教師という役を演じている。そう思うと皆が皆自分という役割を演じているのだというのが校長の主張なのだ。
それが本当なら演じていない自分はどこにいるというのだろう。だが、この演劇祭のおかげですべてが変わったのだ。そう、あんなことになるなんてまだ誰も知らないし、想像もしていなかった。
演劇祭では題目も自分たちで選ぶことになる。けれど、過去を振り返ると誰も既存の劇を演じたものはいない。そう、自ら台本を書き演出を考えているのだ。その工程から楽しむことを求められている。内容はよほどひどいものでない限り教師からストップはかからない。
演じる内容を決めるとき手を挙げたのは形部だった。内容は形部が考えるあの「不可解殺人事件」の考察だった。
ここ最近はワイドショーが流す新ネタがないためかあの事件は報道されなくなった。今話題なのは深夜バスの事故についてだ。旅行バスに規制をかける、かけないで議論をしている中で深夜バスの運行で運転手のスケジュールが過密すぎて、事故が起きたということが社会問題として取り上げられている。この事故で恐怖を覚えたのは紗枝だった。そう、この事故があったのは新潟と東京のバスで、こっちに来るときに紗枝がつかったバスだったというものだった。
ニュースではたまたま欠員が出て補充までの間にスケジュールが過密になったと説明をしていたが、そういう理由はあまり報道されることはなかった。
この事故が取り上げられたのは事故で亡くなった人がいたこと、特にその亡くなった人が昔子役で有名だった人だったことが原因だ。といってももうここ何年も何をしているのか取り上げられることのなかった人だ。人々の記憶にはその人は子役のまま時が止まっていていきなり大きくなったというイメージしかなかった。
だから、もう誰もがあの不可解な事件を忘れ始めていた。いや、俺は忘れ始めていた。だが、形部は違った。いや、すでに形部は独自の仮説を完成させており、事件の解決も出していた。
その解決を劇で行いたいと言ったのだ。しかも、不思議なことに形部は殺害される被害者を演じたいとまで言っている。死体役なのだからびっくりした。俺はてっきり謎を解く探偵役なのだとばかり思っていた。しかも死体役は全身黒タイツだという。それって、本当に形部じゃないといけないのか?なんて思ったりもした。
そして、探偵役は俺だった。配役もある程度決まっていて、A子は紗枝。B子は明石、そしてC子は笠原さんという子だ。演劇に興味がある子で立候補をしてきたのだ。後は隣住民が目撃したという制服の女性役や探偵の助手など配役が決まっていく。
形部はこの配役にかなり満足が行っているみたいだ。この劇では探偵が依頼を受けて調査をするというものなのだ。
しかも、面白いのがA子、B子、C子の3人から別々にこの事件の真相を調べてほしいと依頼を受けるというとんでもない設定なのだ。
結構端役までしっかり作られていたからびっくりした。この劇が注目されたのは実は形部の案で劇をZTUBEという動画サイトにあげて行ったからだ。ただ、個人を特定できるのはまずいだろうということで画像はあえて荒くしていた。
それも練習風景をだ。ただ、最後の謎解きだけはあげないという風にしていたのだ。この宣伝が効果的だったのかものすごく演劇祭は盛り上がり、注目され、そして一つの闇を生み出したのだった。
ちなみに、A子、B子、C子という名称だと劇にならないので、A子は蓮田茜、B子は浮島くるみ、C子は衛藤久実、目撃された女子高生を分枝リサ子という名前にしていた。形部が言うには名前なんてなんでもいいんだよと言っていた。そして、もう一つ。探偵役の俺以外誰もこの事件の解決を知らされていなかったのだ。
形部が言うには特に問題はないとのことだった。その意味は誰もわからなかった。そう、俺が形部に言われたのは「俺もラストを知らないんだ」と言うことで統一することだった。
「なんだか面白そうね」
テンションが高いのは紗枝だ。いや、はじめたときテンションは低かったのだが、俺と形部で説得をしたのだ。だが、なぜか渋沢さんは乗り気じゃなかった。はじめ「劇なんて私にできない」と固辞していたのだが、それを紗枝が押し切ったのだった。今クラスの中心にいるのは渋沢さんというよりすでに紗枝に変わりつつある。そして、それをクラスも徐々に認めつつあった。
あの本性とでもいうべきサディストはなぜか俺にだけ向けられることが多かった。時たまその片鱗が垣間見られることはあるけれど、誰もそこに触れるものはいなかった。それだけ普段の紗枝は元気で周りを盛り上げていたのだ。
「でも、不思議よね。私たちが探偵に頼みながら各々仮説を立てていく。でも、仮説を立てていく内容はすべて間違っているってことでしょう。ということは最後に解決があって終わるミステリーなんだけれど、どうしてラストはみんな白紙なんだろうね~」
「考え付いていないだけじゃないのかな?」
明石が答える。多分明石も答えを知っているはずだ。そうでなかったら絶対に役をうけないはずだ。それに明石もミステリーマニアだ。思うところはあるのだろう。
そして、もう一人。今回の劇で初めて話すことになった笠原さんだ。笠原さんは鼻が鷲鼻で目鼻立ちが際立っている人だ。どうやら母親が昔演劇をしていたらしくその影響もあってよく劇を見に行くことがあるらしい。といっても多くはCSで見ていることが多いと言っていた。だから声は一番通る。今までこういう学校行事で目立つようなこともなく授業でも控えめだったから気が付かなかったけれど実はこういう演劇や大勢の前で話しをするのは好きらしい。
そして、もう一つ知ったのは俺らほどではないけれどミステリーを読んでいる人だということもわかった。
だからこそ、シナリオを見たときに「面白い」と言ったのだ。そう、A子、B子、C子ともに特定の誰かを犯人なのではないかと疑っているのだ。だからこそ、各々の仮説は誰かを犯人にすることが主となっている。
その話を探偵という第三者に話すことで賛同を得て、その内容を警察に告発するか、個人的に使用するとかを考えているのだ。
それがこの劇なのだ。もう練習も終わって、でも前日までラストの練習は出来ていない。ラストだけ本番で行おうということになった。そのほうがみんなも衝撃のラストを知れるでしょうと形部は言い出した。しかも、形部は決まった配役をシャッフルしたいとまで言ってきた。
なんということを言うのだと思った。そして、本当にその案が通り当日を迎えたのだった。
幕があがる。そう、あの不可解な事件の真相が劇で明かされるのだ。




